完璧主義をやめるには回答受付中
初めて投稿させていただきます。現在大学4年生なのですが、最近自分は完璧主義者であるということに気づきました。具体的には書く内容に納得がいかないため、レポートが書き出せずに単位を落としたり、ゼミで発言をする際にタイミングと言う内容を頭の中で考えすぎた結果、発言の機会を逃したりしてしまっていることです。また周囲と比較する癖もあるため、劣等感が強くなかなか自分のことが好きになれません。就職活動をする際もスポーツや勉強、課外活動に本気で打ち込んだ経験がないことや周囲の人のエピソードと比較してしまい、落ち込んでしまいます。完璧主義も劣等感も自分の人生にとってプラスになるものではないとわかっているのですが、なかなか手放すことができないでいます。どうすればこの2つの癖を治すことができるでしょうか。ご回答頂けますと幸いです。
お坊さんからの回答 2件
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完璧主義や劣等感を肯定すること
ご相談いただきありがとうございます。完璧主義や劣等感に悩むお気持ち、そしてそれを言葉にしてくださった勇気に心から敬意を表します。まず知っておいていただきたいのは、それらを抱えること自体、決して悪いことではありません。完璧主義は物事に真剣に向き合う姿勢の裏返しであり、劣等感も向上心がある証拠です。ただ、それが重荷になっているなら、その重さを少し和らげていく方法を考えていきましょう。
完璧主義に関しては、最初から完璧を求めないことが大事です。例えば、レポートは初めに自由に思いつくまま書き出し、その後でじっくり整える。発言の場面では、「完璧な意見でなくても、自分の言葉を紡ぐことに価値がある」と考えてみてください。小さな一歩を積み重ねることで、「完璧じゃなくても大丈夫」という感覚を少しずつ育てることができるはずです。
また、劣等感については、「自分にないもの」に目を向ける代わりに、「今の自分が持っているもの」を大切にする習慣を意識してみるのはいかがでしょうか。特別な経験がないと感じても、日々の考え方や小さな行動には必ずあなたらしさがあります。
それは他の誰も持っていない価値だということを、少しずつ受け止めてみてください。例えば、考えたことや感じたことをノートに書き出していくと、自分自身の価値に気づけることがあるかもしれません。
最後に、完璧主義や劣等感を「手放す」ためには、まずそれらを抱えてきた過去の自分を受け入れて、「ありがとう」と労わってみてください。これまであなたは自分なりに懸命に生きてこられたのだと思います。その努力を否定せず、「これからはもう少し肩の力を抜いていこう」と共に歩んでいく気持ちを持てるとこ良いですね。
焦らず「今できること」を積み重ねれば、きっとあなたらしい道が見えてくるはずです。何か迷いやつらさを感じたときには、いつでもこうして言葉にしてみてくださいね。心から応援しています。
合掌
「人間は至らない存在」ということを受け入れる
こんにちは。実に人間らしく迷われているなあと思いながら拝読いたしました。Jikaiと申します。
完璧を目指したい、というのも言うなれば煩悩です。
人間が持つ苦しみのひとつであり、それがどうにも思う通りにならないことを仏教では「一切皆苦」なんて言葉で表します。
どんな美人だって、大金持ちだって、一点の汚れもない完璧超人だということはあり得ません。
むしろ「至らない自分」を自覚し、地に足をつけて生きることが、仏教的には必要とされているんです。
人間、驕ると目が曇る。
自己に与えられたご縁やすべてに傲慢になり、「自分のおかげだ」と勘違いした瞬間、苦しみに囚われやすくなります。
そもそも人間って生き物が不完全で、学びの途中で、謙虚性によって成長できる生き物であるということをよく思い出されてください。
人間は、学ぶことができる。
人間は、反省できる。
人間は、進むことができる。
思考できるから、あなたも今こうやって疑問をぶつけてくれている。
それって結構素晴らしいことだと思うんです。
「自分なんて」を受け入れるのって、人によっちゃプライドが許しません。
だけどそれを受け入れた先にしか、結局のところ本当の意味での学びも成長もないのが事実です。
「至らない自分」を楽しむ権利も時間も、幸いなことにまだ我々は有しています。
いい意味での開き直り、期待しています^ ^