生きる価値がない存在
今まで、生きてきましたがどう考えても私は生きる価値がない人間です。
何度かここで相談したのですが、それを踏まえて何回も何回も考えても、誕生した時から生きる価値がない恥さらしなのです。もう、そういう存在だと言うか…
なら、死ぬべきなのですが、私は自殺することもできません。勇気が出ないのです。
でも、生きることは許されないし…ジレンマです…
生きることが許されない私はどうすれば、楽になれますか?
失敗(他人、自分問わず)が許せない 普通の人間になりたい
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
ハスノハも、仏様に願われたこの世界も、皆あなたを想っているよ
価値がないと思えても、生きていいんだよ。自由なんだよ。あなたの命、あなたの生き方なのだから。誰に何を言われることはないのです。
誰かに言われたの? 自分でそう思うの?
人と同じことができなくても、思うようにいかなくても、たとえそれが失敗になったとしても、恥なの?
私は、そうは思わないよ。誰も完璧な人はいないのだから。出来る人は、やり遂げたらいいし、途中であっても取り組めたことは素晴らしいことだよ。だから、自分を責めて「価値」として評価対象にするのは悲しいわ。
あなたも、価値を考えると、辛くなったことでしょう。そうじゃない、誰もが認められる世界で生きましょう。ハスノハも、仏様に願われた世界も、みんな あなたを想っていますよ。
ハスノハへ、おかえり。また話しましょうね。
あなたが生きることは許されてます
拝読させて頂きました。
あなたが自分のことを生きる価値がないと思っておられること、自分は死ぬべきだと思っておられるのですね。今までのご質問も改めて読ませて頂きました。あなたがそのように思い続けておられのですね。詳細なあなたのことや周りの状況はわからないですが、あなたのそのお悩みとても伝わってきます。お気持ち心よりお察しします。
具体的にあなたがどのように生きておられるのか、どのような状況の中で生きていらっしゃるのかわかりませんが、確実なことはあなたが今までも今も生きていらっしゃるということです。生きる価値があるかないかという以前にあなたは今も生かされておられるということです。あなたは沢山の恵みやご縁の中で生きることができるのですし、生きられるのです。
私達は必ず死にます、生きることができなくなります、存在できなくなる時がきます。それは自然の摂理です、真理です。
であるならばあなたは生きる価値があるという証拠なのです。
それを踏まえると失敗も間違いもものごとうまくいかないことも本当に些細なことですし、様々な病気や障がいがあったとしても生きることができるのです。
いずれあなたも私も命終わる時がきます。尊重できなくなります。しかし今ではないでしょう。
いずれ与えられた天寿全うする時まで生きる価値もあり様々な恵みを受け続けているのです。
そしてあなたも私も日々移り変わりゆくのです、あなたが失敗したり間違ってしまったことも学びとなって次に移り変わりゆくのです。
あなたの辛い思いもここでお話しなさって下さいね、そして私達と分かち合いながら移り変わりゆきましょう。
あわてることはありません、あなたの与えられた命をしっかりと生き抜いて下さいね。そしていずれ与えられた命全うなさる時には必ず仏様神様やあなたの親しい方々が優しくお迎えなさって下さり、あなたに寄り添って下さいます。
あなたがこれからも沢山のご縁や恵みを受けながら健やかにご成長なさっていきますように、あなたが与えられた命を豊かに生き抜いていきますように心からお祈りさせて頂きます。至心合掌
そしてあなたを心より応援させて頂きます。
辛いですね
大変お辛い状況であるとお察しいたします。
自分で自分を信用できない、大切な場面でいくら気をつけていてもなぜか単純ミスをしてしまう、そのような感じなのかもしれません。
浄土宗では、誰でも南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)とお念仏を口で称(とな)えれば、極楽浄土に往生(転生)できると言われます。
阿弥陀仏という仏様は、私達を見捨てずに、臨終の瞬間に迎えに来てくださるのです。
そして、阿弥陀仏の力によって、臨終の瞬間には断末摩の苦痛が消えて、三昧(さんまい)という精神集中状態になれるので、安らかな臨終となり、この命が終わった次の瞬間には極楽浄土に往生しているのです。
そのようにイメージして、
なーむあーみだーぶなーむあーみだーぶ
なーむあーみだーぶなーむあーみだーぶ、
なむあみだぶなむあみだぶ
なむあみだぶなむあみだぶ
と、好きなテンポで念仏を口ずさんでください。
この念仏は、人生のハッピーエンドのチケットです。
辛いときに念仏を唱えて、往生極楽のチケットが確かにあるとこを喜ぶように意識しましょう。
そして、あなたは極楽浄土では菩薩様の一員となって悟り(成仏)を目指すわけですが、
なんと、この世で念仏をやった方が功徳(くどく)が積もって、極楽での成仏が早くなるのです。
ということは、仮に早死にすればすぐに極楽だし、生きながらえて沢山念仏できれば悟りが早くなる。
死んでも生きても、どちらでも良いのです。
これを浄土宗を開いた法然さんは「生死ともにわずらいなし」と言われました。
生きても死んでもどちらでも問題ない、だからどちらでも思いわずらう必要がないのです。
なむあみだぶなむあみだぶ
質問者からのお礼
回答ありがとうございました。
申し訳ありませんが、やはり、どうしても「障害者という私」に生きる価値を見出せません。



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