どう受け止めるべきか
私はいまたくさんの人の前でお話させていただく仕事をメインにしています。
今度、大きな規模の講演があります。その講演には男性と女性の2人の進行役がいます。
その女性が話をする人を探しているとのことで、私の知り合いが私をその女性に紹介し、拙著3冊を読んでもらい、ぜひ話して欲しいということに決まりました。
次に男性の進行役に私が決まった話が行き、知人に頼まれて簡単な経歴をメールで男性に送りました。そしてぜひ著書を読みたいということで、今日送ることになりました。
本題はここからです。その進行役の男性は覚えていないでしょうが、私は10年以上前、障害者が働くカフェの健常者のスタッフの紹介で、その男性に会ったことがあるのです。記憶が仕事内容、顔、職種、職場がある場所、経歴など様々な点で一致しました。
健常者のスタッフは、その男性には私の経歴は何も話していないと言っていました。なぜ私がその男性と急に会うことになったのかも分かりません。
私と会ってものの数分で、その男性は私に、あなたは人慣れしていない、1ヵ月でモノにするからうちに通ったら?と明らかに上から物を言いました。私はハラワタが煮えくり返り、2度とその男性とは会いませんでした。
そして今回の講演の話に繋がります。私の経歴を知り、態度がガラっと変わりました。私は強い部分と弱いところが、両極端だと思います。これだけ強弱がある人間もおそらく珍しいのでしょう。その男性のような、私の経歴を知り、明らかに態度が変わる人には本当にたくさん会って来ました。障害者を下に見る医療・福祉従事者は、凄く多いのが現実です。
そのような医療・福祉従事者を含め、差別や偏見に満ち溢れた社会に一石を投じるため、ずっといまの仕事をしたいと思っていました。今回の仕事は自分の心を押し殺してでも、受けるべきだと思いますか?それとも事情を関係者に伝え、辞退してもいいと思いますか?
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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誰もが優しい社会で安心し暮らしていけるようメッセージを届けて
受けた側は、その態度や言葉を忘れはしませんよね。印象というのは、なかなか拭えず、その後の縁を遠ざけてしまうこともあります。
たとえ、そんなつもりでなくても、相手のことを知りもせずに、表面的に人柄を決めつけて、「あなたはこうだ」「こうしたほうがいい」という言葉は、相手への配慮に欠けますよね。
これは、障害者に対してだけでなく、誰にとっても無意識の偏見・思い込み『アンコンシャス・バイアス』があるように思います。それが、立場を作り上げ、見下したり、差別を生むことにもなる。
医療・福祉従事者にも多い現実を、あなたは経験してこられた。今回の思いがけない再会、そして相手はそのことも覚えてもおられない現実は、しっかりと意識づけて学び直す良き機会になるのでは思いますよ。
もちろん、あなたにとっては、悔しい気持ちも込み上げてくるでしょうけれど、こうして踏ん張り、執筆や講演活動を通じて伝えてこられて強さもある人です。「覚えていますか。私は今でも残念な気持ちでいるのです」と直接に伝えませんか。
立場が違えば、受け取り方も違う。そんな中で、障害者に対する無理解や偏見はないだろうか。一緒に考えていきませんか。と、問題提起の縁にしていかれませんか。
言われないと気づかなかったということもあります。人は、そこから学んでいかねばと思いますし、一方通行にならずに伝えてこそ分かり合えることもあります。誰もが皆、優しい社会で安心して暮らしていけるように。あなたのメッセージを多くの人に届けてほしいと願っています。
たった一人でも受け止めてもらえると、うれしいことですね。
ご相談を寄せていただき有り難うございます。今、コットンさんは、「差別や偏見に一石を投じたい」という社会への願いと、「自分を傷つけた者と共にいたくない」というご自身の尊厳を守りたいという、どちらも大切な思いを、同時に抱えておられるように受け取りましたが、いかがですか?
