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死ぬという選択肢回答受付中

回答数回答 3
有り難し有り難し 7

就活失敗しました。
大学院にも全く行けていません。
たとえ就活に成功し、大学院に進学できたとしてももう将来に希望はありません。
ここまで育ててくれた親に顔向けできず、周りのレベルについていけず、死ぬしかないです。
でも勇気が出せません。
どうか僕に勇気をください。

2026年4月11日 13:12
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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死ぬ勇気ではなく生きる勇気を

おつらいお気持ちの中で、ここまで言葉にしてくださったこと、その苦しさの深さが伝わってきます。

就活がうまくいかなかったこと、進学の道も思うように進まないこと、ご両親や周囲に対する申し訳なさ…。それらが重なって、「もう先がない」と感じてしまうのは無理もないことです。けれど、その「勇気」は、本当に死に向かうためのものであってよいのでしょうか。

仏教では、人は思い通りにならない現実に出会うとき、苦しみが生まれると説かれます。これを「苦(く)」と申します。しかし同時に、その苦しみの中にこそ、人が本当に大切なものに気づく縁があるとも教えられています。

今のあなたは、「うまくいかなかった自分」「期待に応えられない自分」を責め続けておられるように感じます。しかし、その評価は、あくまで一時の結果に過ぎません。あなたという存在の価値が、それで決まることは決してありません。

親御さんも、あなたに完璧な成功を求めてここまで育ててきたわけではないはずです。本当に願っているのは、「生きていてほしい」という一点ではないでしょうか。たとえ遠回りでも、不格好でも、生きていてくれること、それ自体が何よりの願いです。

「勇気が出ない」とおっしゃいましたね。それは、あなたの中に「まだ生きたい」という心が確かに残っている証でもあります。どうか、その小さな声を否定しないでください。

死ぬ勇気ではなく、「もう少しだけ生きてみる勇気」を持っていただきたいのです。今日一日だけでも構いません。「今は結論を出さない」と決めてみてください。

人生は、思い描いた通りには進まないものです。しかし、思いがけない縁によって、まったく別の道が開けることもまた、数えきれないほどあります。

どうか一人で抱え込まず、身近な方や、話せる窓口にも少しだけ頼ってみてください。あなたの苦しみを受け止める人は、必ずいます。

あなたは、失敗した人ではありません。今、苦しみのただ中にいる人です。そしてその苦しみは、決してあなた一人のものではありません。

どうか、ここで命を終わらせる決断だけは、急がないでください。あなたのこれからに、まだ見えていないご縁が、きっと待っています。合掌

2026年4月11日 16:46
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有り難し
おきもち

個別相談可能
仏教の目的は、抜苦与楽と成仏です。 生きている人の苦しみをどうしたら癒せるのかを常に考えます。 資格:日本メンタル協会認定メンタルスペシャリスト。JADP認定心理カウンセラー
平日19:00から21:00に受付ます。

残念ながら、、、、

仏教が与えられるのは智慧と慈悲です。

親への思い
将来への不安
周囲との比較

どの点が希望を邪魔してるのか教えてくださいませんか。。。

2026年4月11日 19:15
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有り難し
おきもち

僧侶として長い時間を過ごしてきましたが、 四十年以上経った今でも、言葉や文字にできない思いはあります。 どんなに経験を重ねても、 世の中で起きる出来事や、自分の中に生まれる感情のすべてを きれいに整理して表現できるものではないと思っています。 だから、うまく書けなくても安心してください。 ここでは、無理に言葉を整えることよりも、 いったん息を整えて、静かに耳を澄ますことを大切にしています。 まとまりのない文章でも、途中で止まってしまっても構いません。 言葉になる前の思いが、そのまま置かれてもいい場所でありたいと考えています。
特別な準備や、上手に話すことは必要ありません。 このオンライン相談の時間は、あなたのために差し出された時間です。 話すことだけが人生の目的ではありません。 言葉が浮かばないときは、 ただ呼吸に耳を澄ませる時間として過ごしていただいても構いません。 日常の中で受けている外からの抑圧やストレスから、 ひととき身を離れるための「避難の時間」として この場を使っていただくこともできます。 僧侶である私は、何かを答える人というより、 あなたがこの時間を安心して過ごせるよう、 静かに同席する存在でありたいと考えています。 話がまとまらなくても、途中で止まっても大丈夫です。 この時間が、あなたのペースを取り戻すきっかけになれば幸いです。 なんまんだぶつ。

生死ともにわずらいなし

浄土宗では、南無阿弥陀仏と念仏していれば誰でも臨終時に極楽浄土へ往生できると説かれます。
ですからいつ死んでも問題ありません。
また、生きながらえて念仏生活できれば、その分だけ念仏の功徳(くどく:悟りやすくなる善の癖)が積もると考えられます。
ですから、運悪く生きながらえてしまった場合でも、毎日念仏すればその功徳が積もるので、生きてしまった場合でも問題ないのです。
つまり、死んでも生きても、どちらに転んでも思いわずらう必要はないのです。
人生の節々で思い通りにならないことがあってお辛い状況だと、打ち明けてくださりありがとうございます。
そのような人にこそ、「生死ともにわずらいなし、不運にも生き永らえてしまえば功徳が積もり、幸運にも早く臨終が来れば往生極楽」というお気楽極楽思考を体得していただきたいのです。
そのための方法は、「南無阿弥陀仏」
「なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ」
と、お好みのテンポで念仏を口ずさみ、阿弥陀様の力で極楽浄土に往生できることを願い、喜ぶことです。
どうかこれからは、
なむあみだぶなむあみだぶ
と功徳を積んでください。
功徳を積むと、極楽浄土に転生してから悟りを開くのが早くなる、つまり成仏(仏様に成る)のが早まるのです。
また、念仏以外の善い行いをしても功徳になります。
なお、念仏しているときに、様々な妄想雑念(過去や未来や自分や他人のこと)が頭に浮かんでは消えていきますが、それはただの脳の体操みたいなものなので、あまり気にしないでください。
妄想雑念があるまま念仏しても、往生極楽はゆるぎませんのでご安心を。

2026年4月11日 18:05
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

はい

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