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SOSを正論で返され、喧嘩に。私が悪い?回答受付中

回答数回答 1
有り難し有り難し 2

状況と背景:
精神的な疾患を抱えており、昨夜から一睡もできていない極限状態でした。そんな中、今後の自立のために一人で片道1時間以上かけて、病院、役所、そして就労支援事業所の見学を必死に回ってきました。心身ともにボロボロで、誰かにすがりたい一心でした。
事の経緯:
遠距離恋愛中の彼に、今の限界な気持ちを「死んだ方がマシかも」とSOSとして伝えました。私としては「大丈夫?」「よく頑張ったね」という言葉が欲しかったのですが、彼からは「死ぬくらいなら(見学を)やめた方がマシやね」と冷たい正論で返されてしまいました。
突き放されたショックから、つい感情的に「あなたに言ったのが間違いだった」と強く言い返してしまいました。その後、彼からは「心配して言ってるのに」「死ぬという言葉は重いし、嫌な思い出が蘇るからシャレにならない」「距離を置くなら別れたい」と言われ、最終的には「鬱の時の言葉の棘がキツイ」と指摘されました。
今の悩み:
結局別れずに済みましたが、彼からは「察せなかったのは謝る、〇〇(私)が正しいよ」と投げやりな謝罪をされ、モヤモヤが消えません。
確かに私の言葉には棘があったかもしれません。でも、死に物狂いで頑張った直後に正論で殴られ、突き放された孤独感に耐えられませんでした。
このような状況で、私がもっと冷静になるべきだったのでしょうか? 私の言い方が、彼を追い詰めすぎてしまったのでしょうか。客観的なご意見をいただけますと幸いです。

2026年4月7日 13:20
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「助けて」がうまく届かないとき

それは…
本当に限界の中で動いておられたのですね。

眠れないまま、病院や役所、見学まで回って、
心も体もボロボロの中で、
それでも前に進もうとしていたこと、伝わってきました。

そんな状態で、
「誰かにすがりたい」と思うのは、当たり前のことです。

そしてそのときに欲しかったのが、
正しさではなくて、

「大丈夫?」とか
「よく頑張ったね」という言葉だった、というのも、
とても自然な気持ちだと思います。

だからまず、

あの場面で感じた
「突き放されたような孤独感」は、
おかしなものではないと思います。

そして
星乃さんはちゃんと、
“助けて”を出せていたのだと思います。

ただ、それを受け取った彼は、
「受け止める」よりも先に、
「止めなきゃ」「なんとかしなきゃ」と
動いてしまったのかもしれません。

ですから、今回のことは、

「欲しかった関わり」と
「返ってきた関わり」が違ってしまった
そのズレが大きかったのだと思います。

そして
あの状態で言葉が少し強くなってしまったことも、
あまり責めすぎなくて大丈夫です。

限界のときの言葉は、
どうしても少し尖ってしまうものです。

もしよければこれから先、
しんどいときに、

「今はアドバイスより、ちょっと聞いてほしい」

そんなふうに一言添えるだけでも、
受け取られ方が少し変わるかもしれませんね。

無理にうまくやろうとしなくて大丈夫です。

ちゃんと動いて、
ちゃんと助けを求めようとしたこと。

それは、大事な力です。

しんどいときは、
ひとりで抱えきろうとしなくていいですからね。

2026年4月7日 14:55
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有り難し
おきもち

山の中の小さなお寺の住職と児童福祉施設で働いております。 毎日いろんな出来事がありますが、そのたびに、「仏教って、生きる力そのものなんだなぁ」と感じる瞬間があります。 ハスノハを始めたのは、友人の僧侶が青空説法で、人の悩みにまっすぐ寄り添っている姿を見たのがきっかけでした。 「自分にも、こんなふうに誰かの心に光を届けることができないだろうか」 そんな思いから、この場に身を置かせてもらっています。

質問者からのお礼

ありがとうございます。一言添えられるように頑張ります!

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