何か失敗する度、職場の人からの評価が気になります。
うっかり手を滑らせて、職場の備品を壊しました。
その場にいた同僚や上司と直せたのですが、直ったとはいえ会社の物を壊したこと、原因となった自分のそそっかしさ、何より周りに迷惑をかけたことに落ち込んでいます。
そして、職場で浮いている状態の中この出来事があったので、周りの評価が下がる事がとても恐ろしいです。周りの評価を気にする、そんな事ばかり考える自分も嫌です。
何か失敗する度に、どう思われただろうと考えます。
考えても仕方のないこと、やってしまったものはどうしようもないことはわかっているのですが、悪い方にしか考えられません。
周りは気にしないでと言ってくれるのですが、迷惑をかけたことで嫌われただろうと考えてしまいます。
「自分が気にするほど他人は自分に関心がない」と聞いたことがありますが、自分の場合は頭ではわかっていても、なかなかそう割り切れません。
どうしたら、こんなことを気にせず、前向きになれるのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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失敗したは、挑戦した証拠
失敗した時は、周りの視線や陰口が気になりますね。
私もよく失敗するのでよく分かります。
なぜ周りの声が気になるかというと・・・
『恥』という字の通り、「耳」からはいってくる他人の評価が、自分の「心」になってしまうからですね。
そこで、次のように心がければどうでしょうか。
それは、失敗しても自分をありのまま「公」にすれば「聡」明に生きられます。
自分をあきらかに見てみると、少しは気持ちも落ち着くかも知れませんよ(。-人-。)
つまずくのは、進んでいる証拠。
「失敗した」は、挑戦した証拠。
人がどう言おうが、むむこさんは頑張ってらっしゃいます♪
質問者からのお礼
回答ありがとうございます。
“「失敗した」は、挑戦した証拠”、この言葉に心がふっと軽くなりました。
頑張っている、とも言っていただけて、涙が出そうになりました。
何かあったらこの言葉を思い出して、落ち着こうと思います。
本当にありがとうございました。