自分の価値観を押し付け人を排除してしまう
幼い頃から厳しい環境で育てられ、親の愛情を感じる事ができませんでした。境界知能で精一杯やっても努力不足と言われ、自分を追いつめて殺しても人並み以下。自分を律し甘さを潰し今があります。過去に何度も相談させていただきましたが結局夫とも離婚し、今のパートナーにも自分と同等の厳しさを求めてしまいます。彼は必死に変わろうとしてくれていますが、そんなことが努力?というくらいレベルが低いと感じてしまいます。私が境界知能で弱い立場だったけど決めつけられ怒られ押さえつけられてきました。こんな私でもこのくらいはできるのに、元からスペックのいい彼はなぜそんな程度もできないのかと腹が立ちます。完全に私の物差しで自分勝手で押し付けですが、どうしても治りません。頑張ってきた自分を認め、これ以上戦わなくてもいい、自分に甘くなってもいいと頭で思えても実行ができないです。人生は修行だから、もっと自分に厳しくもっと律して省みて修正しなければと思います。でも、彼は師弟関係ではないし私に対して自分ができる努力はしていると言っています。努力の結果、それが私に届かないなら意味がないし私は努力しているから彼は私を好きなのです。これが結果です。最低でも自分より厳しく自分より律することができなければ尊敬ができません。でもそんな人はいません。自分が認められなかったから、結局自己肯定感が低すぎて自分のコンプレックスを相手に押し付けているだけなのもわかっています。自分はこんなに頑張ったのに!ずるい!サボってる!そんなことで努力と言うな!など、私が言われてきたことを思い出し相手に投影しています。常に相手に対して後悔なく、選ばれ続けられる存在でなければならないと思っているので、そこに満たないのであれば一緒にいる意味もないと思ってしまいます。なんのために一緒にいるのか。私は孤独で押し付けがましく、過去の自分を認められず、自分の物差しでしか相手を見ることができない心の貧しい人間です。常に刃物を持って、人を審査し、試し、勝手な合否の基準に当てはめている。常に人を裁き、自分の思い通りに相手をコントロールしようとしているのかもしれません。孤独の正体はこれです。でもどうすれば弱さも受け入れて慈悲深くなれるのか。どうすれば改善できますか?何がダメなのか教えてください。治したいです。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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「あなたのこんなところが素晴らしい」見つける楽しさ伝える喜び
人は、一度経験したものが「基準」になってしまうことがあります。厳しい中で育つと、頑張りが足りないと常に思いますし、逆にどんなことでもその中に良さを見つけられると、安心や自信になります。
同じ状況でも、その評価は人によって違ってきます。そこに正しいも間違いもないのです。
人の数だけ「基準」という物差しがありますから、いくら測っても合うはずがなく。自分と同じ物差しを探すほうが難しいですよね。それならば、そこに悩んでも自分を苦しくさせているだけ。
自分を超える人や能力だけが尊敬の対象ならば、他の大事なものを見逃してしまっているかもしれませんね。自分にない気づきをくれる人や、甘いと思っても自分ペースを持っている人も自分のストレスラインがわかっていて心が常に安定している人かもしれません。それって、継続性があって自分をよくわかっている強さでもあります。
一方方向だけの見方ではなく、「基準」を更新していける人に。物差しって1つじゃなし、使い分けていけるくらいに、人の良さに目を向けていきませんか。
「あなたのこんなところが素晴らしい」って、見つける楽しさや、伝える喜び。そして、相手に「ありがとう」と受け取ってもらえるたびに、あなたへの感謝や評価が上がっていきますよ。あなたもまた、愛されていくのです。そんな関係の積み重ねが、安心や信頼になっていきますよ。
自分の弱さ愚かさを許容できた時、他者の弱さも受け入れられる。
ご相談ありがとうございます。過酷な環境の中、ご自身を激しく律し、必死に生き抜いてこられたのですね。その血の滲むような努力に心から敬意を表します。同時に、ご自身の心の奥にある「刃物」や、孤独の正体に気づかれているその客観的な視点は素晴らしいものです。
私ども真宗では、人間のことを「煩悩具足の凡夫(ぼんのうぐそくのぼんぶ)」と呼びます。これは「誰もが自己中心的な心を抱え、迷いや執着から離れられない不完全で愚かな存在である」という意味です。必死に努力するあなたも、不器用な彼も、皆同じ「凡夫」なのです。
あなたがこれまで握りしめてきた厳しい「物差し」は、幼い頃にご自身を守るためにどうしても必要だった悲しい防具でした。しかし、今はもうその重い防具を下ろしてもよいのではないでしょうか。「こんなにも不完全で、人を裁かずにはいられない愚かな自分」を、まずはそのまま認めてあげてください。
仏様は、立派に努力したから救うのではなく、弱く愚かだからこそ、そのままの姿で慈悲の光で包み込んでくださいます。自分の弱さを許容できた時、不思議と他者の弱さも温かく受け入れられるようになります。どうかご自身を責める修行を終え、互いの不完全さを許し合う道へと、少しずつ歩みを進めてみてください。
拝
縁起寺 釋聴法
拝読させて頂きました。
あなたは自らに厳しく律して今まで生きていらしたのですね。人との関わりでも甘えることなく自分をいさめて必要とされるように生きていらしたのですね。詳細なあなたや周りの人達とのことはわからないですけれども、あなたが自分にも周りにも厳しく生きてきたこととても伝わってきます。あなたのお気持ち心よりお察しします。
読ませて頂いてあなたはそう生きていらしてとても孤独を感じて生きていらっしゃるのですね。常に人を裁いて自分を律し続けることであなた自身も辛くなってしまっているように感じます。
なかなか難しいのかもしれませんが、できればあなた自身を許して人を許してもよろしいのではないかと思います。
あなたも周りの人達も先ず生きていることそのものが尊いのですし、とても価値のあることです。
当たり前のように今生きていらっしゃるでしょうけれども、決して当たり前なことではなく先ず与えられ生きていらっしゃることをゆっくり受け止めて認めて下さいね。
確かに生きていく中ではやらなければならないことややるべきこともあると思います。
とはいえど全てを満たすことはなかなか大変なことです。
あなたにも周りの人達にもできることできないことあると思います。
ぜひ自分をゆっくり許し認めて周りの人達を許し認めてあげて下さいね。
あなたや周りの人達のことを仏様や神様や皆さんのご先祖様は全て認めてお許しなさっていて下さり、いつも優しくお見守りなさっていて下さいますからね。至心合掌
質問者からのお礼
わからないことが増えたのでまた質問させていただきます。でも心に響きました。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
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◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )