堕落?甘え?最低?生きていけないです。回答受付中
発達傷害、境界知能、強迫性障害、双極性障害の私は、物心ついたときから普通の人と同じようにしないと!と必死に生きてきました。ですが、未遂をしたり生きていくことがこれ以上は苦痛になってしまったので、新たな人生を切り開くために障害者手帳を取得することになりました。普通の人にこだわり、普通の人になるためにずっと背伸びをしてきました。みんなと同じように学校に行くこと、みんなと同じようにできること、みんなと同じように働くこと、みんなと同じように日常生活を何気なく安定して送ること。約30年努力したけど無理でした。これ以上みんなに合わせようとすることは自分を殺すことになる、自分はみんなみたいにできないと思う反面、努力をやめること、諦めることで自分が堕落しているのではないかと嫌悪感です。でももう、みんなと同じようにする!という意気込みや気迫も残っていません。なのに私は経営者です。もともと自由な働き方ができますが、時短勤務もできています。他の従業員も理解してくれていますが、早くみんなと同じようにならないと!と焦ったり、申し訳なさで苦しくなります。人と同じようにできないとわかっていても、ズルをしているのではないか?みんなちゃんとしてるのに!と結局自分を責めて、自分らしく生きていることに罪悪感や嫌悪感を抱き、結果的にこれ以上は生きられないと結論づけてしまいます。子供にも寂しい思いをさせ、一緒にいたいと言う気持ちに応えられないことも多々あります。背伸びをやめて自分らしく生きようとすれば、他の人とは全く違うペースになります。仕事は毎日行けないくせに生活のために報酬はもらっているし、空いた時間は静かに過ごしたりのんびりしたり出かけたり。休みの日はたまに旅行も行きます。文面だけ見たら優雅で貴族かと思うくらいです。でも、実際は聴覚過敏があったり他の人は感じない過敏さや、その場にいるだけで疲れてしまう特性があります。目に見えないのです。無理をすると湿疹や蕁麻疹が出て、またうつ状態に引き戻されてしまいます。どれか一つなら頑張れるのにこんなにたくさんの病気や障害をどうやって受け入れたらいいのか。普通に見えるので余計にズルしているサボっていると思われるのが怖いんです。本当はもっと努力できるのか、もっと頑張れるのか、甘えているのではないか、堕落した人間ではないか、もう自分を責めてしまっておかしくなりそうです。
お坊さんからの回答 1件
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普通になれなかったではなく無理を重ねてきた
あなたのお話を読んでまず感じたのは、「よくここまで生き抜いてこられましたね」ということです。
あなたは30年もの間、「普通の人と同じようにしなければ」と自分を奮い立たせ、背伸びを続けてこられました。しかし、その結果として心や身体が悲鳴を上げ、未遂にまで至ったのであれば、それは努力が足りなかったのではなく、限界を超える努力を続けていたということではないでしょうか。
仏教では、人は皆それぞれ異なる条件を背負って生まれてくると考えます。背丈が違うように、体力も、心の強さも、得意不得意も同じではありません。それなのに私たちは、自分だけに「みんなと同じになれ」と命じて苦しみます。
あなたが時短勤務をし、休養を取り、静かな時間を必要とするのは怠慢ではありません。眼鏡が必要な人が眼鏡をかけるように、あなたにはあなたに必要な環境があるだけです。
ただし、「もう何もしなくていい」ということでもありません。人は誰でも、自分に与えられた役割や責任があります。経営者として、親として、できる範囲で誠実に歩むことは大切です。しかし、その誠実さと、自分を壊すほど無理をすることは別物です。
本当に向き合うべきなのは、「普通になれない自分」ではなく、「普通でなければ価値がないと思い込んでいる自分」かもしれません。
あなたは既に十分頑張ってきました。むしろ今は、「頑張り過ぎない努力」を学ぶ時期なのではないでしょうか。
誰かと同じ速度で歩けなくても構いません。大切なのは、自分を責め続けて倒れることではなく、自分の歩幅で今日を生きることです。
あなたは怠け者でも堕落した人でもありません。苦しみながらも、仕事を続け、子どもを思い、何とか生きようとしている一人の懸命な人です。その事実を、まずはあなた自身が認めてあげてください。合掌



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