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人生は理不尽

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有り難し有り難し 53

40代ですが、これまでの自分を振り返り、
現在の自分と照らし合わせると、私の人生はこれからもこんな程度で続くのかな、って予想できてしまいました。
自分の性格は変わらず、いつも将来に不安を持ち、
今を楽しむってことがどうもできない。
もちろんもっと悪い状況になる可能性はありますが、良くなるとは思えません。
自分が自分である限り。
現在、私のこれまでの人生で一番理不尽な状況にあります。
苦しくて、寝る前はいつもこのまま目が覚めないように、と自分の身体に言い聞かせながら眠りにつきます。自殺は怖いので。まだまだ苦しい状況は続くと思いますし、解決策はありません。生きる意味もないと思っているし、けれど感情は消せずに涙が出ます。ロボットになりたい。
神社やお寺でお祈りすることも、心の中で神様に祈ることもやめました。
そういう存在はあるとしても、祈りを叶えてくれるものではないと
やっと気づきました。助けてくれる存在はありません。
ただ毎日苦しみながら生きるしかないんですね、私の人生って。

2024年4月12日 15:41

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

苦しくても一人で抱えるのではなくて、一緒に手を添えていきたい

毎日を苦しみながら…
変わることのない人生。
そのように思うのですね。自殺は怖いけれど、生きていることに意味も持てず、ただ日々を過ごしていらっしゃるのですね。

変われるものなら、安らぐことがあれば、そう思いながらも、理不尽な環境や状態に涙が出るのですね。

何があったのでしょうか。あなたの心にそっと手を当てて差し上げたいわ。どうすることも出来なくても、黙ってそばにいてあげたい。
苦しみがあったとしても、ひとりで抱えるのではなくて、一緒にその重荷に手を添えていきたいですよ。

いつでも、ハスノハへお立ち寄りくださいませ。こうして一緒に話をしましょう。

2024年4月12日 19:16
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有り難し
おきもち

はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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ご相談読ませていただきました。
まず、ご自身の人生や人間性に対する自問自答を抱えるのは、誰にでもあることです。過去と現在を比べたり、将来に対する不安を感じることは、自分を振り返る際に自然な過程でもあります。そのような感情に捕らわれることは、辛いことであり、それが現在の苦しみを深めてしまうこともあるでしょう。
ただ、現状が思うように進まないことや理不尽な状況に置かれることがあるのも、誰にでも訪れる試練です。そのような時には、深く辛い感情に苦しみながらも、その気持ちを持続させることは非常に大変かもしれませんが、大切な過程でもあります。

自己否定や生きる意味について深く悩むことは、人間である限り誰しも経験することです。そういった自問自答や感情に向き合うことは勇気がいることですが、その過程を乗り越えた先にはまた新たな気づきや克服の道が広がっているかもしれません。
神社やお寺でのお祈りや神様への信仰が変わってしまったことも、ある程度自然な変化かもしれません。ただし、助けてくれる存在がないと感じることは孤独で辛い感情です。しかし、自らの心を納得させ、前に進むことができるよう、まずはご自身の感情や苦しみをしっかりと受け止めることが必要です。
私はあなたとその苦しみを共有し、ただ毎日を耐え忍びながら生きることの大変さや無力感、生きる意味の模索が続くことの困難さをお察しします。自己を責めたり、将来におびえることもあるでしょうが、その苦しみや感情はどこかで終わるわけではなく、時には深い谷底にいるように感じることもあるでしょう。しかし、前に進むためには、自分と何かしら向き合うことが必要かもしれません。そこに気付きが生まれることもあると思います。
最後に、孤独や苦しみは一人で抱えることが難しいものです。大切なのは、ひとりで抱え込まず、信頼できる人や支援機関の助けを受けることです。自分を許し、助けを求めることは強さであり、一歩ずつ前進するための第一歩とも言えます。そのような思いを抱えながらの日々は、とてもつらいことかと思いますが、その中で新たな光や希望を見つけることもできるかもしれません。合掌

2024年4月12日 19:09
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有り難し
おきもち

仏教の目的は、抜苦与楽と成仏です。 生きている人の苦しみをどうしたら癒せ...
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質問者からのお礼

宮本様
お返事くださいましてありがとうございました。
今回のことで気付いたこともありました。
苦しみの原因は存在しつつ、そんな毎日の中でも24時間苦しいわけではなく、
笑ったりするときもあること。神様にお祈りしても無意味だと悟りつつ、
心の中で何かに「助けて」ってつい祈ってしまうこと。
きちんと自分の気持ちを整理して苦しみと共に生きつつ、
抜け出せる時を待ちたいと思います。
宮本様が「苦しみを共有し」と書いてくださったことが心強いです。

中田様
お返事をありがとうございました。
私はいま、年齢的には取っても役に立たないかもしれない資格のための
勉強を続けています。学生時代に挫折したため、心残りを払拭したい
思いでやっております。パートナーが生活を支えてくれています。
自宅学習を続ける中、近隣からの騒音に悩まされるようになりました。
マンション住まいですが、程度としては他の住居からもたくさん苦情が出るほどなので、結構ひどいものだと思います。色々取れる対策は取りましたが、
結局改善は見られず、そういう人であれば、もう何をやっても無理だと思っています。そもそも音を出している現場を見られるものではないので、
本人が自分ではない、と言えばそれまでです。
引っ越しも、住宅ローンやその他借金の関係で、ほぼ不可能です。
勉強も集中が削がれ、パートナーとは喧嘩を繰り返してしまっています。
なけなしのお金しか稼げないけれど、私が働くことも解決策としてあるのかも
しれません。でもそれは資格を諦めることにもなります。
私にはなかなか難易度の高い資格で、なかなか苦戦していますし、
これ以上パートナーのお世話になるのは私の甘えだと自覚していますが、
また中途半端に終わりたくないので続けたい思いです。
図書館などに行くにも、私は外だと集中できないため、騒音のする家と図書館、集中できない程度で言えば同じだと思って家にいます。
パートナーも、働くにしても、資格を取れてからの方がいい、と応援してくれていますが、なかなか受からず、騒音も物理的に危害を加えられているわけではないので私が気にしないようにできれば済む話なのに、情けなくなります。
なかなか受からない資格を諦めるべきか、このまま続けるにしても
騒音の中での勉強と、八方塞がりの状況だと思っています。
長くなりすみませんでした。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