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私って。回答受付中

回答数回答 1
有り難し有り難し 1

私は介護施設に勤務しています。
日々大変ではありますが、やりがいはあり利用者さんとのことにはストレスはさほどです。
スタッフとの人間関係がストレスです。

今は自分の発言がねじ曲げられて(私はそう感じている)何を話しても悪く言われるのですっかり他人とのコミュニケーションが怖くなり業務上のことのみ会話しています。
自分では揚げ足を取られないよう気をつけていますが、そうなること、自分の思う自分像と周りが思う私像との違い、誰も私をわかってくれない、認めてくれないと強く思っています。

こうした経験は初めてではないし、いままで職を変わってもすぐに同じようなことがありました。今も居心地はよくありませんが、逃げ出しても解決しないと思っていますが、毎日気分は晴れません。ご相談にのっていただけましたら幸いです。よろしくお願いいたします。

2026年7月9日 12:04
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「私」は概念上の幻

仏教では、「私」「自分」という存在は概念上の幻であり、実体がない、だから執着に値しないと説きます。これを「無我」とか「空くう」とか言います。
「私」とは「ウサギの角」のように、実際には無い言葉上の存在なのです。
ウサギの角の悪口を言われてもウサギは痛くも痒くもありません。
あなたも、概念上の「私」が他人からどう思われても痛くも痒くもないはずなのです。
しかし、「私」のことを気にしすぎるとストレスになりますし、他人に「私」について主張しようとするとトラブルにもなりますね。
過去や未来や自分や他人に関する妄想雑念は短時間で中断するようにし、目の前の具体的・物理的な作業に意識を戻しましょう。
そうすれば心が落ち着く可能性があります。

2026年7月9日 12:59
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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

願誉浄史氏コメントありがとうございます。
他人の言葉に囚われすぎてるのかな?と気付きがありました。
また、ご相談させてください。自分にはない視点からありがとうございます。

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