hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

信仰と不安

回答数回答 2
有り難し有り難し 9

 妻は今まで信仰してきた人の教えもあり、何か自分の体調が悪かったり、子どもの様子が少しおかしいと、自分が間違ったことを神仏にしているのでないか、先祖の因縁ではないかと不安がります。
 また、電波にのって自宅に先祖の重い因縁や魂が入ってくると困るのでと、私や妻の両親からの電話を一切取らず、また電話もかけず、また物が届いても悪いものが憑いてくると困ると家の中にもいれず人にあげるか捨ててしまいます。また、私が妻を触ろうとすると、仕事をして外から持って帰る悪いものが憑いてしんどくなると言って拒否されます。家の中にもいたるところに塩を置いて何とか悪いものを祓い清めようとしています。妻の様子を見ているとある意味強迫的であり不安に包まれている状況であるのですが、私が言っても妻は「霊感もなく信仰していない人には分からない。」と返されてしまいます。信仰とは己の不安を少しでも解消するためにするものでないかと個人的に思っているのですが、妻を見ていると信仰しているのに不安に陥っている状況です。
 不安を解消するための信仰のあり方について教えていただけると幸いです。

2013年3月18日 15:06

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

祟る先祖などいません!

MKさま

奥さまの信仰について、深く悩んでおられ、数件ご質問を頂いていますね。

http://hasunoha.jp/questions/67
こちらで川口師が答えられていますが、今回のMKさんの書き込みをみる限り、奥さまの今の状況は「信仰が深い方」ではなく「カルトの被害者」だと私は思います。
一刻も早く、カルト対策や心療内科にかかるべきです。(以下川口師からの引用)

日本脱カルト協会
http://www.jscpr.org/advise.htm

「カルトからの脱会と回復のための手引き」
http://www.jscpr.org/book.htm

紀藤正樹弁護士のサイト
http://homepage1.nifty.com/kito/

「マインド・コントロール」紀藤正樹弁護士著・アスコム
http://t.co/ccP9zAjq

http://hasunoha.jp/questions/68
こちらでは密富師が「何れからの宗教者から其の様に言われた事なのでしょうか」と書かれていますが、奥さまが信仰しているのは残念ながら宗教者ではないように私は感じます。距離をとるべきです。

http://hasunoha.jp/questions/83
こちらでは赤澤師がお答えになっていますが、先祖が祟って不幸になるなど、荒唐無稽、何の根拠もない事です。気になさってはいけません。

破壊的カルトは大きく7種に分類されます。
1:悪霊憑依型(供養型)
2:悪霊憑依型(祈祷型)
3:極限修業型
4:反現代医学型
5:闘争的教説型
6:終末論型
7:再生観念型

奥さまが信仰しているのは1と2が合わさったもののように感じます。

もう一度申します。祟る先祖などおりません。
奥さまに必要なのは、カルト対策専門家と心療内科での適切な治療です。
恐れず、勇気をもって進めて下さい。
MKさんの家族が壊れてしまう前に。

2013年3月19日 1:16
{{count}}
有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

盲目的・妄信的・狂信的な信仰は危険と再認識

MK 様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

MK様のこれまでの一連のご質問、御礼のメッセージの内容もお読みさせて頂きまして、盲目的・妄信的・狂信的な信仰は、やはり危険であると改めて再認識させて頂いております。

このことは仏教、宗教・信仰について少なからず携わらせて頂いている者と致しましても十分に気をつけなければならないと実感致しております。何事も批判的・合理的に検証していくことが必要であると存じております。

MK様の奥様のマインドコントロールを解かすことがなかなか容易ではないであろうことは、色々な事例からも想像できる次第ではあります。

浦上哲也様に再掲して頂いております中で紹介させて頂きました「カルトからの脱会と回復のための手引き」日本脱カルト協会編集・遠見書房と「マインド・コントロール」紀藤正樹弁護士著・アスコムをあれから実は拙生もすぐに購入して読み進めているところではあります。

もちろん、MK様の奥様のことについての解決へと繋がる手立てとなるかもしれない例もいくつかあるようには思われますので、MK様も是非ご参考頂きたいとも存じますが、とにかくそれぞれのケース・バイ・ケースもあり、具体的な方法については、やはり専門家、被害があれば弁護士に依頼なさられるのが良いのではないかとは存じます。もちろん、お忙しいお方ですが弁護士の中でもこの件に関して特に専門として取り組まれて、様々なノウハウも持っておられる紀藤正樹先生にご相談なさられるのが良いのではないかとは存じております。もしくは、お近くで頼りとなる弁護士をご紹介頂くようにお願いするのも良いかとも存じます。

まだまだ解決へ向けては時間が掛かるかとは存じますが、焦らずに、様々な協力も得ながら、善処へと向かうことを願っております。

とにかくMK様が、「これは何かおかしい」、「これは何か変だ」と気づかれて、その思いをこの「Hasunoha」ででも打ち明けることができたのは誠に不幸中の幸いであったのではないだろうかと存じております。

MK様のご家族が壊れずに、心穏やかに生活を送れる日が参りますことを心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

2013年3月21日 0:18
{{count}}
有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。
 妻が信仰していた神道の先生から「供養できていない先祖がいて訴えている、先祖が罪深いから因縁で不幸になる。このままだと先祖の罪や怒りから子どもが命を落とすか犯罪を犯す。それを回避するためには早く悟る必要がある」とずっと言われてきて、また妻の言動も信仰していた神道の先生の教えのことばかりになり、正直、自分を追い詰めていました。
 妻は今医学上はどこも問題ないのに寝込んでいる状態であり、こうなったのは自分の信仰が足りず指導者の言うことにそむいてきた罰からだと言っています。また、自分は正常であり、精神科等には行きたくないと言っています。
 私も妻の信仰に対して、否定もできず、かと言って肯定もできず、妻の言動にどう向き合うべきか悩んでいる状態でした。
 家族が壊れないように、妻が恐れや不安にみちた信仰の呪縛から解かれ心穏やかな生活を送れるように私も考え相談していきたいと思います。

 妻は現在身体上は検査しても何の問題もないのですが、寝込んでいる状態が数ヶ月続いており、何とか元気になろうと一人神社に参拝しています。
 育児や家事は私がほとんどしている状態で、子どもも私がしごとをしているときは保育園に預けています。妻としても子どもを自分で育てたい意思はあるのですが体調が治らない状態で、自分の信仰が足りないせいであり、指導者の指示にしたがわなかったせいだと言っています。ある病院で検査したときにストレスや心の問題ではと指摘されたのですが、妻は自分は正常であり、信仰もしており何も心に問題はないと言っています。
 実家や知人も心配して声をかけてくれるのですが、妻は私以外の援助を拒否をしている状態です。妻は今は距離を置かれている指導者を今も尊敬しており、いつも神棚でその指導者の名前で感謝の言葉を述べています。
 妻からするとその指導者は子どもの命を救った恩人であると思っています。その指導者から「子どもは悪い因縁から命が弱っていて20歳まで生きられない」といわれ、それを回避するために、とある神社で子どもに新たな命を吹き込んでもらう儀式を指導者にしてもらい、それで生きられるようになったと思っています。
 そのため、妻の指導者への思いは強く、なかなか周囲の違う意見が入らない状態です。
 どう妻を専門家や医療とつなげるのか、第3者の協力も得ていけないか考えています。

「宗教について」問答一覧

信心するしないは、幸せに関係しますか?

いつも、ありがとうございます。 時々、疑問に思う事を質問させて下さい。 私の母は、昔から凄い信心する人で、私が思うに母が若い時に死ぬような病を祈願してもらって助かったことから、信心するようになったのかもしれません。 私が小さい時、お地蔵さんにお参りなど一緒に連れて行ってました。お寺や神社、お地蔵さん、ほんとによく通ってました。 私達が無事に過ごせますように。とのお願いをしていました。よく聞きますが、自分が年をとって人の手を取らなくていいように…のお願いもしていました。 そして、現在は私に依存しきってます。どんな時も私にです。人の手を取らなくていい!なんて有り得ません。とにかく私は、母の依存に疲れてます。年取ったから仕方ないとは思ってますが、仕事も忙しく、家事もして実家のことまで…それに適応障害の弟の事まで。 信心して、あれ程祈ってたのに。なので私が思うに人の手を取るとかは、自分の心の持ち方で変わると思います。そんな母の幼稚さ?になんだか悲しくなったり… 母は今では全く信心の気持ちは無くなってます。なんで、あんなにお参りしたんだろう?何もならんかった。と言ってます。 それに比べて私の友達の家は全くの無信心です。お父さんが亡くなって初盆でも和尚さんも呼ばずにお経もあげてません。 けれど、お母さんは、いつも前向きで 一人暮らしですが楽しく生活していて、娘(私の友達)に依存する事なく自立しています。 生きていくうえで信心していれば幸せになる、無信心だとご先祖様からも応援してもらえない。 なんて事は、関係ないのでしょうか? それは私の小さい頃からの思い込みでしょうか? 母からの依存は年だから仕方ない、後何年生きるかも分からないから、色々不満を持たずに接して行こう!とは思う時もありますが、ほんとにほんとに疲れます。 体が不自由になった訳でもなく、歩く速度は遅くなりましたが何でもできるのに、ヘルパーさんの仕事に買い物を頼んでるのに、週1は必ず私が買い物に連れて行かなくてはいけない事、それを母は当たり前と思ってる事も…ほんとに疲れてます。 母が亡くなるまで、こんな事が続くのかと思うと何とも言えない気持ちになります。 そんな気持ちを母に言っても何とも思っていません。 こんな私に何かお言葉をお願いします。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

