なぜ暴力には快楽があるのでしょう?
33歳男です。暴力や殺生はいけないといいますが、それではなぜ神は暴力に快楽を与えたのですか?
私は中学時代いじめをしていました。いまでは反省していますが当時は楽しかったと思います。
先程捕まえたトンボの羽をむしり取り巣を貼っていた蜘蛛がいたので餌として与えました。33にもなって何餓鬼みたいなことをしているんだと思うかもしれませんが、楽しかったです。
暴力や殺生はよくないと言いますが、それではなぜ弱いものいじめはこうも楽しいのでしょう?そしてなぜ暴力は気持ちいいのでしょう?
なぜ神は暴力に快楽を与えたのですか?神は悪魔なのでしょうか?
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
痛みや苦しみを知れば、愚かさや怖さを感じていくでしょう。
暴力が快楽だったのですね。自分の欲望のままに生きていることの幸せを、喜びに感じていたからでしょうね。ですが、痛みや苦しみを知れば、暴力に楽しさを感じなくなり、振るう自分の弱さや情けなさ、愚かさや怖さを感じていくでしょう。
暴力で、自分が強くなったと思い、他より優位・上位にいるように感じていく。そういった思い込みや錯覚が、気持ちいいという快樂を与えてしまう。
ですが、そんな人に向ける周囲の目は、軽蔑や怒りの視線です。危険人物として認識され、人々が距離を置き、社会的に孤立するでしょう。
ここまであなたを育てた人は、神ではありません。何を見て、感じて、どのような環境から影響を受けてきたのか。それが、自分の行動や言動となっていくのですよ。
暴力に快感を与えるのは神様ではなく自分の妄想です
どこかの神様が暴力に快楽を与えたのではなく、人間の妄想が暴力によって得られる刺激を快楽と受け取るように錯覚しているからです。
暴力そのものではなく、そのような暴力を振るう境遇にある自分の状態に快感を得ているのです。
「ああ、自分は仕返ししてこない相手より立場が上だ」「ああ、自分はこうやって虫の命を断てるような力がある」というような自愛の妄想による快感を得ているのです。
梅木刑事の言葉
ご相談いただきありがとうございます。
自分がなぜこうなったのか。
なぜ暴力を楽しいと感じるのか。
育ってきた環境なのか。
人間の本能なのか。
神様がそういう感情を与えたのか。
理由を考えることは大切だと思います。
ただ、理由が分かったことと、その行為が許されることは別です。
相談内容を読んでいるうちに、昔見たドラマの一場面を思い出しました。
NHKの『リミット 刑事の現場2』第1回の内容です。
このドラマの中で梅木刑事が、
「お前はなあ、ただ、強い奴に向かっていくのが怖かった。だから弱い人を選んで刺し殺した。ただそれだけだ」と言います。
なぜ「弱いものいじめ」が楽しいのでしょうか?
暴力そのものなのでしょうか?
自分より弱いものを支配できる感覚なのか。
相手が抵抗できないことなのか。
身体に強い刺激が入ることなのか。
相手が苦しむ姿を見ることなのか。
そこは一度、自分自身で細かく見てみてもよいと思います。
そして同じ場面で、梅木刑事は、
「人間は生きているうちに、殺したいほど憎い奴に出会うことがある。だが普通の人は殺さない、殺せない」とも言います。
怒りや攻撃したい気持ちが生まれることと、実際に行動することの間には、一つ間があります。
その間でどうするか…
そして梅木刑事は、
「おめえもしっかり踏みとどまって戦え、人間なら!」
と言います。
私は、この「踏みとどまる」という言葉が今回の相談内容で伝えたいことです。
楽しいと感じたこと自体は、もう起きてしまった感情です。
でも、次もするかどうかは別です。
もし自分だけでは止めにくいと感じるのであれば、そのことを誰かに話しておくことも必要だと思います。
家族でも、信頼できる人でも、専門家でもよいです。
自分の中だけで抱え込まず、外にもブレーキを作っておく。
そしてもう一つ。
ドラマでは、犯人に被害者の父親が会います。
そこで初めて犯人は、自分が傷つけた相手にも家族があり、生活があり、人生があったことを目の前に突きつけられます。
自分が感じた快楽だけを見るのではなく、その快楽のために相手側では何が起きたのか。
そこも一緒に見る必要があるのだと思います。
私はこのドラマの場面を思い出しました。
あなたは、この梅木刑事の言葉を読まれて、どう考えますか?
そして、どう感じますか?
いじめ・暴力は罪悪です
拝読させて頂きました。
ご質問ありがとうございます。
暴力や殺生は私達生きものの本能だからです。
私達は太古から生き残りをかけて弱肉強食の中で生きています。生きるために様々な獲物を狙い殺して食べた時に心から喜びがあったでしょう。
人々が争い合って他の村を滅ぼして強者になった時に仲間と共に喜び合ったことでしょう。
過去の記憶の中で私達の心の中に刻み込まれているのです。捕まえたトンボの羽を引きちぎったり、周りの気の弱い子にいじめをしたりしてとても面白がったことはあると思います。
とはいえそのような無慈悲なことは許されることではありません。不必要に殺したりいじめ等悪行を行うことは大変な罪悪です。そのような愚かなことをすれば自らの心をけがしおとしめることです。
ちょっと話が飛びますが、アメリカやロシア等の権力者達が大変な権力のもと暴力・悪行を行っています。そのようなことは全て罪悪です。仏様や神様が暴力や欲望を与えたのではありません。そのような罪悪を決して仏様や神様は許しません。
私の地元の詩人 相田みつをさんの有名な詩に
うばい合えば足らぬ 分け合えばあまる
うばい合えばあらそい 分け合えばやすらぎ
うばい合えばにくしみ 分け合えばよろこび
うばい合えば不満 分け合えば感謝
うばい合えば戦争 分け合えば平和
うばい合えば地獄 分け合えば極楽
とあります。
仏様や神様は私達に本当の善行を、善き生き方を教えて下さいます。
あなたはいかがでしょうか?
あなたがこれからの未来をそのような悪意や悪言や悪行をなさず、善き考えや言葉や行いを進んでなされ、心から豊かに善き人生を生き抜いていかれますように切に仏様や神様にお祈りさせて頂きます。至心合掌
質問者からのお礼
回答ありがとうございます。
たしかに他者を傷つけることは罪悪なのですね。



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