現状に対する激怒
自分は現在アメリカの田舎の方で大学生をしている者です。正直、自分は今の環境に強い怒りを感じています。なぜかというと自分は無理やり親に連れてこられたと感じているからです。これがまだ色々やれることのあるような場所であるならまだここまで怒りを感じなかったかもしれないですしまた別の事に腹を立て同じように感じていたかもしれません。一応、自分がこういうように感じていることは母親にも相談していますが聞きたくもない怒りを余計に煽る正論だけをもらうだけで気持ちの解決には全く近づきません。それもそのはずです、母親がアメリカに来ることを決めたから..。関係ないですけど、アメリカにいるってだけで恵まれていると勘違いされることがあります。正直、こんなところにいると肩身が狭く感じる上に場所自体は広いのに狭い部屋に窮屈に入れられている感じがして気持ちが悪いです。感覚としては独房に入れられているような感じです。あと、仲の良い友達は何人もいるつもりですが結局自分自身に帰った時に残るのは心の空虚感です。いくら相手に期待しようと結局自分と他人は違う生物でしかない。仲の良い友達、親、恋人だろうが惹かれるのは自分と似た要素を重ね合わせているからに過ぎないし、鏡を見て自惚れている事と本質的には変わらないのかと思います。正直これは自分が抱える心の闇のほんの一部に過ぎないのかと思いますしここまでめんどくさいどろどろした文を読んでくださったお坊さんには大変頭が上がらないです。長文の拙い文章失礼しました。この場所を心のよりどころとして使われている皆様の心の平和を心より願っています。ありがとうございます。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
なりたい自分になれるように、力を蓄えて。描く未来のために。
親の都合で、アメリカに暮らしておられるのですね。アメリカ全土は広大ですから、あなたがお暮らしの場所は、あなたには不自由さがあるのですね。住みづらければ、居心地も悪いですよね。あなたは、強い怒りまで感じておられるのですね。
親に訴えても、環境が変わるわけでもなく、行き詰まっておられるのですね。
今は、学生なのですね。まだ、未成年であったり、親から育ててもらっている身としては、自由にいかないことも多いでしょう。ですが外の世界に、ひとり放り出されることも厳しいものです。
「抱える心の闇」にどのように向き合っていくのか。あなたが感じる虚無感も、今閉じ込められたように感じる空間(生活)での生き方と、これからあなたが自立し独立していく時に、自ら自由に手にしていけるものもあるはずです。
学生であり、今そしてこれからの学びが、あなたが描く未来を変えていくのではないでしょうか。
生まれて今までは、親の保護下の中、与えられる(守られる)環境でもあった。ですが、それにも窮屈を感じる。それもまた、アイデンティティなのでしょう。
この怒りが、これからのあなたの人生に大きなパワーとなるやもしれません。
あなたの好きな環境で、求める仲間と、なりたい自分になれるように、その力を蓄えていきましょう。未来の描く自分の人生のために。
whats up!
失礼ながら、拝読して思わず唸ってしまいました。
よく分かります。
「アメリカにいるなんて恵まれている」
外から見れば、そう言われるのかもしれません。
でも、自分が望んでいない場所にいて、しかも自分の意思ではなく連れてこられたと感じているなら、そんな言葉では片づけられませんよね。
私も会社員時代、会社の都合でアメリカ人と机を並べて仕事をしていました。
業務提携や契約関係の仕事です。
ストレスMAXでした(笑)。
「なぜ自分なんだ?」
ずっとそう思っていました。
“What’s up?”
あの気軽な挨拶すら、当時は耳について仕方ありませんでした。
私は外国にほとんど興味がありませんでした。
何しろ、行者がたまたまサラリーマンをしていたような人間ですから(笑)。
英語も今ではまったく使っていません。
では、あの時間は無駄だったのか。
今から振り返ると、そうでもありません。
あれも一つの修行だったのだと思います。
世の中にはいろいろな人がいる。
いろいろな考え方がある。
自分には理解できない価値観もある。
そして、
「自分は何が好きで、何が嫌なのか」
それもよく分かりました。
あなたはいま、
「こんな場所にいたくない」
という気持ちでいっぱいなのでしょう。
それでいいのだと思います。
無理にアメリカを好きになる必要もありません。
「せっかく来たのだから楽しめ」
と言われても、楽しめないものは楽しめません。
ただ、
今の経験まで全部無駄だと決めつけるのは、少し早い。
今は腹が立つ。
窮屈だ。
独房みたいだ。
それでも後になって、
「あの時、あそこにいたから分かったこともあった」
と思う日が来るかもしれません。
私がそうでした。
嫌だった経験が、後から人生経験に変わることがあります。
だから今は、無理に意味を見つけなくてもいい。
無理に感謝もしなくていい。
ただ、
今いる場所で、自分が何を感じているのか。
それだけは大切にしてください。
そしていつか、
「あれも修行だったな」
と笑える日が来たら、それで十分ではないでしょうか。
その怒りは、あなたの人生を生きたいという声です
釈慈真さん、海外からもハスノハを見つけてくれたのですね。苦しい胸の内をしっかり言語化し、ハスノハに届けてくれた勇気に感動しています。
この文面から私は、慈真さんが現実に対する激怒の中でも、自分や周囲に対する鋭い観察眼を持っていることに気づきました。その鋭さゆえに、素晴らしい部分と辛い部分を併せ持っているのではと、複雑な心中を想像しています。
経典の「独生独死独去独来」という言葉が示すように、本来、人は独りです。「自分と他人は違う生物でしかない」という洞察の通りです。そこでふりかえって欲しいのです。独り独りの人が、どうやってこれまで生き延びることが出来たのでしょうか?ここで、慈真さんは大きな発見をするでしょう。「本来独りだからこそ、人は、人間として生きることを選んだ。人の間に生きる=群れになって生きる」という、あらゆる生物本来のあり方に立ち戻ろうとしてきたのです。
子どもの成長をふりかえると、幼い頃に、親や養育者の元でしっかり群れることが出来た子どもは、しっかりひとり立ちが出来ます。でも、実際には様々な家庭があります。「正直これは自分が抱える心の闇のほんの一部に過ぎない」とあるように、短い相談文面では、あなたのこれまでの人生を全て知ることは出来ません。
でも、大丈夫です。あなたに大切なご紹介をします。阿弥陀如来という仏さまを。この仏さまのことを、お寺に集まる子どもたちには、「阿弥陀如来という仏さまは、いつでもどこでもあなたのことを照らし、護り、導いてくださる仏さまです」とお話しします。「独房に入れられているような感じ」のあなたにこそ、世間を超えた「浄土=広大無辺な世界」をご案内したいのです。直ちに、パソコンで「阿弥陀如来」の画像を検索してください。毎日合掌礼拝してください。そして、阿弥陀如来に関連付けられている尊い仏縁を人生の支えにしながら、あなたは生きることが出来ます。今、あなたは、これまでの苦しみと、自身をなんとかしたいという願望によって、新たな入り口に立つことが出来たのです。
インターネットで海外からもハスノハに相談できたように、時空を超えて阿弥陀如来の導きに出会えている、慈真さんと私。人生とは不思議なものですね。あなたはもう独りではありません。hasunohaの僧侶一同も、あなたの応援団です。(ZOOMを用いたオンライン相談も出来ます)合掌
質問者からのお礼
釈慈真です。独生独死独去独来、凄く参考になります。人は一人だからこそ集団で自分を他人に見ることでひとり立ちできるのだと思います。ただ頭でわかっていても僕自身結構人間不信なところがあるので受け入れるのに時間が必要と感じます。貴重なアドバイスありがとうございます。



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
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◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )