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ご住職のお母様と奥さんの呼び名

回答数回答 2
有り難し有り難し 43

曹洞宗の檀家です。
ご住職とご住職のお母様、奥様、お三方に対して敬意を込めた呼び名がありましたらお知恵を拝借させてくださいませ。
お世話になったのでお手紙を書きたいと思っております。
宜しくお願い致します。

2014年11月15日 0:33

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

確かに迷いますね。宛名を誰にするかで、若干違ってくるかも。

 マンマミーアさん、こんにちは。私も曹洞宗の僧侶の、吉田と申します。

  これは模範解答を出しにくい質問ですね。何故かと言うと、和尚さんの場合、役職名で呼び分け出来ますが、寺に住む女性に対する呼び名は有るようで、無いようで、結構微妙です。手紙の差出人と受取人との関係や年齢差等によっても異なってくる可能性があります。飽く迄も、個人的な意見として、申し述べさせて頂きます。

和尚さんの場合
 住職
 ー方丈様、方丈さん、御住職、住職様、老師(修行道場の指導者の場合)

 前住職
  ―東堂(住職を引退した方に対する曹洞宗内の呼び名)、東堂様

副住職や徒弟(住職の弟子)に対する呼び名は、特に決まったものはありません。
「○○さん」と名前で呼ばれることも多いと思います。

住職夫人等、寺に住む女性の呼び名
   曹洞宗の場合、基本的には「寺族」と言います。丁寧語を付けて、「寺族様」「御寺族様」と言っているケースもあります。宗派を越えて、「寺庭(じてい)」「寺庭さん」という言い方もありますが、現在の曹洞宗ではあまり使ってはいないと思います。

お寺の住居部分を「庫裡」と言う事から、「お庫裡さん」と言っている場合もあります。しかし、そういう言い方を好まない人も居りますので、使用状況を確認された上で使用された方が宜しいと思います。

台所を預かる守り神として大黒天を祀るお寺は結構あるようです。寺の台所を預かるという意味で、「大黒」「大黒さん」と言うこともあります。但し、この言い方は隠語として使われていたこともあったようで、好まない方も居るようです。

さてマンマミーアさんの場合は、
    手紙の宛名が、住職の場合
         ―「方丈様、御母堂様、奥様」が宜しいかと思います。
    手紙の宛名が、三人連名の場合
         ―「方丈様、大奥様、奥様」が宜しいかと思います。

 この場合、寺族が二人居られます。「寺族様」と二人まとめて呼ぶ方法もありますが、ちょっと丁寧さを欠いてしまうように感じます。それよりも「御母堂様、奥様」か「大奥様、奥様」と呼ぶ方が無難なように思います。

2014年11月17日 20:15
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有り難し
おきもち

 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...

色々ありますが・・・。

 奥さん・・・お庫裏さん、寺庭夫人と呼んだりは致しますが、一般的な名称でもいいと思います。連れ合いとした方が適切と言えばそうです。「奥さん、妻」は女性を差別した言い方なので好まれません。
住職さん・・・そのまま使用しても良いです。方丈さん、和尚さん(略しておっさん)、ゴエンさんとたまに呼ばれる方がみえますが、浄土真宗の住職さんが主に呼ばれておりまして、御院家さんが略されたものという説があります。
母親・・・ワシが良く手紙を頂くときには「母上様」と書かれることが多いです。
因みに尼僧さんの事を庵主さんと言う人が居ますが、人によっては不快感を示す方も見えますので、和尚さんと言った方が適切です。

2014年11月17日 0:29
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有り難し
おきもち

ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

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坊さんなのにこれからの将来が見えない

実家が寺で、仏教系の大学に通っている僧侶見習いです。 僧侶が社会システムにおいて必要とされる意義が「人に仮初の夢を見せて心のケアをする」以外しか見いだせなくてこれからの将来に絶望しています。 僧侶は、昔みたいに医者の代わりや教員の代わりをする訳でもなく、月回向や葬儀関連で人々の心を慰めるくらいしかしていません。 僧侶が利益(りえき)を得ることを人々は否定します。実際、聖職であるが故に本来は金銭を対価に何かをするというのはあまりに俗に塗れているような気がします。布施はそれ自体が神聖なものであることは分かっています。 しかし結局のところ、(観光という商売をしている寺は除いて)寺やそこにある僧侶という存在は「嘘をついて金を檀家さんや信者さんから貰う」ものに過ぎないのではないか?と思ってしまっているのです。 道徳を説くならそれはカウンセラーでも哲学者でも構わないわけです。 では僧侶が持つ他とは違うアイデンティティとは何かと言ってしまえば「仏教という仏になる為の指針」なのですが、結局のところ今の今まで人の身で完全に釈尊(応身)と同じステージに立った者もいない訳で。 本当に仏となることが出来るかも分からない教え、しかも数多の偽典があるであろう経典の内容を引いてきて、悩める人々に滔々とそれを説く。自分の中ではこれから自分がなる僧侶という職は、そんなもののように思えてしまいます。 私よりも遥かに経験を積み、たくさんの経典を読んだここにいらっしゃるお坊さんの方々に、私の悩みをただ、聞いて欲しいです。そして願わくは、自分の中の仏教に対する、僧侶に対する悪感情を解く何かを教えて欲しいです。 散文的になってしまい、申し訳ありません。宜しくお願いします。

有り難し有り難し 51
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