SNSで自死を考えている方を見かけた時回答受付中
以前に、SNS上で死ぬ日を決めているという方がいました。その日を公言はしていませんでした。私はその方と関わりはなく、たまたま見た投稿でした。
でも、私は何かしなくてはいけない、止められるなら止めなくてはいけない、と思い警察に相談したことがあります。
ただ、今回は見かけた方たち(自殺仲間を募集しているわけではないが、ある一つの投稿にコメントを残していた方たち)は、自ら命を絶とうと考えることがあったり、考えている、という感じでした。具体的な日付や方法の記入があったわけではありません。
ですが、私は気にかかってしまい、自分が彼らに何かしないといけないのではないか?何もしないことが悪いことなのではないか?私は罪を犯してるのではないか?いのちの相談窓口などを彼らに伝えたりするべきなのではないか?など考えていました。
でも、世の中には自死を考えている等のコメントや投稿をする方は多いと言えば多い…それを見かけて何もしない事を選択する方たちも多いのが普通なのだとも思います…
私は最近、普通がわからなくて、自分が過剰反応している?考え過ぎているだけ?なども思っていたり、その時は一日の疲れもあり、何もせず寝てしまいました…
また、それらが気になって、朝起きてからどうすればいいか検索したりしていると、自殺をして失敗した方が質問していたり、自殺に関連する質問もある質問サイトにたどり着いてしまったりして、その方にも何か声をかけないといけないのではないか?
と、どんどん声をかけないといけない対象のかたが増えていくのが怖くて考えてるだけで疲れてきてしまいます…なので、質問のタイトルだけ見て内容は見ないようにしました。自分を守る行動をしてしまいました。
でも、私は何かしないといけない?何かしないと私は法律でも罰せされるのではないか?私は何もしなかったら、無責任なことをしているのではないか?
そんなことが頭に浮かんできます。でも、正直、私自身が生きていくことが難しい状況にある中、自分のこともままならないのに、更に関わりのない出会ったこともない他の方々のことを考えて悩む必要はないのか?なども頭に浮かび、私は人として最低な気もしています…
私は何もしなくても許されるのでしょうか?普通でしょうか?
今回もわかりにくい文で申し訳ありません…何かご回答いたただけましたら幸いです…
お坊さんからの回答 1件
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冷静な自分を忘れないように
ご相談を拝読しました。
実は、私も昔は「何とか救いたい」と思って、真正面から飛び込む人間でした。
困っている人がいれば放っておけない。
何とか力になりたい。
そんな性分です。
しかし、その結果、自分自身が心身ともに限界まで追い込まれたことがあります。
その時、ふと思い出したのが、柔道の師範の言葉でした。
「海や川で溺れている人がいても、一人で助けに行くな。お前も死ぬぞ。」
若かった私は笑ってしまいました。
「先生、ゴリラみたいに強いじゃないですか。大丈夫でしょう。」
すると先生は真顔で言いました。
「分かってないな。溺れている人は命懸けなんだ。どれだけ力があると思っている。」
「先生も助けに行ったことがあるんですか?」
「ある。俺も死にかけた。寸前で救助された。」
その時は半分冗談のように聞いていました。
でも、人生経験を重ねた今なら、その意味がよく分かります。
命の瀬戸際にいる人は、藁にもすがる思いです。
助けようとした人まで、一緒に沈んでしまうことがあります。
だから、自分一人で抱え込んではいけない。
警察や専門機関、周囲の人に助けを求めることも、大切な「救う方法」です。
そして、自分の力ではどうにもできないことまで背負わなくていいのです。
師範は最後に、私へこう言いました。
「三浦、お前はお人好しで、お節介だから特に言っておく。」
その言葉を、今でも時々思い出します。
人を助けることは尊いことです。
しかし、自分まで溺れてしまっては、誰も救えません。
まずは自分が岸に立っていること。
それもまた、人を救うために必要な智慧なのだと思います。
合掌


