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価値観の違う人を理解しようとすることは無駄なのでしょうか?

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有り難し有り難し 38

 こんにちは。ニナと申します。

 私は海外留学をしていました。帰国後に日本人の友人たちや家族・知人と居ると、感覚や感性の違いから生きにくさと疲れを感じています。
 例えば、「(人種や文化圏が違う人に対し)○○人だから~で、こういうところが理解できない」というふうな自民族中心的だったり、他民族に否定的な発言をした人に、「全員そういうわけではないし、そういう文化なのだから差別しないほうがいいのでは?」などと正面きって意見すると、発言した人から避けられるようになってしまいました。
 こういったように、感覚や感性の違いから人に避けられたり、互いに理解しあえず苛立ちを感じてしまうことが多くなり、少し日々に疲れを覚えるようになってしまいました。

 今は日本を離れることができない状態にあるのですが、離れることができるようになったら海外で生活しようかと考えたりもします。
 しかし、日本であろうと海外であろうと、どこへいっても感覚の違う人がいるのは当たり前のことです。
 居心地の良い環境を自分で作ることは大切だと思うのですが、居心地の良い環境だけにとどまって、自分と感性の違う人の傍に近づかずに過ごすこともまた、自分の殻に閉じこもり、他人への理解を諦めてしまっているようでどうしても嫌なのです。
 友人に相談したところ、世の中には言ってもわからない、本当に相いれることのない人間もいる。言い方は悪いが諦めることも必要だと諭されました。

 わがままな考え方だとは思うのですが、生きにくいと感じる環境でも、人や物事を理解して生きていくこと、そうであろうと努力することは無駄なのでしょうか。あまりにも感覚が違う日々の疲れからか、自分の考えにも自信が持てなくなってしまったのかもしれません。
 何か、見方が変わる、スッキリするようなアイデアをいただけないでしょうか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

天上天下唯我独尊

ニナ様はじめまして、こんばんは。ご相談拝見しました。
私は価値観の違う人を理解しようとすることが無駄だとは思いません。自分の価値観が破られることで新たな世界が見え、人間的にも豊かになると思います。

さて、違ったら大変申し訳ないのですがニナ様は価値観の違う人たちをいつのまにか下に見ていることはありませんか?グローバルな感覚を身につけた自分が上で、それをわからない人たちを下に見下してはいないでしょうか。
そうでないならよいのですが、もしそうだとしたらまずそこがポイントかと思われます。どんな人間も本質的には平等であり、仏教的に言うなら皆等しく無明の凡夫です。
知識を得ることは世界を広げますが、一方でもう過去の知らなかった自分には戻れないという方向があります。
知らなかった頃は知ったらどうなるだろうと思いを馳せることができますが、知ってしまうともう知らなかった感覚には戻れません。そうすると人間は知らない人を下に見てしまう、つまり逆に世界を狭める方向性をも持ち合わせているのではないかと思います。人間の知識の限界です。それに比べて仏様の智慧は無限です。仏教や宗教に触れてみることも何か見方が変わるよいきっかけになるかもしれません。

ニナ様がおっしゃる通り、「日本であろうと海外であろうと、どこへいっても感覚の違う人がいるのは当たり前のことです。 」
むしろもっというなら感覚が同じ人などただ一人としていません。天上天下唯我独尊です。ニナ様という人も、周りの友人・家族・知人も皆それぞれ誰にも代わることのできないかけがえのない存在であるから尊いのです。
ニナ様がその価値観の違う方と同じ境遇なら同じ様に考えないか、同じ様には考えなくともニナ様の考えに抵抗を示すことは考えられないか、思いを馳せてみてください。
先ほど申したように同じ人などいないのですから相手のことなどわかりません。しかしわからないからこそ、わからないことを認めた上で「わかりたい」という立場に立って寄り添うことが必要なのだと思います。
もちろんニナ様だけに寄り添えと言っているのではありません。双方向からのアプローチが必要です。そのためには寄り添いたいと思える環境づくり、つまりは和顔愛語(穏やかな顔つきとやさしい言葉遣い)と柔和な心持ちがまた肝要かと思われます。

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おきもち

はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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伝え続けることが鍵になるのではないでしょうか

ニナさん

こんにちは
だてりゅうほうと申します。

バランスって難しいですよね。

自国を愛している気持ちと
自国以外を見下してしまうこととのバランス

居心地の良い環境を作りたい気持ちと
排他的になっていくこととのバランス

本当にバランスって大切です。

私の好きな
『自分の好きなところと、自分の嫌いなところの、真ん中が自分』
という考え方があるのですが

これも自分の中でのバランスの取り方だと考えています。

・・・・・・・・・・・

このバランスを受け止めた上で
さらにニナさん自身が『伝えたい想い』があるのであれば
細々とでも『伝え続けることの大切さ』がそこにはある。
と私は思います。

私は自分自身の想いを伝え
理解していただける全世界の日本人に
幸せを感じてもらいたい。
と強く思い
様々なツールを用いて
伝え続けています。

当然のように
罵声もあれば
「そんな熱くなっちゃって〜」
と冷やかされることも度々です。

しかしながら

私は本当に幸せを感じられる日本人が増えて欲しい!と
心から願っているので、周りから何か言われても気になりませんし

逆風が過ぎ去るまで
大人しく待ち
また細々と再開します。

・・・・・・・・・

ニナさんが自分自身の想いに
本当に確信を感じるのであれば
伝え続けていって欲しいと思います。

まだまだ20代と書かれていますので
たくさんの経験がこれからの人生の栄養になる時期です

ぜひニナさんの活動が
世の中を変えるきっかけになればと思います^^
心から応援してますね!!

私の幸せな日本人を増やす活動として
YouTubeで「人生で幸せを感じる方法」 をお伝えしてます^^
『だてりゅうほう』で検索してもらったら出ますので
暇な時、覗いてみてください^^
http://bit.ly/1JXVj41
( ↑ ここからでもYouTubeに飛べます)

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初めまして【だてりゅうほう】と申します YouTubeやブログサイト...
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質問者からのお礼

確かに、灯台下暗し状態と言えばいいのか、私は独善的になってたのかもしれません……。もちろん見下していたつもりは毛頭ありませんが、根本的な部分で忘れていました。自分は知らないことが嫌で留学したというのに。何のために、何が知りたくて留学を決意し実行したのか。改めて見つめ直したいと思います!自身としては、身になったことが多いと思っていましたが、それ故に見えにくくなってしまったものもあるのだということに気付くことができませんでした……。
「和顔愛語」互いに寄り添いあえるよう、常に意識したいと思います。
吉武文法さん、ありがとうございます!

 人間にはそれぞれ自分中のバランスがあり、色々な経験を通じてそのバランスは変わっていくのだと思います。私はきっとそのバランスの変化が突然やってきて180度ぐるっと変わってしまったので、自分も周囲の人もなかなか受け止めきれずにいたのでしょう。
 伝えたいことはもちろんあります!そして知りたいこと、わからないこともまだまだたくさんあります。ただ、一方的な押し付けや、自分の意見に凝り固まらないよう、それこそ自分の中のバランスとうまく付き合いながら、これからの経験を人生の栄養にしていこうと思います
 だてりゅうほう さん、ありがとうございます! youtubeも拝見させていただきます!

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