私はそんなに贅沢なんでしょうか
夫が転職に失敗し、出戻り就職でまた田舎に戻ってきた妻です。
申し訳ないのですが、以前の細かい経緯は過去の投稿とプロフィールを読んでいただければ助かります。
自分の人生に希望が持てません。
頑張れば良くなると思うことができません。
夫が横にいるだけで幸せ、とは思えません。
今住んでるところでは2年前アルバイトをした際に、酷いパワハラに遭いました。
人格否定の発言も当たり前でしたし、シフトも店都合を押し付けられていました。
店長に"色んな店で出禁になるつもりか"と言われましたが、私としても大元が同じ企業ならば別業態の店舗でも働きたくないと思ってます。
しかし、そうなると田舎ですからほとんど選択肢が無くなってしまいます。
昨年1件面接に行きましたが、1年働いてないことを指摘され、落ちました。
そこでも、仕事なのだから店優先は当然と言う姿勢が見えていました。
月に1〜2日で良いので好きなタイミングに休みたい、と言うのは過ぎた願いのようです。
学歴も職歴も、運転免許もない人間はアルバイト先も選べないのです。
夫の出戻った職場は、休みが少なく連休は月に1回あるかないかです。
その休みの日に一緒に遠出したいことがあるのです。
それが叶う形で働きたいのです。
2年前に受けたパワハラも、無理矢理2日ほど意向を無視して休んだ結果(無論シフト確定前)酷くなりました。
私の趣味に使うお金まで夫の収入で賄うことはできず、ずっと私名義の貯金を崩していましたがそれももう尽きます。
私としては、些細と思う願いが贅沢になってしまう人生に絶望しています。
昔勉強が得意だったからと言って、何かしらの資格で逆転とも思えません。
パワハラしてきた店長には気に入られてきて、期待してるからの発言、と言われました。
実親も結果を出してたからこそ、私の学業にお金を使うのは甘え、と言うスタンスでした。
それに、難関資格を取ったとしても、それ自体がお金にならず仕事は人との関わりの中にあるものです。
何より、運転免許資格が最優先で求められていることが多い、持っていないのは異常者的に扱われる風土というのもあります。
今回義母にも大っぴらにぞんざいに扱われたことで、尚更気力が湧きません。
頑張らない言い訳にしている面もあるでしょう。
人並みに扱われたい、普通の幸せを享受したい、それがとても難しいです。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
頑張る方向性
運転免許を取れば仕事や買い物が楽になるし選択肢が増えるかも知れません。
免許取得費用は分割払い(ローン)もあります。
いくら頑張っても、頑張る方向性が周囲のニーズや環境に合わなければ報われにくいでしょう。
運転免許という具体的な指摘を受けている場合に、それを「批判された、否定された」ととらえるか「わかりやすいヒントをありがとう」と捉えるかはあなた次第です。
運転免許は一例ですが、周囲のニーズに合わせることに成功した人は利益を得られるのではないでしょうか。
追記
失礼しました。運転免許を取るのは現実的ではないということですね。
そうなると、田舎では仕事の選択肢が狭くなるので、休みたいときに休めるような職場に出会える確率も低くなるかもしれませんね。
「希望の条件とは違うけど、まぁいいか」
と受け流せたら、軽快で平安な日常生活になるかもしれませんね。
警察官や消防士だって、なかなか希望どおりには休めないでしょうけど「そういう仕事だから仕方ない」と受け入れていれば幸せに暮らせるでしょう。
「まぁいいか、世の中そんなもんだ」とあるがままを許すことが、普通の幸せへの近道かも知れません。
追記
パートは労働力を会社に売る商売であり、会社はあなたのお客様ですから、お客様に喜ばれるサービス(労働力)を提供できるかどうかがこの商売(パート)の肝かも知れません。
「会社(お客様)の都合に合わせるなんて奴隷だ」と思ってしまうと、ほとんどの商売は楽しくなくなると思います。
仕事を楽しめたら良いですね。
追記
なるほど。ひどかったのですね。
数撃ちゃ当たるで、良い職場を探し続けるしかないかも。。
例えば役所の事務補助(会計年度任用職員)なら有休は取りやすいかも知れません。扶養内に収まらない可能性はありますが。
仏教的には、怒り悲しみを長引かせない方がストレス軽減になるので、嫌なことは数分後にケロリと忘れて仕事できると良いですね。
口うるさい上司がいると、せっかく忘れていた嫌なことも思い出しますよね。
追記
コメントありがとうございます。
失礼な内容がありましたがご容赦ください。
回答には文字数制限もありますので、またご質問いただければ幸いです。
人並みに扱われたいという願いが届かないとき
お話を拝読し、胸が締めつけられる思いがいたしました。
ご自身の努力や願いは決して大きなものではなく、むしろ「ささやかな幸せを普通に享受したい」というごく自然な願いです。しかし、それが叶わず「贅沢だ」と突きつけられるような現実の中で、生きる希望を見出せないお気持ちは、痛いほど伝わってまいります。
1. 「普通でいたい」という切実さ
「人並みに扱われたい」「普通の幸せを享受したい」──これは仏教的に言えば「縁によって生かされるいのち」が自然に求める安心の形です。ところが、田舎の風土や職場の理不尽な環境、親からの期待や義母の態度がそれを許さないとき、「普通」が遠い理想のように感じられます。苦しいのはあなたが弱いからではなく、「安心できる環境」という土台が与えられなかったからです。
2. 絶望の中でできる「小さな一歩」
仏教では、人生を一度に変えようとするのではなく「次の一歩」に集中することを説きます。
運転免許が求められる土地柄に苦しみを感じておられるとのことですが、今は一気に挑もうとせず、「情報を集める」だけでも立派な一歩です。
就労の形も「人並み」に縛られず、まずは自分を消耗させない範囲で「週1〜2回の軽作業」「在宅ワーク」など、小さな選択肢を探してみるのも方法です。
「普通」と思えない道であっても、それがあなたの心を守り、夫婦で大切な休日を過ごす余裕をつくるのであれば、それは十分に価値のある選択です。
3. 心の支えを取り戻すために
今の状況では「頑張れば報われる」と信じられなくて当然です。だからこそ、仏教的には「頑張らなくても価値がある」ということを何度も確認することが大切です。
仏さまの眼差しから見れば、あなたは結果や職歴ではなく、存在そのものが尊い。
夫に幸せを感じられない今も、あなたの願いが「ふたりで遠出したい」という優しさであることは、すでに愛情の証です。
4. まとめ
「普通」が遠いと感じるとき、どうしても「私は贅沢なのか」と自分を責めてしまいます。しかし、その願いは決して贅沢ではなく、むしろ人が生きるうえで当たり前に求める安心です。
どうかご自身を「人並みに幸せを願うことができる、真っ当な人間」だと認めてください。
合掌
質問者からのお礼
お返事ありがとうございます。
大変申し訳ございませんが、反論させていただきます。
私は生まれつき目の病気を患っており、それが10代の時に悪化して、車の免許を取得するのはとても危険な状態なので自粛しています。
具体的には、両眼複視です。悪化した10代の頃に眼科医では日本で指折りと言われている方にも見てもらいましたが、治る、治すというのは厳しいという結論で今に至ります。
具体的に指摘されたわけでも、ここでずっと生きたいと思う土地でもないですが。
この病は普通自動車免許であれば取れないわけではありません。
私が運転することは、他の人に比べて危ないとわかっていても、ただ免許を取れば良いじゃないとお思いでしょうか。
回答変更感謝いたします。
夫もエッセンシャルワーカーで、そのような職業の方を尊敬はしています。
2年前は、休めない私に合わせて、夫と同職の友人達が希望の休みを取ってくれたことがありました。
そのような職業でも有給もありますし、だいたい月に3日くらいは希望を出せるものです。
言い方は悪いですが、ただの扶養内のアルバイトで月に1〜2日も希望のタイミングで休めないのは異常だと思います。
それを受け入れたら心穏やかというのは、奴隷であれというのと等しいと思います。
周囲の職場に期待することを諦め、何か他の形で稼ぐことを模索すべきと分かりました。
ありがとうございます。
追記ありがとうございます。
ハラスメントを受けた職場では、決まった平日昼のみのシフト+希望の休み通り働いてる方もいました。
その方は、絶対に何があってもそれ以外で働くことはありませんでした。
私も曜日は固定ではないものの最初の契約で週に4日、昼に4時間と決まったシフトはありましたが、1人だけ無視されかけ離れたものとなっていました。
