何をしていてもつまらない
贅沢な悩みと言われたらそうかもしれません。
ただ、本当にここ最近、ずっと悩んでおります。
今までは、ずっと資格試験の勉強をしていたため、つまらないという考えもなかったんです。
試験勉強中は、気分転換にお昼に美味しいもの食べようとか、今日は勉強頑張ったご褒美にお酒飲もうなど、少しの気分転換で活力が出てきたんです。
しかし、勉強が終わった今、仕事の帰りも今まで勉強に充てていた時間を何していたらいいかわからず、帰りに駅前のお店を見ていても楽しくないのです。
休みの日も、試験終わったから、どこか出かけようと友人に誘われても、出かけたい気分にならず、断ってしまうのです。
家でずっとぼうっとしていると、このまま外に出たくなくなってしまうと思って、何とか用意をし、散歩やウィンドーショッピングをして、何とか次の日から仕事に行けるようにはなります。
こういう日が続く日があっても良いのでしょうか。アドバイスいただけますと幸いです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自然の中に身を置いては
こんばんは。まずは試験お疲れ様でした。「目的を持ち、やることを明確にして努力する」というのは、それなりの辛さや大変さはあるものの、目的が明確である分、「突き進む」ことができますよね。今はそれを乗り越えて、ある意味山頂についたような気分でしょうか。「次はどこへ行こうか」と探したくなる気持ちは分かりますが、一旦は「その場の景色を楽しむ」ような時間があって良いのだろうと思います。
それこそ「どこかへ行く」ための散歩ではなく、足元をじっと観察するような「街歩き」。かっこよく言えば「感性を高める」時期ではないでしょうか。
感性を高めるコツは、とにかく習慣化すること。常に「何か変わったことはないかな、面白いことはないかな」と心において周りを眺める。すると、努力していた時には目に留まらなかったであろう事に、ふと心惹かれたりします。「朝顔のタネができてきたな」とか「あの葉っぱ、虫に食われたな」とか。それを暫く眺めていると、きっと気づくことがあります。「ああ命は巡っているんだな」とかね。自分で気づくと、世の中にはいろんな命があって、みんな精一杯頑張っているのが感じられたりします。それを味わう。自分の感性が広がっているのを楽しむ。
そんな時間を持つとよろしいのではないでしょうか。
質問者からのお礼
ありがとうございました!