新興宗教の人に業が深いと言われたのですが

おはようございます。 業が深いと言う言葉を昔から聞くのですが、結婚前にしつこく新興宗教に勧誘してくる女性がいました。 私は生まれつき持病がありますが、薬を飲んでコントロール出来て普通に生活をしています。 ある日突然新興宗教の女性に(近所に住む方)会ってしまい、また勧誘されました。 私は仏教徒ですとお断りしていたら「あなたのお母さんは業が深い」と言われました。突然言われ意味を聞くと「あなたのお母さんは前世から悪い行いをしてきたからあなたに持病などがでるんだ。だからうちの宗教に入信すれば大丈夫」など普通他人に言わないであろうことを平気で言われました。 最初は腹も立ちましたが今は母親のことをそんなふうに平気で言われたことが悲しいです。そういう宗教の人なので気にしない様にと思っていますがやはり自分自身が病気をしているのに何故母親のことを言うのか… そして、この方には散々勧誘されつづけ、引っ越してからやっと勧誘が無くなりました。今は自宅や、お寺などでご先祖さまに手を合わせたりお寺でも感謝の気持ちと共に自分の家族をよろしくお願いしますなどお参りさせてもらっています。 そして肝心な仏教では「業が深い」から家族が病気になるや、苦労するといったことはありえますか?よく前世の行いなどで来世で苦労するとは昔から聞くのですが、そうなると病気をしている方は前世で悪い行いをしていることになりますよね…? 肝心な私の母は昔からも何も問題なく暮らしています。私の持病にも普通に前向きですが… そして勧誘してきていた女性の新興宗教はまず神社に行っては行けない、他の仏教や宗教は全て邪教であるのでダメ等など… 業が深いの本当の意味やお坊さん達の解釈はどうなのでしょうか?

有り難し有り難し 60
回答数回答 4

私の信仰について

今の現状について私なりに答えを出してみました。家族の新興宗教のせいだと思ってきましたが、私が仏教に興味を持ったのもその新興宗教に対する対策がきっかけでした。 全ては仏縁なのかな。そう思えるようになりました。すべてを否定する。それでは新興宗教と一緒ではないかと。仏教を勉強してきて思えるようになりました。 以前、hasunoha様で浄土真宗から日蓮宗への改宗を考えているということで相談して、その縁で近くの日蓮宗のお寺に行き法話などを聞かせていただいております。 改宗や墓じまいなどの未来のことで暗くなって急がなきゃと焦ってしまっていた自分を見つめ直せました。hasunohaのお坊さま方、ありがとうございます。 前置きが長くなり申し訳ありません。ようやくここで質問に入らせていただきます。私は南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経を同時に信仰しているというような状況になっているのですが、この状況は問題ないのでしょうか? 日蓮聖人は南無阿弥陀仏を唱えると地獄に落ちると仰られており、親鸞聖人は念仏をして地獄に落ちても後悔はないと仰られたと歎異抄にありますが、 日蓮聖人や親鸞聖人は今の私の信仰の有り様にどう思われているのかなと思い、不安というか、こんな不安定な信仰をしている人間でいいのかなと思ってしまいます。以上まとまりのない文章ですが、お坊さま型のご意見お伺いさせていただきたいです。

有り難し有り難し 12
回答数回答 2

〇〇宗のお墓の前で、無宗教の人がお経を唱える意味は何ですか?

今や自分はともかく親が何を信仰しているかも分からない場合が多いと思います。そして特定の菩提寺を持たない場合において、祖父母の墓参りなどで直面する、お墓の前で唱える言葉の意味についてどう考えたらよいのか悩んでいます。 基本的には自分が信仰する宗派において、自分自身のために唱えるのは理解できるのですが、故人のために唱える場合は、どういう意味があるのでしょうか。 そもそも故人は自身の信仰によって成仏されていると思うのですが、それに対し後世に他人(親族です)が言葉を唱えることの仏教的な意味を知りたいです。 また、〇〇宗を信仰された祖父のお墓の前で、▲▲宗を信仰している(もしくは何も信仰していない)孫が唱える言葉は何が良いのでしょうか? 一般的には〇〇宗のお墓の前では、〇〇宗の言葉(例えば南無阿弥陀仏など)と教えられたのですが、よくよく考えていくと自分の信仰していない宗派の言葉を「形式的」にだけ唱えるという事になってしまい意味があるのかな、と思い始めました。 浄土宗などは念仏を唱えることに意義があるという点では、形式上であったとしてもある程度は理解できるのですが、浄土真宗やその他禅宗などにおいては意味があるようには思えないのです。 今まで深く考えず、親に教えられた通りに唱えていたのですが、勉強すればするほど分からなくなってきてしまいました。 迷える子羊をお救いください。

有り難し有り難し 14
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る