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自分を大切にしましょうとは?回答受付中

回答数回答 1
有り難し有り難し 3

最近では自分を大切にしましょうって言葉がよく流行ってますよね?
それで自分も自分を大切にすることにしました
自分を褒めました
自分の当たり前の日常を振り返り 当たり前に出来たことを噛み締めて自分に「よくやったな」って褒めてました
しかし 自分を大切にしすぎたせいか 自信過剰になり 人には傲慢になり 態度の大きい人になってしまいました
なぜでしょうか?
これは逆に我慢をしなさいってことなのでしょうか?
ということは皆世間の皆様の言ってる自分を大切にしましょうとは一体なんなのでしょうか?
確かに自分を大切にした 自分を優先したことにより 自分の心に余裕がもてて 人生を力みすぎまず軽やかに生きていった人たちを多く聞きます
それはさぞかし素晴らしいことです
しかし自分は何故か傲慢になってしまいます
皆様との違いは一体なんなのでしょうか?
僧侶様方々 どうぞお知恵をお貸しください

2026年6月1日 19:32
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

大切なものごとを知るために自分を大切にする。

ご拝読させていただきました。

推察できるのは、世間のいう自分を大切にとは、気疲れしている現代社会だからこそもっと自分の人生を大切にしないという風にとることができます。

SNSのグローバルされた時代であるからこそ、反応を意識し過ぎている依存人が数多に存在しています。
反応してしまうことを続けてしまうと本来の自分自身から遠ざかっていきます。それも無意識のうちにです。
「いいね」や「フォロワー」欲しさに自己欲が高まり心とは裏腹に嘘の自分が虚像されていきます。
時間とともに大切な仲間や、仕事や家族に勉強など疎かとなり、"反応"する心がもはや見栄となっています。
わたしたちの心は意識によって形成され続けています。一度、味を覚えると次から次へと欲が増幅するのが人間の性質です。
SNS疲れなど近くにいませんか?
もう辞めたいけど止めると友達との繋がりがなくなるなどの不安も含め、やらなければならないことを後回しにしている人が多く存在しています。
ここまで述べたのは現代において起こり得る多くの一例から自己を忘却し、我が優先しているということです。

仏教では自分(我)というものはなく、無我です。
先祖からタスキリレーのように受け取ったDNAを活動させている今が在るだけで、すべては仮有(けう)という仮の姿(心情)です。

外出するときに靴を履くように、準備をしてから外出します。同じように、先ず自身を大切にすることで余裕が生まれることより、他者を優先して上げる心を育んでくださいという利他行の教えが大乗仏教です。

自分を大切にし傲慢さを心に育んではならないとします。それを増上慢と称し、他人と比較することなどより心に優劣を付ける心が萌芽します。

仏教では、利他という他者の苦しみを取り除き楽を与えるという慈悲に集約されます。
また、自分を大切にすることは先祖が喜ぶ行為にもつながります。
人生は一度キリです。今日という日も最後の一日です。
であるからこそ、人生を終えるとき人は自分ばかり大切にして、他者から助けてもらったばかりの人生だったで終わります。
他者に喜びを与えて来世へ旅立つことが大切であり、自分を大切にすることは心に余裕をもつ行為であるからこそ、この命をどのように運んでいけば幸せになれるのかが見えてくるものです。

また他僧侶様からの返答も待っていただけましたらと存じます。
合掌

2026年6月2日 1:04
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有り難し
おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは正しい道しるべであります。 選択肢が多い世の中になり、何が正解であるのか?すべて正解であります。しかし、人は損得で判断するのでなく、正しいか正しくないかで判断する人間であることを説いていきます。 ※電話相談は受け付けませんので、あらかじめご了承ください。

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