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母親のガンについて

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有り難し有り難し 22

間を空けずに3度目の質問になり申し訳ありません。

昨日母親が乳ガンになったことを教えられました。
自分も全く想定していなかったことで、頭が真っ白になりました。
詳しい検査の結果が月曜なのでまだ何もわかりませんが、どうしたら良いのかわかりません。どの程度かもわかりません。
頭の中で何度も「ガン=死」でドラマや映画で観た闘病生活に苦しむ人達の場面を思い出して怖くなりました。
このまま何となく普通に平和で暮らしてゆければいいのにって思っていたのに、地面が崩れるような気持ちです。
「今の仕事は続きそうなのか」って言われた時に、物凄く戸惑いました。
今のアルバイトでどうにかしてやろう、なんて正直これっぽっちも思っていませんでした。何となく続けられればいいと思っていたからです。
本当に甘いなって思うし、やっぱりこういう形でツケが来たのかなって、思ってしまい苦しいです。
今の自分には何もできることはありません。自分の人生さえ全然支えられていません。父や兄からは「お前もっとしっかりしろよ」って言われると思います。でも「何でもできます。平気です」なんて今できません。
今すぐ強い人間になれないと思ってしまいます。
どうしたら良いでしょうか。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

強くなれなくてもいいと思います。

石橋晃倫です。

人生想定しているようなことばかりではありません。
自分が考えているように物事が進んでるうちは安定した生き方ができますが、一旦真反対のことがおこると人間は右往左往してしまうものだと思います。

それは誰しもがそうです。

強い自分になんてなる必要はないと思います。

お母さんが乳がんになられて、自分が強くなければいけない、頑張らなくてはいけない、とべるかんさんはお考えのように感じます。決してそんなことはないです。

詳しい検査結果が出るまで不安でしょうが、べるかんさんができることはおかあさんに寄り添ってあげることかと思います。

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有り難し
おきもち

好きな食べ物はスイカです。

弱さと向き合い生きる これが強さだと思います。

お母様心配ですね。
お母様の存在が、あなたを様々な点で
支えていたのでしょう。
その支えがなくなるかも知れないことを
感じたことであなたは様々なことに
気付かされたのではないでしょうか。

そして、お母様は
「今の仕事は続きそうなのか」と
あなたの身を案じているのですね。

この問いかけをどう受け止めるのか
ここにあなたの今後が問われているのだと思います。

あなたは自分の甘さを認識し
今の自分を悔い、弱さを自覚してらっしゃいます。

この自分に対する問い返しが
厳しさを持ち
歩みを与え
強くなることではないでしょうか。

そして、それは
自分はなんでも出来ると
虚勢を張ることではないと思います。

今の自分は何も出来ないし
今までのことも恥ずかしいと思っている。
ただ今後は、弱い自分に誠実に向き合い
一歩一歩、歩んでいく

弱さと向き合い生きる
これが強さだと思います。

そしてあなたに願われていることではないでしょうか。

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有り難し
おきもち

お母様のご快復を心から祈念申し上げます。

べるかん様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お母様が乳癌となられてしまわれて、突然のことで動揺なさられるお気持ち、誠にお察し申し上げます。

まずはお母様のご不安なお気持ちを共有なさられて、少しでもその不安を和らげてあげられるように、優しく温かい言葉を心掛けてお掛けなさって頂けましたらと存じます。

そして、医療技術・抗癌治療も日々発達していますから、現実の状況を受け入れつつに、どのような治療法があるのかを、例えばセカンド・オピニオンも含めて、適宜、適切に判断なさられて快復・完治を目指して、家族皆様のご協力のもとで乗り越えていかれるように一致団結をなさられましたらと存じております。

また、無理に強い人間になる必要はございません。泣きたい時は、泣く、悲しみたい時には、悲しむのも大切なことです。しかし、それをいつまでもいつまでも引きずってしまってもいけません。気持ちを整理して、現実的にできることにできるだけ取り組むのが、後悔をしないために必要なこととなります。

もちろん、遅かれ早かれ、やがて愛する者との別れはやって参ります。愛別離苦の現実とどう向き合うべきであるか・・それは今のうちからでもしっかりと考えておかれることをお薦めさせて頂きたいと存じます。

「愛別離苦」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いておりますのでご参照下さいませ。
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319854.html

最近では下記の問いにてお答えさせて頂いております。

問い「病気の彼とどう向き合えばよいでしょうか。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1007821041.html

「・・愛する者との別れはやはり苦しいものです。しかし、問題は、その別れ、苦しみとどう向き合うかで、その後が変わっていくのではないかとは思います。・・」

どうかお母様のご快復を心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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有り難し
おきもち

質問者からのお礼

お礼を申し上げるのが大変遅くなり申し訳ございません。
ご回答ありがとうございます。
母は抗がん剤治療が決まりました。これからどんな風になってしまうのか想像も
付きませんが、私は私で今の仕事を坦々と続けることしかできないし強くなることは
できないと心の底では思っていました。だから皆様のご回答を読んで今の自分にできることを
やっていこうと思いました。母を少しでも労りながら自分の人生もより大事にしていけるように
やっていきたいと思います。

「癌・末期ガンと向き合う」問答一覧

仲のよかった母が末期癌で亡くなりました…

5月にとても仲がよかった母が末期癌で亡くなりました(涙) 母とは2人暮らしで、親戚からは「一卵性母子」とまで言われるほど仲がよく、旅行は勿論、買物に行くのも外食するのもいつも一緒でした。 自他共に認めるほど仲のよかった母でしたが、ここ1年で急に身体が衰えはじめ、病院嫌いの母は市販の薬で何とか凌いでいましたが、4月頃から急激に悪化してお腹が張って足がパンパンにムクみ始め、病院へ行ったところすぐに大きな病院へ回された結果、お腹にはガン性の腹水が溜まりCTやMRIで精密検査したところ、既に癌は全身の臓器へ転移して手遅れの状態にまで悪化していました…医者の話で治療はムリなので極力苦痛を和らげる緩和ケアという形で入院しました。 母には「もしもの時は色々話しときたいから隠し事は無しで…」という約束だったので涙ながらに本当の事を話し、一緒に号泣しましたが母と病床で本音で話す事が出来ました。「生んでくれてありがとう…育ててくれてありがとう…お母さんが親で幸せだったよ…」とお礼を何度も言えました。母も「生まれてきてくれてありがとう、楽しかったね。イッパイ親孝行してくれてありがとね…たとえ死んでもずっと見守ってるからね…」と言ってくれました。 ところが、母の病状が日々悪化するにつれて、母は薬の副作用と末期癌によるせん妄症状(意識が混濁して人格が変わったり、興奮して暴れたり、誰だか分からなくなったりする)で、仲のよかった僕にさへ暴言を吐いたり、叩いたり、「だれ?」と聞いてきたり、とてもショックでした。それから間もなく昏睡状態になって最期までまともに話出来ないまま亡くなってしまいました(涙)こんなぐらいなら死期が早まっても理性のある母の間にお別れしていた方が悔いが残らなかったと思います…質問なのですが、母は病気が悪化して僕の記憶がないまま旅立ってしまったのでしょうか?母と仲のよかった頃の思い出も消えてしまったのでしょうか?理性がある時に「ずっと見守ってるからね…」と言った約束も母の魂は忘れてしまったのでしょうか?それだとあまりに悲し過ぎます(涙)

有り難し有り難し 9
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本人に余命を知らせないこと

いつも親身に聴いて下さりありがとうございます。 私の忘れられない患者さんについて、相談させてください。長文になります、申し訳ありません。 私がまだ新人の看護師一年目の時の話です。 婦人科系のガンを患い、一通り治療をしましたが、状態が悪くもう抗がん剤は使えないといった終末期の方でした。 医師より、 これ以上の積極的な治療はかえって寿命を縮めるため勧められない。との説明がありましたが、 ・本人は状態が回復したらまた抗がん剤をやりたい。自身が終末期だとは思ってもいなかったような感じでした。 ・家族は『今後の余命については本人に知らせないでください』 とのことでした。 日々状態は悪化し、全身に回ったガンの痛みと闘う日々となっていきました。もう余命1ヶ月もつかどうかといったところでした。 最初は内服だった鎮痛剤も注射薬になり、それでも痛みが取れず医療麻薬の貼付剤から麻薬の注射に変わっていきました。 最期に使う麻薬の薬は鎮静剤もはいっているので打ち始めると眠たくなって、眠ったまま逝くような形になります。 ある日先生から本人に『痛みがだいぶ辛いところまで来ていると思うのですこし眠くして痛みを和らげる薬をしますね』と告げられる日がありました。先生の話の後部屋で足浴をしながら2人きりになった時、その方は苦しそうな表情で 『私は...もうすぐ死ぬの?』 と問いかけられました。私は答えに詰まってしまい、何も答えられませんでした。 その後鎮静が始まりそのまま起きることもなく1週間ほどでお亡くなりになりました。 『私はもうすぐ死ぬの?』 の問いにどうかえせば良かったのだろう。 本人もわかっていたと思うんです。日々重くなる体、正常に作動しない思考、象の足のように浮腫んだ足、パンパンにたまった腹水でうまく呼吸ができなくなる、おしっこが出なくなる、ごはんが食べられなくなる、本人が1番自身が死に向かっていることをわかっていた気がするのです。なら私はなんて言葉を返したら良かったんだろう。 余命も分からず、状態が良くなるのかもわからず、でも自分の体は朽ちていくのは怖かったんだろうなと色々思い馳せてはあれこれと考えてしまいます。 今でもあの方の 『私はもうすぐ死ぬの?』 の問いに答えが返せません。 僧侶の皆様はどのように返しますか?ご助言よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 29
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末期癌母の受診について

二度目です。 前回「末期癌の母と母離れできない娘」でご相談したものです。 11月に脳梗塞で母が倒れて、末期の肺癌が見つかりました。リンパに転移しており、脳転移もあります。 小脳が完全に死滅していて、腫れの可能性もあった事から、後ろ頭の骨を外したままにしています。 今は脳梗塞の失行・失語の後遺症の為にリハビリ病院にいるのですが、病院から、肺癌の治療か緩和の為に思いきって他の病院の受診をしてみては?と進められています。 今の主治医は母が倒れた際に救急で行った病院で、そこで脳梗塞の手術(骨を外す)をしたところで、肺癌に関しては「治療は無駄だからしない」と言われたところで、信頼関係はまったく築けてなかったりします。 セカンド・オピニオンでも同じような事を言われたので、正直なところ不安でいっぱいです。 しかし、いつまでもリハビリ病院にいれるわけでもないし、肺癌になんのアプローチもしていない今に不安と焦りがあるのも事実なので、受診はしようと思っています。 母の状態から入院治療は確定していますが、市内にいくつか病院があるのでどこを受診したらよいのか決めかねています。 電話やネットで情報を集めてみても一人で考えて決めようとすると混乱するばかりです。身内は私一人なのでどうしたらよいのか煮詰まってしまっています。 どんなに基準で病院を選んだらよいのでしょう? また、大切な母の事を優柔不断で精神的に弱い私が一人で決めることに恐怖すら感じています。 何を選択しても後悔しそうで、時間だけが無駄に過ぎている気がして焦りと不安で眠れなくなってしまいました。 脳梗塞でせんもうのある母に苛立つ自分や、母さんより先に死ねたら…とすら考えてしまう自分に嫌悪感しかありません。 早くしないと母さんが延命できるチャンスがなくなるかもしれないのに…。 自分が躁鬱状態で、自分を一番信用できません。 落ち着いて病院や方法を探したいです。 具体的な方法等、アドバイスお願いします。

有り難し有り難し 3
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夫のがん

以前、超高齢の両親の世話の悩みでお世話になったものです。その節はありがとうございました。 夫は、8年くらい前にすい臓がんを患い、その後前立腺癌(これは低リスクなのでそのままにしてあります)、胆石摘出の際見つかった胆のうがん、そして今回、すい臓がんの再発か胆のうがんのリンパ腫の可能性があります。 夫は「よく食べ、よく眠り、良く運動する」人で、タバコもとうにやめたし、お酒は体質上飲めません。ほとんど疲れたとかどこか痛いとかもない人で、性格もおおらかで優しく、どうしてこういう人がこんなに癌になるのかと悲しいです。 今回、ある病院での検査結果が悪いのがわかったのが、私との旅行の前日でした。がんセンターでの検査の日が先でしたので、夫は旅行に行こうと言ってくれて行ってまいりました。私が以前から行きたがってた(夢の一つだった)カンボジアのアンコールワットです。 しかし、帰国後体調を崩し、予約日を待たずにがんセンターへ入院いたしました。 私は、旅行へ行って疲れたのが悪かったのだと思い、自分を責めて辛いです。 どうして癌になったのかと考えるのも意味がないと思いますし、一生懸命誠実に生きてきたつもりですが、この先どうやって生きていこうかとなかなか気力が湧きません。 今までは前向きにやってきましたが、私も年のせいか、うつ病を患ったあとのせいか、なかなか気力が湧かないのです。 しかし、娘が一生懸命助けてくれるので、なんとか頑張っていこうと思っています。友人たちも妹も励ましてくれています。とても人に恵まれていてありがたいです。 超高齢の両親の世話は、妹が時々来てくれて助かっています。 お坊様、どうか前を向いて頑張って歩いていけるように、どんなお言葉でも構いません、くださいますようお願い申し上げます。

有り難し有り難し 8
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病気の夫との関係に悩んでいます

癌で6年間闘病生活を続けてきた夫が、離婚したいと言い出しました。 私のことが嫌いで同じ空間にいたくないそうです。 夫は私の他には身寄りもなく、病気で筋力が落ちて歩くのもやっとです。当然6年間働いていませんので収入もありません。 また、自分で排泄がコントロール出来なくなり、介護用おむつを使用しています。 時々おむつ替えの時に排泄物を床にこぼして踏んでしまったり、床に排泄物を塗り広げたりという奇行も見られるようになりました。 私の実家に同居していて高齢の母にも苦労をかけていますし、お恥ずかしい話ですが私1人の収入で病人を養い続けるのは難しいのです。 もう貯金も尽きて借金までしてしまい、精神的にも経済的にも限界です。 そのため、私としても離婚できるのならそうしたいのは山々なのですが、夫の面倒を見てくれる人がいないので離婚できずにいます。 福祉課では生活保護の対象になると言われましたが、1人暮らしができる状態ではありません。 「今すぐ出ていく、離婚する」と騒ぐ夫に「いくら本人の意思とは言え、身寄りもなく自活もできない人を放り出すことはできない」ということを噛んで含めるように繰り返し説明し、2時間かけてどうにか落ち着かせました。 こんなことは初めてではありません。 ひどいストレスで眠れず、息苦しくなったり気が遠くなったりしています。 どうしたら穏やかに暮らせるのでしょうか。

有り難し有り難し 11
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病気の子供の治療について

現在、2歳を迎える子供が小児ガンで抗がん剤治療中です。私は母で、退職してその子の付き添いをしています。 治療を始めて今まで半年、治療は順調だと言われてきました。 治療のゴールも見えてきており、退院後の生活を楽しみにしていました。 ところが、先日、現在の治療では完治が厳しいことが発覚してしまいました。 今まで半年、これだけ息子に辛い思いをさせて、今後更に辛い治療をさせても完治かどうなるか分からないなんて、怖くて悲しくて仕方ありません。 また次の治療は地元では出来ないため、家族のサポートの少ない他県に行かなければ出来ません。 先日、息子の治療が上手く行っていないことが解ったとき、周りが私達を避けている気がして、それだけでも辛かったのに、他県に親子二人で行けるだろうか。 そもそも、まだ話も出来ない子供に更に辛い思いをさせるのか。 まだ2歳、健康に産んでやれれば楽しい世界しか知らないのに。私のせいだ。 しかし何とかしてこの子の未来は守ってやりたい。この子のいない世界なんて耐えられない。でも未来が約束出来ない。怖い。逃げ出したい。 私は30年余り楽しく生きてきた。 私が消えてこの子が生き残ることは出来ないのだろうか。 などと色々考えてしまい、中々立ち直れません。 現時点では、家族との話では、息子は他県で次の辛い治療をやってみよう、ということになっているので、いい加減気持ちを整理して前向きになりたいのですが‥ 逃げ出したい、という気持ち、働けない今後の生活への不安、 しかしこの子を絶対に守りたい、守らねばならぬというプレッシャー、 でも辛い思いをさせるねという自分を責める気持ち、全て収集がつきません。 どこから整理すればいいのか、教えてほしいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 15
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