いつも嫌なことから逃げてしまう自分が嫌い
僕は中学の頃までは、周りからも明るい性格だと言われていました。学級委員などもやり、とても充実していたと思います。
しかし、中学に入り部活に入ってからランニングでも周りについていけず馬鹿にされ、他の先輩からも相手にされず、一年生の夏に退部しました。
今思えば、この時に逃げ癖が付いたのだと思います。
そのまま中学に通い、進路選択の時期まで来ました。
僕は部活を辞めたのと同時に馬乗りを習い始めたので、それを部活にできる高校に行く!と周囲の人に宣言していました。それなのに、いざ進路選択の直前になると、3年間ほぼ休みなく部活をするという環境が不安になり、その部活のない高校を2校選び受験しました。その時もまた嫌なことから逃げ出しました。
そんな気持ちで受けた高校が受かるわけも無く、結局、保険で受けた第2希望の高校に行きました。
しかし、そこは本気で部活をやる人が集まるところで、自分のような何の目標もない人が馴染むことができる場所ではありませんでした。
元はと言えば、馬術部のある高校が嫌で逃げ出す口実に選んだだけなので内情も全く知りませんでした。
結局、一年生の後半からクラスの8割くらいから馬鹿にされ、僕が学校に行くだけでクスクスと笑われるようなりました。そんな生活が2年続き、学校を辞めました。あと1年耐えろ!と毎日、自分に言い聞かせていましたが、最後には逃げるという道を選んでしまいました。
周りからは全日制の高校に転校したら?と言われましたが、これ以上、人と関わるのが嫌で通信高校という月2回ほど通えば高卒が取れるところに逃げました。
今はバイトをしながら月2回の学校に通いつつ、何もない日は馬に乗りに行っています。
今は逃げてばかりでも何とか生きることができていますが、それは周りの人がいるからです。
将来、1人になった時に僕のような人間が生きていける自信がありません。
僕のような人間でも生きていくことはできるのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ふりかえらず進んで未来にむかって
じっくりと拝読させて頂きました。今までのご自分の選択や生き方について後悔なさっておられるのかと感じました。生きていく中ではどうしても選択していかなければならない岐路がございます。嫌なことはや辛いことを避けて楽な方を選んでしまうと後後考えると本当にその選択で良かったのか?と後悔してしまうことはままあると思います。ご自分の人生ですからその選択は自由です。そしてその選択によって訪れる未来はある程度ご自分の選んだ道です。それはやはり受け止めるべきかと存じます。そして過去は今から変えることはできません。もしもあなたがこれからの人生で自分に納得できる或いは自分に自信を持つことの人生を歩んでいきたいと思われるのであれば、やはり自分にとってやりたいことややるべきと思うことに進んでトライなさって頂きたいと思います。なんでも挑戦しやりはじめると辛いこと苦しいこと投げ出したいことや壁にぶつかったりもします。がしかしそこから目を背けることなく自分なりでもよいと思いますのでトライなさって頂きたいと思います。良い行いをすればよい結果が得られるように、自分でトライしたこと努力なさったことは自分に身に付きそして少しずつ自分に自信もついてくるのではないでしょうか。今過去を振り返って後悔しても始まりません、これからあなたが進むべき道にしっかりと向き合ってご自分の力で切り開いて頂きたいと思います。努力し続けるとおのずから誰かの助けや助言も頂くことができます。それによりまた力を与えられます。どうか振り返らずに。あなたの未来が実り多き自信みなぎるものとなるようにと心より仏様にお祈りさせて頂きますね。あせらずにがんばってくださいね。
質問者からのお礼
貴重な文章ありがとうございます。
今の自分は過去ばかり振り返っていますが、これではいけないということに気付きました。
後ろではなく、前を見て日々生きていきたいと思います。
本当にありがとうございました。