仕事のやる気がでない、葛藤している回答受付中
お世話になります。私は社会人から看護師になりましたが、仕事ができず早期離職(1年〜3年勤務)を19年も繰り返してしまいました。辛く悲しい感情にのまれてしまい、具体的な対策ができませんでした。現在でも頭ではわかっているのに行動(自己学習など)がはかどりません。覚えが悪く忘れてしまい辛いものになっています。職場のスタッフへも、成長しなく歳だけをとった自分は辞めた方が良いだろうと申し訳ない気持ちや、そんな自分が嫌で気持ちがめいっています。自信がないので職場も馴染めなく緊張(恐怖)があります。休日も1人で過ごし身の回りの事(掃除や運動、食事など)も面倒で出来ていません。過去と同じパターンを繰り返しています。私が喜ばれて興味もあり気分が落ち着く様な仕事がないのか。しかし、いま起きている困難を克服しなければいけない、変えられるのではと悩みます。仏教の教えや瞑想に取り組みます。意識や心持ちを変えられたら。どうぞよろしくお願いいたします。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
あなたはあなた以上でも以下でもありません。
社会人から看護師資格を取得されたこと自体、並大抵のことではありません。
働きながら学び、国家資格を取り、十九年も現場に向き合ってこられた。まず、その歩みを「できなかった人生」と見る必要はありません。
人は、自分より優秀な誰かを見て、自分を責めます。
ですが仏教では、他人との比較によって苦しみが生まれると説きます。
私は私以上でも、私以下でもない。
覚えが早い人もいます。
人付き合いが得意な人もいます。
ですが、あなたにはあなたの苦しみを知っているという力があります。
苦しみを知る人は、弱っている患者さんの気持ちに寄り添えます。
効率や要領だけでは届かない支えがあります。
また、「変わらなければ」「克服しなければ」と強く思いすぎると、心はさらに疲弊します。
十九年間、ずっと「もっと頑張らねば」と自分を追い込んできたのではないでしょうか。
仏教は、無理に別人になる教えではありません。
「今の自分を正しく見る」教えです。
掃除ができない日がある。
勉強が進まない。
人が怖い。
緊張する。
それもまた、今の自分の状態です。
まずは、「こんな自分では駄目だ」という裁判を、自分自身に対して少し休廷してあげてください。
大きく変わろうとしなくて構いません。
今日は机に五分座れた。
ゴミを一つ捨てられた。
患者さんに一言笑顔で返せた。
それで十分です。
禅では「只管打坐(しかんたざ)」といって、ただ坐るという修行があります。
成果を急がず、評価を求めず、ただ今ここに戻る。
あなたに今必要なのも、疲れ切った自分を少しずつ回復させることかもしれません。
そして、もし看護の現場そのものが合わないのであれば、それも敗北ではありません。
人を支える仕事には多くの形があります。
どうか、「続けられなかった自分」だけを見ないでください。
十九年間、辞めながらも、生きることを諦めなかった自分も、確かにそこにいます。
苦しみの中にいる時、人は自分を無価値だと思い込みます。
しかし仏教では、苦しみを知る人ほど、深い慈悲に近づくとも説きます。
焦らず。
比べず。
まずは、自分を責め続けることを少し緩める。
そこからで十分です。


