人から感謝されても嬉しく感じない
人の役に立つことが良いことだとされますが、私は人からありがとうと言われてもあまり嬉しく感じません。
例えば、私のお陰で楽しかったとかうまく行ったとか言われたとしても、良かったですね、とは思っても、それにより自分の心が満たされるとか、人の役に立つことが生き甲斐だとか思えませんし、心も晴れません。人のために何かをしても疲れるし、孤独感が消えません。
気持ちの持ち方について、教えていただきたいです。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分自身を解放して、殻を破った先に感じられるものなのかも。
人のために何かをしても疲れるのなら、無理をして何かをしなくてもいいのですよ。あなたがやりたいことを。それは自由なのですからね。
また、相手がありがとうねと感謝の気持ちを持つのも、相手の自由。ですから、相手がそのように感じたのなら、(そうですか)と思っておけばいい。
無理に気持ちを揺らさずに、相手との温度差があっても、それは人それぞれですものね。それでいいのですよ。
あなたにとって、何が嬉しいのか、何に喜びを感じるのかは、あなたにしかわからないことでしょうけれど、孤独感を和らげるためには、あなたも自分自身を解放してみること。殻をぶっ壊してまで、相手は入ってきてくれませんものね。あなたも殻を破ってみる。大事にされたという経験は、あなたが肌で感じれる距離感で味わえるものかもしれませんよ。
「感じても大丈夫」な場面を増やして行く
あかり様
はじめまして。きみーと申します。よろしくお願いいたします。
人からありがとうと言われても、あまり嬉しく感じないのは凄くお辛いことだろうと私は感じました。
今までよく堪えてこられましたね。
十分過ぎるぐらいがんばられたと思います。
交流分析という学問に
「禁止令」というのが解説されてあります。その中に
「感じるな」という禁止令があるんです。
“感じるな”というのは、
子どもの頃に“その気持ちは出さないほうがいい”と学んできた心のクセみたいなものなんです。
たとえば、悲しくて泣いたときに
“泣かないの!”って言われたり、
嬉しくてはしゃいだときに
“調子に乗らないで”って言われたりすると、だんだん“感じても出さないほうが安全だ”って心が覚えていくんですよね。
そうやって長く続くと、気持ちを抑えるのが上手になる。
一方で、
“何を感じているのか自分でも分かりにくい”とか、“嬉しいはずなのに何も感じない”ってことが起きることがあります。
でもそれって、そのときの環境で自分を守るために身につけた力でもあるのです。
だから無理に変えなくてもいいし、少しずつ
“感じても大丈夫な場面”を増やしていけたらいいですよね。
もし、興味があったら検索してみてくださいね。
時が来たら、カウンセリングや心理療法を受けてみるとヒントが見つかるかも知れません。
あとこれは気が向いたらの提案なのですが、映画「グッド・ウィル・ハンティング」や「パッチ・アダムス」を観てみると心が揺さぶられるかも知れません。
ロビン・ウィリアムズのユーモアと靭やかなな生き方、逞しさに涙してしまいます。
もちろん、無理のないよう、あかりさんのペースで…
もし、またお悩みなどありましたら、何でもお気軽にハスノハをご利用くださいませ。
今日も良い日になりますように



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
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(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )