報恩講について回答受付中
お寺の行事の報恩講について気になることがありました。
各地域やお寺によって違いがあるとは思うのですが、高齢者にボランティアで草むしりや準備をさせるのは当たり前なのでしょうか?
私は離れて暮らしてるのですが、前から疑問でした。
両親共に年金暮らしなのですが、毎月お経をあげにきてくださるのはありがたいことなのかもしれませんがその度にお布施を渡し、行事の時は万単位のお布施を渡す。
どうしても理解ができません。
また、金額と名前も張り出すようですがそれは当たり前のことなのでしょうか?
昔からのことだから、と父はお布施を包みますが二人の生活の負担になるようならやめて欲しいのです。
毎朝お仏壇に手を合わせているのではダメなのですか?
お坊さんからの回答 2件
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生活を削ってまでお包みする必要は決してありません
離れて暮らすご両親の健康や日々の生活を案じられるお気持ち、痛いほど伝わってまいります。
浄土真宗にとって報恩講は一年で最も大切な法要ですが、無理な労力や生活を圧迫する金銭を強いる場ではありません。
寺の清掃や準備などの「奉仕(ボランティア)」は、本来は感謝の表れとして自発的に行われるものです。体調を崩してまで行う作業を寺側が義務づけることはなく、高齢の方には仏具を磨く「おみがき」など、負担の少ない作業をお願いすることが一般的です。
お布施も売買の対価ではなく、仏法への感謝を込めた「お気持ち」です。万単位で包むのが必須ということはなく、金額や名前の掲示も地域の慣習によるものが大きいため、決して全国共通の決まり事ではありません。お父様は現役時代の感覚や地域のお付き合いを重んじておられるのだと拝察しますが、生活を削ってまでお包みする必要は決してありません。
「毎朝お仏壇に手を合わせる」ことこそが、最も尊い行いです。まずは「体を壊さないか心配」「無理のない金額で十分だよ」と、ご両親の身体と生活を大切に思う気持ちから、優しくお話ししてみてはいかがでしょうか。
拝
縁起寺 釋聴法
檀家はお客様ではない
草野球チームに例えるなら、檀家さんは野球チームのメンバーです。
住職は草野球チームの雇われコーチ。
つまり、檀家さんはお客さんではないのです。
むしろ、住職が「招かれたコーチ」である場合もあります。
ですから、檀家さんがお寺の維持管理やイベント運営の主力スタッフであることは普通です。
草野球チームのメンバーが、練習場を借りる費用やバットやグローブのお金を出し合うのは普通でしょう。
ということで、「仏教寺院で仏教を学ぶ」という活動も、草野球を楽しむという活動も、クラブの会員が手間やコストを出し合って支える「趣味の団体」ということでは同じなのです。
もちろん、その趣味を続けるかどうかはご本人次第ですが、お客様ではなく部員なので、続けるのであれば部活動を維持する協力が必要です。
昨今は、どこもかしこもマニュアル化された美しい接客が当たり前で、「お客様」扱いされるのが普通になっています。
しかし、お寺や町内会においては、私達はお客様ではなく、運営する「中の人」なのです。
質問者からのお礼
回答をありがとうございます。



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◆卒業後の進路を決める事ができない
◆別れた交際相手の事を忘れる事ができない
◆家庭不和で毎日の生活が辛い
◆家族や大切な人を亡くして心の整理がつかない
◆何事も悪い方向に捉えてしまい、自己嫌悪に陥っている
◆ついつい他人に辛くあたってしまい、後悔を繰り返す
◆毎日充実した日々を送れるように、仏教の勉強がしたい
など、上記はこれまでの相談の例(ハスノハ以外を含む)です。