心の折り合いがつけられない回答受付中
いま、総合職の社会人をしながら、小劇場で劇団の客演を行っています。 ほぼレギュラーで自分を使ってくれている劇団があり、私も以前に出演させてもらった演目を、再演することになりました。 稽古開始前に主宰から「基本初演時の役(メインキャラ)をお願いするが、あなたは働いているので稽古の参加率で決めますね。教えてください」と連絡が来ました。1週間昼から夜までの稽古があり、そこに来れるか知りたいようでした。
すぐに、「初演時の役をやりたいし、やりくりして全参加するつもりだが、平日5日間有給にすることはさすがに難しいため、確約はできない。また調整して連絡します」と返事をしました。
後日、有給や業務予定の調整に成功したため「調整の結果、5日間全て終日参加できます」と、稽古前にあらためて連絡しました。
そして稽古初回にいってみると「○○の役(初演時の役)は、○○ちゃんも合うと思うんだよね〜迷ってて」と、主宰が突然言い、普通の配役決めと同じように他の候補者と何度かその役のセリフを読まされました。 「どっちでもいいなあ」などと言いながら何日か迷われた挙句、なんの説明もなく、他の候補者にその役があてられました。
私は、初演時にはいなかった追加の端役になりました。 もちろん全体のバランスはあると思うし、他により良い配役があれば作品のために変更すべきです。 ただ、「他の子にたまたまその役を読ませてみたら、私よりもイメージに合う子が見つかった」ということではなく、「稽古開始前から、そもそも他にも候補者がいた」ということになるので「他の子と迷ってるけど一応参加率教えてください」とか主宰は私に言えたわけだし、 1回目の回答が気に入らなかったのなら「他の子にするので有給とらなくていいです」 とでも言ってくれたらいいのに。
私が仕事を調整した意味はなんだったのかと、ものすごく理不尽に感じます。 演劇は本当にこういう嫌な事ばかりで、この一件でキャパを超えてしまったのか、全くモチベーションを失ってしまいました。今日の稽古を欠席するか真剣に考えています。一回目の回答のとき嘘でもすべて参加すると答えていたら、初演時の役だったのか。ずっと考えて後悔してしまいます。
本当はどんな経緯で、どんな役だったとしても作品のために頑張るべきなのに、これまでのようにそういう自分でありたいのに、心が持ち治せません。
お坊さんからの回答 1件
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やはり理想の自分像は大切にして欲しと思います。
どんな経緯でもどんな役でも作品の為にお客さんの為に仲間の為に頑張る。
それは回りまわって自分の為にもなると思います。
主宰の対応は間違っているけど、端役でも引き受けたからには覚悟を決めてしっかりやった方がいいでしょう。
その姿はあなたへの信頼になり、次回以降の配役にも影響するでしょう。
それにいろんな役をやった方が演技の幅も広がるでしょうからね。
嘘をつけば必ず後でトラブルになりますから正直でよかったと思いますよ。
もし必要以上に有給の申請を出していたら昼の練習に参加しなくていい日の分は申請を取り下げましょうね。
主宰には「他にやらせたい人がいる時は遠慮なんかせずにはっきり言ってください。会社の有給の申請とか結構大変なんですから。あと、セリフ読ませた時に「どっちでもいいなあ」なんて二人に対して失礼ですよ。そんな時は嘘でもいいから「どっちもいい」って言ってください!私だけじゃないですよ。他の演者に対してもですよ!とにかく曖昧な対応はしないで明確に指示してください。そうしないと下の人は方向を見失って作品がばらばらになりますよ!!!」って言ってやりましょう。


