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悲しくてたまらないです

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母を10年前に亡くし、三日前に父が亡くなりました。

父は糖尿病を患っており人工透析を続けていましたが、傷から雑菌が入ってしまい敗血症になり入院しておりました。

2月24日に片足壊疽していたのをとって2週間余りで亡くなってしまいました。

大好きだった父が亡くなり涙が止まりません。
食事も取れず水分もわずかしか飲めず、とても辛い。
母と父に会いたくてたまりません。
会いたくて会いたくて仕方ありません。

これからどうやって生きていけばいいのか自信がなくなりました。

2022年3月17日 0:03

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ご両親の愛情

ちゃまさん お父様のご逝去心よりご冥福をお祈りします。お父様も、透析などで頑張って来られたのですね、きっと、ちゃまさんの支えがあってのことと思います。ご両親ともに先立たれ淋しい気持ちでいらっしゃることをお察しします。優しくて素敵なご両親だったのですね。ご両親にとっても、ちゃまさんのことが大切な存在だったのだろうと思います。

私は僧侶となり、結婚や懐妊という機会は持ち得ませんが、友人が子どもを授かり愛でている場面に直接立ち合ったり、SNSなどの投稿で目にすると、私の記憶にはないまでも、かつて私も両親からそのようにして頂いていたであろうことを思います。生まれて数年間は、食事も排泄も身の回りのことを全てしてもらい、今日に至るまでも親の思惑通りにいかない私を寛容に受け入れてくれていた、それが両親の存在でした。
ちゃまさんとご両親を直接存じ上げませんが、短い文章の中から、ご両親の愛情、そしてそのご両親への想いをしっかりと感じました。ですから、お会いしたいという気持ちを受け止めたいと同時に、ご両親がちゃまさんの幸せを願っているだろう、そのことも大切なこととして感じました。

ご供養には、五つの供養があります。お水、お花、お燈明、お香、お膳です。お父様の四十九日までは、出来るだけ毎日お供えをし、無事彼方に辿り着けるようにお祈りしてください。きっとお母様と十年ぶりにお会いしている、そんな風に思います。
五供養のほかに、お釈迦様は亡くなられた方が喜んでくれる生き方をすることが最も大切な供養であると仰っています。いままで一緒に過ごされてきた中で、ご両親の想いはちゃまさんに届いているはず、勝手ながらそう思いますので、そのお気持ちを大切になさって下さい。かけがえのない宝物であるはずです。ご両親にして頂いたことの恩返しを、ご供養として、少しずつでも生きる中で見つけて頂きたい、そう思いました。

大切なご両親が亡くなった今、悲しくならないはずはありません。その悲しみは悲しみのまま受け入れてください。無理をする必要はありません。自分の気持ちを大切に、疲れた時は休むこと、辛い時、泣きたい時、誰かに話を聞いてもらいたい時は、いつでもハスノハにコメントをくださいね。影ながら応援しております。

2022年3月18日 14:01
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おきもち


曹洞宗(禅宗)僧侶。スピリチュアルケア師。 もの心がついた頃から「生きる...
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質問者からのお礼

慈正様

コメントありがとうございます。
本日お父さんのお見送りを致しました。

本当私の両親は優しく時に厳しく、そして深い愛情を持って接し育ててくれました。

母は正しい道を教えてくれ、父は親友のように支えてくれ私を尊重してくれたひとでした。

両親の願いに沿えるのか分かりませんが、できる限り幸せに安心してもらえるように生きていく生き方を考えたいと思います。

「親・家族・恋人・大切な人の死が悲しい・乗り越え・立ち直る」問答一覧

大好きな父が急逝しました

先日、大好きな父が急逝しました。 最近孫が生まれ、とても喜んでおり、 それはそれは溺愛し たくさん可愛がってくれていました。 休暇にあわせて また数日後には会えるはずでした。 また孫を抱っこできるのを 楽しみにしていたはずです。 そんななか急逝してしまい 私自身、とても寂しくて まだまだ気持ちの整理もできておらず 毎日会いたい気持ちでいっぱいで 遺影やこれまでの写真を見ては ずっと泣いています。 ずっと泣いているのは 良くないと思いながらも、 涙が止まりません。 死を悲しみすぎるのは 良くないんですよね、でも悲しいです。 結婚式や孫の顔を見せられたことなど、 良かったねとも言われますが もっともっと一緒にやりたいことは たくさんありました。 そして、きっと父も自分の死に びっくりしているのではないか、 とっても残念に思っているのではないか と父の気持ちを考えると 涙が止まりません。 父ももっと生きたかったのではないか、 孫の成長をもっと近くで 見たかったのではないか、 そう考えてしまいます。 見守ってくれているとは 自分に言い聞かせても、 この場にお父さんがいたらいいのに、 と思ってしまいます。 周りからはお母さんを支えてあげてね、 とも言われますが 自分自身、正直そこまで 余裕がありません。 幼い娘の育児も ちゃんとしないといけないのに 気持ちが落ち込んでしまいます。 母親失格です。 この悲しい気持ちは いつか整理できる日がくるのでしょうか。 父は今何を思っているのでしょうか。

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母の死を乗り越えられない

母は認知症が若干入っていましたが、とても元気でした。 3月23日に玄関で転んだ時も、10日も我慢していて、実は膝のお皿の骨が割れていました。 それから、1ヶ月、母の足が良くなったら、ここに行こう、あそこに行こうと考えていました。 骨折の具合を診てもらう為にお医者さんに行く為にお風呂に入りたいと言うので、お風呂の準備をして、お風呂に向かった後ろ姿を最後に母は、お風呂で急逝していました。 お風呂が長い事にもっと早く自分が気付いていれば、助かったのではないかと自分を責めてしまいます。 僕は心の病で病気療養で10ヶ月以上、母と四六時中一緒でした。 でも病気のせいか、母との思い出が思い出せず、幼い頃の一緒の写真を見ても、若い頃の母の顔を覚えていなくて、こんな顔だったんだと思ってしまいます。 母は、僕の病気が治ること、職場に戻れること、そして結婚出来ないことを、生前とても心配していました。 母には苦労や心配をかけっぱなしで、申し訳ない気持ちでいっぱいです。 突然亡くなった母の死を受け入れられず、 今でも苦しんでいます。 母は私を許してくれるでしょうか? 母は幸せだったでしょうか? 母はあの世で幸せでしょうか? どうか、お助けください。

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弟が亡くなってしまいました

お世話になります。 今まで相談させていただいた内容からの続きになるのですが、聞いていただけると幸いです。 昨年末、弟のアパートの保証会社さんから「家賃滞納について裁判になる」と連絡があり、その後様々な手続きを経て、今春にアパート管理会社さんの代理の弁護士事務所から私宛に裁判になること、強制撤去の際は連絡の取れない弟の代わりに立ち退きを了承すること、部屋の荷物の持ち出し等は一切受付られないこと等の通達がありました。その後も弟とは連絡が取れず、管理会社さんから裁判が終わったことの連絡がありました。しばらくして10月4日に強制撤去終了の連絡を受け、どこかでどうにか生きていてと願いも虚しく、10月21日に地元の警察から弟が亡くなったと連絡が入り、事件性はなく自ら命を絶ってしまったと思われ縊死でした。 両親も他界し弟も独身で頼れる人もおらず、母の死後会っていなかった伯母(ことあるごとに私を気にかけてくれていたのですが、迷惑をかけられないと思い、こちらからは連絡を取っていませんでした)を頼って帰省し、葬儀会社さんの手配や警察へ所持品の引き取りと亡くなるまでの経過を聞いたり、弟の火葬後に強制撤去され保管倉庫に管理されていた父の遺骨と母の位牌を葬儀会社さんと引き取りに行ったり、荷物の中から出てきた大量の催告状を持って市役所に相談に行き、相続放棄に必要な書類を取ったり、家裁に提出しに行ったり、父が亡くなった時の入院代の請求書が出てきて、父の為に出来る最後の親孝行だと思い病院へ支払いへ行ったりと慌ただしく過ごしたり、引き上げてきた荷物の中身を見る中で、弟の最期の様子が伝わりとても辛いです。私もしんどかったけれど、弟も辛かったよな、苦しかったよな、寂しかったよな、最期のその時はどんな思いでその選択をしないていけなかったのか?まだ40歳です。お金に苦しむことさえなければ、もっとやりたいこともあったでしょうに。私も弟を追い詰めてしまったと後悔もあります。父の命日とそう変わらずの日に旅立った弟が、全ての苦しみから解放されて父や母と一緒に穏やかに過ごせていたらと願うばかりです。父と弟の遺骨はこちらへ持ち帰り、先日永代供養のお墓に納骨済しました。弟は助けてあげられなかった姉を怒っていませんか?それでも弟や両親の分も精一杯生きていかなくては思いますが、何がご助言をいただけるとありがたいです。

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友人の死から時間が経って

誰にでも優しく努力家で大好きだった友人を亡くしました。 先方の状況も落ち着いた先日、友人数名と彼女のご自宅へ線香を上げに伺いました。 ご家族も含め彼女の思い出話をしたりとても有意義な時間でした。 しかしながら、私は未だにどこか彼女の死を受け入れられずにいます。 ご仏壇の前で彼女の遺影に向かって手を合わせたというのに、まだ現実には彼女はどこかにいていつかまたフラっと現れて普通に会えるのではないかと思ってしまいます。 こんなことを書きながらさらにひどいことには、彼女を羨ましいとさえ思ってしまいます。 突然死で苦しむもこともなく、人生のとても良いときにまわりの人にすごく惜しまれながら亡くなった彼女を羨ましいと思うのです。 私にも大切な家族や友人パートナーがいて、普通に仕事もあって恵まれているはずなのに… 神様から貴方が彼女の代わりに死ぬ?と尋ねられたら喜んで受け入れてしまうと思います。 羨ましいなんてひどいことを思ってしまう自分なんて消えたらいいのにと思います。 ですが、私は傲慢で臆病なので自分で自ら死ぬ勇気さえないのです。なんの目的も生きがいもなくだらだらと生きてしまっています。 まとまりがなくて申し訳ございません。 励ましでも喝でも構いません。こんな私にお坊様から何かお言葉を頂けないでしょうか。

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父の死がつらいです

こんにちは。こちらで相談させて頂くのは3度目になります。 父親が亡くなり、非常につらいです。 現在私は県外に嫁いでおり、臨月の妊婦です。 親戚よりは「あなたが無事に元気な赤ちゃんを産むことをお父さんも願ってるよ」と言って頂き、大事をとって葬儀などは欠席し、お腹の子に障るといけないとなんとか気を紛らわせて過ごしている状態です。 私と父はどちらかと言うとそこまで良好な関係ではなかったかもしれません。 楽しかった記憶も多いですが、学生時代は父に不快な言葉をぶつけ、激しい言い合いになることが多かったです。 私が大人になり、進学や結婚で実家を出てからは冷静になれ、少しずつ上手く父と関わる事ができるようになっていきました。過去に父と衝突した時の事を今思い出しても、「あれは子供に言う言葉じゃなかったな」などと思う事もあり、父に腹を立てたり恨みもした事もありましたが、 私は母を早くに亡くしており、推測ではありますが父も父親としての自覚が芽生える前に1人で父になったような形で、私との関わり方がわからなかったのかな?父も1人の人間だし、限界があったのだろうと今では思います。 そんな父ですが、同居する両親(私から見て祖父母)との折り合いが悪く、かなりストレスを抱えておりました。 以前相談させて頂きましたが祖父が特にひどい気性の持ち主でよく父と激しい言い争いをしておりました。 父がつらいのをわかっていながら、私はそんな環境に父を残し県外に嫁ぎました。 父にすべてを任せて自分だけ幸せになったのが申し訳なかった。でも父は「自分の居場所が見つかって良かった」と言ってくれました。 父が病気で入院した時、怖くなり過去に酷いことを言ってしまった事を謝り、もっとお父さんと色々話しておけば良かったと謝った時も「そう思ったなら自分の子どもができたらそうしてあげればいいの」と笑っていました。 これから産まれてくる子、夫や親戚、友人に対し後悔のないように感謝をしたりして繋がりを大切に生きていく事が大切なのかなと思います。 ほとんどの人が親と納得のいく別れができるわけではないとは理解していますが、どうしても、「もっと父と話したかった、もっと会いに行けばよかった」と後悔や悲しさが襲ってきます。 今更後悔しても遅すぎる事ですが…。 こんな親不孝な者に対し恐れ入りますが、何かお言葉を頂けますとありがたいです。