私も2つの思いが浮かびました。まず、コットンさんの「心を押し殺してでも受けるべきか」というお尋ねに対しては、「いいえ、あなたは心を押し殺す必要はありません」とお伝えしたいです。そして、もう一つ。「この度の講演を誰に聞いてほしいですか?」とあなたにお尋ねしたいです。コットンさんは、差別や偏見に満ち溢れた社会に一石を投じるため、ずっといまの仕事をしたいと思っていたのでしたね。それは、あなたが長年味わってこられた苦しみが、あなたの中で人生の肥やしとなり、他者への慈しみに転じた証です。それは菩薩のような願いです。今回は、いわば、絶好のチャンスとも受け取れますね。あなたが10年来の思いと実践を込めて講演をやり遂げた時、聞いてくださった方々には、どんな気づきや変化が生まれるでしょうか?さらに、その男性には、どんな気づきや変化が生まれるでしょうか?
「心を押し殺してでも受けるべきか」というお尋ねを細分化した時、「男性に怒りを覚える私自身の心を落ち着かせて、本当にやりたいことを実践する」と考えることも出来ますね。
コットンさんが、今すぐにできることをご提案します。それは、ご自身の気持ちを紙に書き出してみることです。「この仕事を受けた場合の自分」と「辞退した場合の自分」、それぞれがどう感じるか、正直に書いてみましょう。頭で考えるのではなく、可視化された文字を読みながら、ご自身の意思を確かめてください。
その上で、「この仕事を受ける」と決めた場合、ご自身にこう言い聞かせてみてはいかがですか。「私は社会を変えるために、この場に立つ。その男性のためではない。参加者一人ひとりのために、そして将来へのより良き種まきのために立つのだ」と。
コットンさん、もし辞退するという決断をした場合、それは「逃げ」ではありません。「次の時機まで待つ」という決断です。ご自身の心と体を大切にすることも、大切な選択です。
あなたは、独りではありません。私たちhasunohaの僧侶も、あなたの応援団です。後日談もお聞かせいただければ幸いです。
質問者からのお礼
げんさんさま
とても親身なご回答本当にありがとうございました。たくさん涙が出ました。気持ちが楽になりました。
今回の相談は昨夜書かせていただいたのですが、現時点での結論はやろうと思っています。理由はこの件のことも、現在書いている4作目に昇華しようと思うからです。
社会に一石を投じるためには、本と講演の両輪で進めていくのが理想だと思っています。
時々、自分のやっていることは、焼け石に水なんじゃないかとも思うこともあります。社会に偏見や差別が蔓延しているからです。
でも前に書いたように限りある命を生きていくのなら、後悔の少ない人生にしたいと思っています。その答えがいまの生き方です。
正直、10年以上経っても怒りが爆発しそうなくらい、嫌な記憶なので本当にやれるかは分かりません。人前で話させていただく機会はどんどん増えているので、おっしゃるように、この男性のために気持ちをズタズタにしてまでやる必要はないかなという思いも、少しあります。
ご回答本当に心にしみました。ありがとうございました。
中田 三恵さま
ご回答本当にありがとうございます。
無意識の偏見・思い込み『アンコンシャス・バイアス』。確かに誰にでもあるものかもしれません。障害者の世界では、障害者が障害者を差別することは日常茶飯事です。
今回の相談をさせていただいた私自身にも、偏見・思い込みがあると思います。誰もが気をつけなければならないことなのですね。
「立場が違えば、受け取り方も違う」という中田さまのご意見。本当にその通りだと思います。拙著を3作書き、人前で話させていただく機会も増え始めて、とてもたくさんの方から、本や講演の感想・意見をいただきます。その経験から思うのは、こんなにも1人ひとり受け取り方が違うのか、という驚きです。
普通、完成した原稿の推敲は、数回で終えるものらしいです。しかし私は30回を目安に推敲します。これで気持ちが伝わると思っても、驚くような捉え方をする人もいます。
言われないと気づかなかったということもありますよね。中田さまのご助言通り、直接10年前に会ったときの気持ちを言ってみます。
私は、中田さまを始めハスノハの僧侶の方のように思慮深くなく、仏教の信仰心はあるものの浅いので、非常に勉強させていただいています。
本当にありがとうございました。またよろしくお願いします。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )