罪悪感と悪い妄想
いつもお世話になっております。
私事ですが、2年程前に居眠り運転をしてしまい交通事故を起こしてしまいました。
相手の方は、80歳の男性で肋骨骨折とむち打ちという怪我を負わせてしまいました。
事故を起こした当時私は学生でした。
当時、自分に自信が無く部活や恋愛も上手くいかない状況で大変苦しい時期でした。
苦しい中でも、自分なりに考えて行動して成長する為に努力していました。
そんな中、交通事故を起こしてしまい罪悪感と悔しさと情けなさで心が苦しく2年経ちましたが中々受け止めてられません。
今振り返ると、苦しくなった理由に自分で自分の弱さを認められない事があったと思います。
出来ない自分を認めて、周りに頼って力を抜いてやっていればあれ程苦しまなくて良かったのでは無いかと思います。
そして、それが出来ていれば居眠り運転なんてしなかったのではないかと思ってしまいます。
孤独に頑張ってきたのに、なんでこんな目に遭うんだと悔しくて、悲しくて堪らないです。
本来であれば、怪我で済んだと思い次に繋げていきたいのですが、相手の予後も気になり気分が落ちてしまいます。
昔の自分、事故のことそこから前を向ける様になりたいです。
よろしくお願い致します。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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教訓を得ること
ふるさと 様 相談ありがとうございます。
前の質問で慚愧の事を学んだようですね。自分に反省し他者に謝罪をすることと思います。しかしそこに恥の感情や後悔の感情に捉われてしまっては、前に進めなくなります。
過去の衝撃的な出来事から恥や後悔の感情はどうしても起こってくると思いますが、それに気持ちを取られて抑え込まれるようになるのではなく、恥や後悔の感情が湧いて来た時に、それに捉われずに教訓を常に得ていこうとする姿勢を持つことが大切です。
この姿勢を持つには、繰り返し何度も心を調える練習が必要と思います。
例えば、「出来ない自分を認めて、周りに頼って力を抜いてやっていれば」は教訓ですね。出来ない自分を認めて周りを頼ろうとしていますか?
「孤独に頑張ってきた」は教訓ですね。孤独じゃなく他人との仲間意識をもち頑張ることが出来ることとはなにか?ですよね。
そして、さらにあなたが自分に思いやりや優しさを向けて勇気をもって自己の教訓として、それらを受け止め前に向いたとき、相手の方に手紙を書くと良いでしょう。
大丈夫、あなたならこれまで後悔で苦しんできたぶん、しっかりと前に向いて生きることが出来るでしょう。
私はそう思います。
質問者からのお礼
ご返信ありがとうございます。
少しずつですが、前を向いていこうと思います。
感謝致します。