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父の死

いつもありがとうございます。 春に弟が亡くなり、なんどもお話を聞いてくださりありがとうございます。 先日疎遠だった父が亡くなったと連絡がありました。 なにしろ40年以上疎遠だったので、亡くなったといわれても心が動かない現実がありました。 弟がなくなった際に、書類の手続きをお願いすることも代理人を通しての連絡だったので直接会うことはありませんでした。何か言われる、ゴネられる。。。と警戒していたのですが、あまりにもスピーディーに動いてくれたことにとても感謝しています。 それが親として最後に見せてくれた誠意だったと信じています。 私をこの世に生んでくれた父ではありますが、悲しみという感情がわきません。 感謝はしています。子供のころの父との写真が少し残っているので眺めた時には涙が流れましたが、すでに私の日常は何もなかったように過ぎていきます。 確かに父親として、娘としての数年間の時間はあったのです。 代理人の方によると、亡くなる何年か前に大病をしたと聞きました。 けれども、別れてからすでに40年以上経過しています。 いつか訪れる父の死を知っても、心が動かなかった自分の冷たさ、冷静さに少しだけショックでした。 弟が亡くなったときの私はまさに半狂乱、母も夫も私がどうにかなるのではないかと心配されました。あれから半年たち、どうにか私も表面上はいつも通りの生活を取り戻しています。 父への感謝は弟の死亡手続きの協力してくれたこと。 それを手紙に託しておいてよかった。。。と悔いはありません。 今は父が安らかに眠ってくれることを願っています。 こうしたことで供養が伝わるでしょうか? 答え合わせをお願いいたします。

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大好きなお母さんの自死

大好きなお母さんが自殺をして1ヶ月経ちます。 私も母のようなお母さんになりたいと思えるような存在で、時には親友のような存在で、沢山お出かけしたり相談し合ったり笑う時も泣く時もいつも母がそばにいて支えてくれていた生活でした。 22歳ですが、実家暮らしで家に帰ればお母さんがおかえりと言ってくれるお家が大好きでした。 昔から姉との揉め事が多い事から精神病を患っていました。 自殺の決め手となってしまったのは、姉と姉の旦那からの暴言です。 毎日のように2人から死ね、生きている価値がない、やり直せ、と言われていました。 それでも自分の娘だから。と向き合おうと精一杯頑張ってくれていました。 でも限界を迎えました。 母が家を出る前私に、自殺はそんなに悪い事なのか。皆自分の責任から逃れる為に肯定も否定もしない。最期は家で迎えてもいい?と言いました。 私は悪いことではない。ママの好きな場所にいてくれたらいいと伝えました。 覚悟が決まったら家を出るから。と言い時間が経つと家を出ていきました。 生きているさいごの姿も、さいごの電話も、私で、亡くなった母を見つけたのも私です。 鮮明に覚えていて頭から離れません。 あの時私は行かないで死なないでと手を取る事も声を掛けてあげることも出来ませんでした。 本当に後悔ばかりです。たらればばかりです。 私達をおいていくはずない。帰ってきてくれると信じていたけど、今までずっと苦しんでいる母を見ていたから、この現実から離れたら楽になるのかもと思うこともありました。 だからこそ生きてと言えなかった。 でも、今となれば死を選ばず一緒に居て欲しかった。お母さんに会いたい。声が聞きたい。抱きしめて欲しい。母が居ない未来なんて… ここまで追い詰めた姉が憎い。 母を助けられなかった自分が情けない。 私が声をかけていれば。支えてあげてれば。手を取ってあげてれば。と後悔ばかり。私が止めなかったから、最終的に死を選ばせてしまったのかも。自分のせいかもと… 凄く辛いしまだ帰ってくるような気がする。 でもちゃんと成仏されて欲しいと思います。 四十九日があと少しで来ます。 四十九日がきてしまったらお母さんが近くからいなくなってしまう…寂しくて仕方ないです。 お母さんの死を受け入れたようなまだのような… お母さんに会いたい。 お母さんが居ない日々を生きていくのが辛い。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