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嫌いになった人を忘れられない

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有り難し有り難し 88

お世話になります。
タイトルの通り、嫌いになって縁を切った人を忘れられず相談させて頂きました。

嫌いになった人は元友人です。
最初は仲が良かったのですが、だんだんと相性の悪さや許せない言動が重なり縁を切りました。
それでお終いにすれば良いのですが、ふとした時に思い出して「許せない」と思ってしまいます。

他の友人に愚痴を聞いてもらったりはしたのですがまだ言い足りないと思ってしまいます。
連絡もSNSも断って、相手がいま何をしているのかさえ知らないのにこんなに執着して恨みを募らせている自分が不思議です。

この状態から何とか脱したく、アドバイスを頂けたらと思い投稿させて頂きました。
よろしくお願いいたします。

2022年1月29日 14:53

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたのその怒りを手放させるおはたらきこそが「仏様」です…

 あなたの『ふとした時に思い出して「許せない」と思ってしま』うお気持ちお察し致します。
 いわゆる「思い出し怒り」ですね…。
 これはたちの悪い怒りです。相手は既にいないのですから、言い返せない、喧嘩にならない…結果、御自身の怒りと不満が溜まるだけ…。
 つまり、実際は御自分で御自分の気分を害していらっしゃるのです。
 ですから、思い出し怒りは止めましょう…あなたの心身の健康のためです。
 どうせなら、「思い出し笑い」に切り替えましょう…茶化しているのではなく、冗談でもなく、真剣に申しています。その方が精神衛生上もとても良いのです。
 とにかく、もうあなたには物理的・距離的にもそのお相手に文句を言うことは出来ないのです。それはつまり憎き相手など、もうとっくにいないのだということです。
 そんな存在を相手に怒りが高じてしまう…。それってあなた御自身を客観的にご覧になったならばどう感じますか。どんな言葉を掛けますか…。
 さあ、そんな「存在しない、もうあなたの人生に全く関係ない、ホントにどうでも良い」人間のことなど放っておきましょう。
 そして、あなたはあなたの思う人生を歩んでいきましょう。
 そのお相手を思い出すのは、御自身の生活が、仕事が上手くいっていないとき、疲れているとき、辛いときではないでしょうか。
 人間ってそういうときにこそ、辛い思いを蒸し返して、自分をいじめるんですよね。いえ、私も似たような所がありますから…あなたは違っていたなら謝ります。
 そして、そんな人間である私のことだから 仏様は心配して寄り添って下さるのです。
 その上で仏様は「あなたの思いを手放しなさい。わたしに委ねなさい。投げなさい…」とおっしゃって下さいます。
 我が苦悩を取り除いて下さるのが仏様のおはたらきです。
 どうか、そのような仏様という存在を頂き、あなたの苦悩を仏様に預けて下さい。その時にあなたは御自身の苦悩から間違いなく解放されます…。

2022年1月29日 19:05
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おきもち

人間関係のスキマ

人間関係の根幹は感情です。
不思議なもので、多くの場合、実際にその人がいるかいないかはそんなに大事ではないのでしょうか。
目の前にいなくても、その友人に想いを向けているのであれば、実は人間関係は変化していないともいえるのです。
思うにあなたは、その友人に向けていたのと同じ大きさの感情を抱ける人間関係がないのではないでしょうか?

特に憎悪は感情が大きくなりやすく、相手がいなくなると感情のぶつけどころが無くなってしまうことが多いです。

まあ、簡単に言うと、
『キライで出来たをスキマをスキで埋めるのは大変』
という話です。

なので、具体的には友人関係を多く抱えることが有効です。
好きな人を多くそろえることで、感情の大きさをそろえよう、ということです。
無理に忘れることはできません。

無理をせず、力を抜いた人間関係を作っていくことに集中するのがよいのではないでしょうか

2022年1月29日 19:03
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有り難し
おきもち

けいじょう
日蓮宗の僧侶、啓誠(けいじょう)と申します。 修行に失敗し、一度は腐...
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❝恨み、赦(ゆる)すことによってのみ止む❞

元友人が男性か女性か分からないので・・・。
いずれにしろ「自分の思い」に叶わない人だったので「嫌い」になったのでしょう。
まず、自分は何を求めて「友人関係」を持ったのでしょう?。そして「求めていたものが」叶うものだったのか、叶わないものだったのかを、冷静に考えてみましょう。
❝過去はやり直せないが、見直すことはできる❞と言われます。嫌いになった「原因」が相手にあるのか、自分にあるのかを「見直し」て下さい。
恐らく「自分は悪くない。相手が悪かった」と思うから〈こんなに執着して恨みを募らせている自分〉になるのです。
「相手も悪かったが、自分にも悪いところがあったかな~」と思うように努力してみて下さい。キット、「恨み」が減ってくると思います。
お釈迦様は❝恨みに報いるに恨みをもってすれば、恨み止むことなし。恨み、赦すことによってのみ止む❞とおっしゃっておられます。「忘れる」のでなく「赦す(許す)」のです。中々難しいですが、そうするよりほかに方法は無いと思います。

2022年1月30日 8:50
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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

ご回答をありがとうございます。
読んでいてハッとする部分や、お優しい助言が心に染みました。

>小林 覚城様
「思い出し怒り」まさにその通りです。
そして自分の生活がうまく行っていないとき…こちらもその通りでした。
知らずにそのパターンに嵌って苦しんでいたようです。
そんな自分に何と声をかけるか…客観的に考えると自分を苦しめていることがよく分かりますね。
仏様はそんな人間にも寄り添ってくれるというお言葉、とても心に染みました。
こちらで質問させて頂いておいて失礼ながらあまり仏様のことを知らず…でも今回回答を頂き仏様のことをもっと知りたいと思いました。
お優しい回答をありがとうございました。前を向いていけそうです。

>けいじょう様
具体的なアドバイスをありがとうございます。
確かにマイナスとはいえこのぐらい感情を揺さぶられる友人は他にいません…。
負の感情とはとても大きいものなのですね…。
好きな友人を増やすというアドバイス、とても素敵だと思いました。
趣味があるのでそこから増やしていくのも楽しそうだなと思いました。
もともとの気質で人間関係に緊張してしまいがちなのですが、気楽に付き合えそうな関係をこれを機に探してみたいと思います。
ためになるご回答をありがとうございました。今後に活かしていきます。

>大塚 芳明様
ご回答ありがとうございます。
元友人は女性です。
「自分の思いに叶わなかった」…確かに私と彼女で友人に求めるものが違いました。
彼女は時には感情をぶつけ合い、それを乗り越えて友情を深めるような関係を求めているようでした。しかし、私はそれが受け入れられませんでした。
私は他人に感情のままぶつける…ということが好きではなく、自分の機嫌は自分でとるものと考えていました。
そのような考えの違いでまさに「許せない」と思ったのだなあと思いました。
しかし、感情をぶつけてくれたということは私のことを信頼してくれていたのかなとも思いました。
それについて私もはっきり言わずにいたことは私も良くなかったなと思います。
私も「自分の機嫌は自分でとるべきだ」という考えに固執していたかもしれません。
時には喧嘩することも深い友情になるかもしれませんね。
そういう考えも世の中にあるのだな、といつの日か許すことができたら良いなと思います。
ありがとうございました。

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