残りの人生をどう生きるか
これから残りの人生で、何をしたいのか分かりません。
夢を叶え、様々な形にして来ました。
その後、病気になりましたが、その経験も残しました。
結婚には至りませんでしたが、恋愛もそこそこ経験しました。今は結婚は考えていません。
いまは持病と付き合いながらぼちぼち働き、家にいる時間はひたすら読書しています。
このまま何となく老いて、人生を閉じても、たぶん後悔はないのかなと思います。
でも平均寿命を考えればまだ半分くらいあるので、このままで良いのだろうか?という思いもあります。
もうこのままゆっくり生きようかと思う反面、何か残りの人生でやれないかとも思います。
何かを始めるにはもう遅いような、まだ1回分の人生があるような、何ともいえない気持ちです。
何だかいつも同じような相談ですみません。色々、思いを行動に移しているのですが、心の底からわき上がるものが見つかりません。
何かアドバイスを頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「何を残りの人生でやりたいか」と考える
「臨済録」という禅籍に「巌谷栽松」(厳しい谷に松を栽える)というお話が出てきます。
山深いお寺に続く崖際の道に、臨済義玄というお坊さんが好んで松の苗木を植えていました。師匠の黄檗希運が「こんな山奥の崖に松の苗なんか植えてどうするのだ」と問うと、「松が伸びていくのを見ると後輩たちが修行の励みになるのではないでしょうか。それに寺を訪れる人の道案内になるかもしれません」と答えたそうです。
松はもともと高山の厳しい環境で少しづつ少しづつゆっくり成長する樹木で、植えたところで、臨済義玄や黄檗希運の今生の命が尽きるまでに思うような姿に大きくなるわけではありません。
「巌谷栽松」には「後人標榜」(後の人が目印とする)という言葉が続きます。自分が生きているうちに結果が出なくても、それを後の人が目印にするだろうという意味です。
私たちは何か行動を起こす時、そのゴールのことをついつい想像してしまいがちです。これで何か成果を上げることができるのだろうかとか、何か意味がある(と人に理解してもらえる)のだろうかとか、ついつい期待してしまうのです。
そして人間は頭が良いですから、自分の今生の命が尽きる前に成果が上がらない、結果を出せない理由を無数に思いつくのです。気持ちはあるのに行動を起こせない仕組みは、まさにここに始まります。
今、自分がやっていること(やり始めること)が、成果を残したり、意味あるものになるかどうかは、後の人(他の人)が見て考えることで、今の自分自身にどうこうできる事柄ではありません。
「何か残りの人生でやれないか」と考えると、「やれない」理由を無数に妄想してしまいます。結果を見るのは後の人にまかせて「何を残りの人生でやりたいか」と考えると、方向が定まってくるのではないでしょうか。
ご自身の中で気づきを得る努力
これまでの質問も読ませていただきました。今までの人生で多くのことを成し遂げ、様々な経験を経てきたあなたの道のりは、本当に素晴らしいものです。その中で、病気とも真摯に向き合い、今の生活を築いてこられたことに深い尊敬の念を抱きます。
これからの人生について、何をしたいのか、どのように過ごすべきかという悩みは、多くの人が直面するものです。特に、これまで数々の夢を叶えてきたあなただからこそ、新たな目標を見つけることが難しいと感じるのではないでしょうか。
何か新しいことを始めるには「遅い」ということはありません。年齢や状況にかかわらず、人は常に新たな挑戦や学びを得ることができます。ただ、その「新しい何か」が具体的に見つからないというのも、また自然なことです。
ここで一つご提案としては、「小さな幸せ」を探すことです。何か壮大な目標を掲げる必要はありません。小さな日常の中で心地よい瞬間や、新しい趣味を見つけることが、新たなやりがいや喜びになるかもしれません。例えば、農園での作業の中で新しい植物を育てる挑戦をしてみたり、読書の範囲を広げて自分の知らないジャンルに触れてみたりすることが考えられます。
また、人との繋がりも大切にしてみてください。友人やコミュニティとの関わりを通じて、新たな刺激やインスピレーションを得ることがあるでしょう。人々との交流の中で、自然と新しい目標ややりたいことが見つかることもあります。
「このままで良いのだろうか?」と悩むのは、あなたがこれまで真摯に生き、自分自身を見つめ直してきた証拠です。
しかし、何か大きな答えを求める必要はありません。焦らず、自分のペースで、心の赴くままに日々を過ごしていけば、必ず「これだ」という瞬間が訪れることでしょう。
最後にひとつだけ厳しい事を申し上げます。いつでもこのhasunohaに頼っていただいて結構だと思います。深刻な人生の悩みは一朝一夕に決着がつくものではありません。都度、私たちはあなたに寄り添いたいと考えています。しかし、最終的にあなたの悩みはあなた自身が気づきを得て解決してゆくものだと言うことをご理解ください。そのために何度でもhasunohaからヒントを得るのは大歓迎です。
どうか、あなたの心が穏やかでありますように。そして、これからの人生が豊かであることをお祈りしています。
気負い過ぎてないで👌
質問者からのお礼
宮本龍太さま
お返事頂き本当にありがとうございました。宮本さまがおっしゃる通り、もう何年にも亘り同じご相談をハスノハにさせていただいているのは、私が自己決定し切れていないからだと思います。行動に移さなかったわけではありませんが、確かにやりたいことを見つけるには、探し切る努力が必要だと思いますので、私はそれが出来ていなかったと思います。厳しい助言を頂き、本当にありがとうございます。もっと自力で考え、どんどん行動に移して行きたいと思います。アドバイスを頂き、本当にありがとうございました。
百目鬼洋一さま
お返事頂き本当にありがとうございます。確かにおっしゃる通りだと思いました。自分の過去に照らし合わせても、やれるかやれないかではなかったと思います。やりたいからやる。そのためにはどうすべきか、でした。そしてアドバイス頂きました通り、結果はあとに続く人に任せれば良いですね。70点の答え合わせより、暗闇に飛び込む120点を選ぼうといった人がいましたが、私はこれからの人生を前者で考えていたように思います。もう自分の人生の第一章は完結したと思っていますので、これから暗闇に飛び込む120点をやります。アドバイス頂き本当にありがとうございました。