バカにつける薬はない回答受付中
2度目の精神科入院をしてしまいました。死にきれなかった。けど主治医に癖にならないために区切りとして入院を勧められ入院しました。ですが、私がバカすぎて、異常過ぎて浅い話で診察が終わり退院しました。日頃の洗濯、料理、家族と協力すればいいものの、それすら協力できない、あっあっとなる。思考停止なのです。
自分に甘く人に厳しい人になってしまい
看護師からも干されて患者からも病院からも干されました。
そんな言い方はおかしいけど。
たまたま同じ部屋の患者さんを、私がバカすぎて、疲れさせてしまいました。だから、迷惑かけないために早く退院するバカっぷりです。
人を疲れさせてしまう
人をイライラさせてしまう
のんびりで思いやりもない
これから、障害年金も受給できるか分かりません。
就労移行支援は期限だけ消費する現状だからやめようと考えています。
ですが、自分で就活も難しいので、B型作業所の在宅で慣らし特例子会社や障害者枠のパートに行けたらと思っています。
ASDを受け入れればそれですんだものの、ややこしくさせてしまっています。
人が怖い人と関われないがために。
人を避けすぎて思考鈍化が凄まじいです。
3年見てる支援者にもいつまで経っても人が怖いと避けているから、もう、どういいところを見つけてあげたらいいかわからないと、経験が少なすぎて救いようがないみたいなことを言われました。
もう、人との関係性築く前にきらわれてしまいます。自分から離れる癖が、、、
いつも孤立します。
どう接していいか分からないだけなのに
空回りで終わり。
バカすぎて弱すぎてスルーされて笑われて終わる存在すらなかったことにされて終わる
それを繰り返し、何事も続かず身につかず
自分の頭が終わっています。
中学生の頃から根性腐っています。
気にするところがおかしい。
やっぱりものすごく薄情者です。
お坊さんからの回答 1件
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自分を責めないで
おつらい中で、ここまでご自身のことを言葉にされたのですね。その一つひとつに、これまでどれほど苦しまれてきたかが滲んでいます。「バカすぎる」「終わっている」と何度もご自身を責めておられますが、その言葉の裏には、「本当はちゃんと生きたい」「人と関わりたい」という切実な願いがあるように感じます。
仏教では、人はもともと完全な存在ではなく、迷いの中で生きています。思うようにできない、続かない、人とうまく関われない――それはあなただけの欠点ではなく、人が本来抱えている姿でもあるのです。ですから、まず申し上げたいのは、「あなたが特別に劣っているのではない」ということです。
また、「人を疲れさせてしまう」「嫌われてしまう」と感じておられる点も、裏を返せば「人にどう思われるかをとても気にしている」ということです。それは無関心や薄情とはむしろ逆で、本当は人との関係を大切にしたい心があるからこその苦しみでしょう。
ただ、今の状態で無理に「ちゃんとしなければ」「人とうまくやらなければ」と力を入れすぎると、かえって心が固まり、「思考停止」のような状態になりやすいものです。ですから大切なのは、大きく変わろうとすることではなく、ごく小さな一歩を積み重ねることです。
たとえば、
・一日に一度、誰かに挨拶する
・5分だけ何かを続けてみる
・うまくできなくても「今日はここまでできた」と認める
こうした「小さなできた」を、自分で否定せずに受け取っていくことです。
進路についても、B型作業所の在宅など「今の自分に合う環境」を選ぼうとされているのは、とても現実的で大切な判断です。「できる人の基準」に無理に合わせる必要はありません。ご自身の歩幅でよいのです。
人が怖いというお気持ちも、無理に克服しようとせず、「怖いままでも少しだけ関わる」くらいで十分です。避けすぎず、無理もしすぎず、その間を少しずつ歩むのです。
そして何より、「根性が腐っている」「薄情者だ」と言い切ってしまう必要はありません。そう思ってしまうほどに、ご自身を追い詰めてきただけなのです。
あなたは、失敗を繰り返しながらも、なお「どうにかしたい」と考え続けておられる。その姿そのものが、すでに尊い歩みです。
どうか、今日一日だけでも「自分を責める言葉を少し減らす」ことから始めてみてください。それもまた、大切な一歩だと思います。



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