それでも人がいないのだからと、善意で合わせていました。
扶養内と書きましたが、繁忙期は大幅にオーバーして働きました。
どうやら慢性的に人手不足、主婦も学生もすぐ辞めて定着せず、同企業の他の業態の店舗から手伝いに回ってもらうことでなんとか保っている店舗だったようです。
私は地元の人間ではないので、そのことには働くまで気付きませんでしたし、愚かにも人が少ないなら合わせていれば重宝されると思っていました。
私はお盆の期間だって全て休まず出ました。土日祝、盆、正月、時給は上がりません。
たった1日シフト確定前に事前に休みたいと言って休んだだけです。
契約、募集ではシフト自由、自己申告制となっています。
働かせていただいている、と働いていただいてるは等価、お互い様ではないでしょうか。
ルールは双方が守るべきものです。
改善を交渉しましたが、その後組まれたシフトも、違う形で契約を無視されたので辞めました。
仕事中に店長が不機嫌になり、指示を放棄されたこともありました。
夫より職場の人間の方が長く過ごす大切な相手で優先するもの、ともいわれました。
プライベートな夫婦関係にも口出しされました。
店長以外では、年齢が10歳程度離れた方が1人、残りは70代の方が2人しか店にいないのに、そこで友人を作っていないからおかしいとも言われました。
他の店も同じような環境で、これが仕事で、奴隷ではないとおっしゃるなら、あまりに前時代的です。受け入れられません。
追記ありがとうございます。
一般的にこの店長のような感覚が当たり前で無いとわかって、ホッとしています。
私としては家庭を充実させるために働いているのに、夜のみ出ることを求められたり、シフトが前日まで決まらないのに、先に予定を入れると怒りかねないので、医者もなかなか行けませんでしたから…。
きちんとしたルールに則って平等な扱いを受けられるなら、固定シフトでも予定が立てやすいですし構わないと思ってます。
夫が希望休、有給をとってくれます。
具体的な案の例示も助かります。
扶養内は、家事は私がほぼ100%行う点を変えたくはないため体力的な面、そこまで大きな金額を欲しいわけではない面からの希望なので、絶対的に譲れないものというわけではないです。
怒りは新鮮なうちに適切な方法で吐き出さないと、何年も膿んでしまうと思っています。
次に違和感を覚えたらしっかりと言い返して、落とし所が見つからなければ迅速に離れて新しいところを試せればと思っています。
何かおかしいな?と感じつつも、毒親育ちで感覚が狂っているので、こんなものなのかな?とずるずる続けて、店長の態度が悪化していきましたから。
重ねてお返事ありがとうございます。
少し苦労が報われた気持ちです。
>>鈴木秀彰様
項目を分けて丁寧に説明いただき、ありがとうございます。
過去の投稿に詳細はあるのですが、結婚を機に実親と絶縁、3年夫の地元の田舎で過ごす、今春転職&都会へ引っ越し、夫が鬱に近い状態になり退職、義母からの電話で辛い思いをする、田舎へ引っ越し&出戻り就職、といった感じです。
土地柄やパワハラは以前この街に住んでいた時に感じたこと、経験したことです。
夫が出戻り就職以外は2人で死ぬしかないとまで思い詰めてしまったため、私は解せない気持ちは持ちつつも引越しを決断した形です。
(もともと、南海トラフのリスクが高い土地なことと、公共交通機関が貧弱で私が過ごしにくい環境なこと、夫は資格職で比較的転職がたやすいこと、があったため)
土地に不満はあれども、私にとっては夫が健やかに隣にいてくれることが1番大切です。
少しずつ元気にはなってきましたが、以前の夫からは出なかったような暗い言葉を聞くと辛くなりますし、そのような姿は私にしか見せません。
義実家は無理解、無神経と言った感じなので頼れませんでした。
復職前に、私から夫の友人に頼み遊びにきてもらう、なんてことはしました。
この状況では、ただ一緒にいるだけで幸せとはさすがに思えませんでした。
もちろん、一緒に笑っている時間もかなり増えてきてはいます。
どうしても実親の呪いのようなもので、先を先を考えて、大きくしっかり完璧にできそうにないならば諦めてしまう癖がついています。
些細なことから、目の前のことから、着実に進められるようになりたいと思います。
贅沢ではないと言っていただけて嬉しいです。
重ねて、ご回答に感謝いたします。