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これからの生き方

回答数回答 3
有り難し有り難し 11

現在勤めている職場では 道端で倒れ脳障害を患い健在の頃の一切を忘れ、名前さえも行政がつけた仮の名前。家族から見放され亡くなった後もお迎えもない方、まだ50、60代と若い年齢にもかかわらず回復が見込めず寝たきりでただ死を待つ方など そういった境遇の方々を日々お世話させて頂いています。
私は無宗教で霊感やスピリチュアル的な事には無頓着ですが 10年程前から夢枕?で不思議な事が度々あり(例えば仏壇の前に4人のお婆さんがいて物凄く怒られて゛妙゛の文字を見せてくる。横綱がつける化粧回しをした寿老人みたいな方が私の手に石を積むなど)最近では 「洞穴光明」といった言葉が眼前をチラチラ。後で調べると何かと仏教へと繋がっていきます。

今まで挫折の連続の人生でしたので自分自身に叱咤激励されてる感覚で捉えていました。しかしながら、今後 中長期的な目標や計画がなく 職業柄 将来の自分の姿が目に浮かび早めに゛他界゛したいと考えいて自制する日々です。

家庭を持てば 心境の変化があるかもしれませんが、悲観した未来を持ったまま 恋愛、婚活などをしようともおもいません。
ただ、まだやり残してる事があるような感覚、それがあるのは事実。
生き続ける上で普段からの心構え、意識の持ちようなどアドバイス頂けたら幸いです。よろしくお願いいたします。

2014年11月18日 10:23

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

三つの 火 を 転じてください

以前私自信がマイナス思考、ネガティブ思考でそこから立ち直ったことからプラス思考、ポジティブ思考、前向き、陽転思考講座をひらいていました。
そこで常々申し上げていたのは、心の悪玉菌を減らすことで、人生は楽しいことしかなくなる、というものでした。
簡単に申し上げれば、心にとって悪い事を考えなくなりさえすれば、無理してプラス思考などしなくても、満たされた生活になるということです。
マイナス人間の反応は以下の三つが主です。
三つの火 と 名づけました。 
悲観的反応
批判的反応
否定的反応
だから 嫌なことがあった時など
・悲観しないほうがいい  そのままの状況で善し悪しつけずに そのままでいい
・批判しないほうがいい  ケチをつけず、イイトコ探しをして相手を認めよう
・否定しないほうがいい  確かに なるほど そうだね 受け止め 肯定しよう

丼ぶりな感じでイイです。丼ぶりな感じがイイです。これを覚えてください。
・悲観するな
・批判するな
・否定するな ではダメです。 語尾が打ち消しだからです。(笑)
「ダメよ~♡ダメダメ」のように、ポジティブにダメ出しするのはOKですが。」
マイナス思考の方は、24時間の中で❝NOT❞❝ダメ❞❝~ない❞❝しかし(反論)❞的な脳内エネルギーを大量生産しています。
物事のありのままの状況に対して、あらがうようなことばかりしている傾向があり、自分にも厳しいのです。
まさか自分が物事に対して否定的、悲観的であるとは思っていないかもしれませんが、今現在心が暗いということ自体、自分自身に対して❝打消し❞を行為している部分があるのです。
・ダメでイイじゃん。(笑)
・50点取れりゃ上等
・結果オーライ
・そういうもんだ
・わたくし(干渉)しない
・自分を責めない
こういう姿勢が心の善玉菌を増やしてくれます。
まずは、心の悪玉菌の生産をストップするだけでいいのです。
これは最終的には坐禅に導入して、プラスマイナスも無いすがすがしい心になっていけるのですが、まずは否定的、打消しのエネルギーになる情報を脳内で働かせない様に注意して生活しましょう。
かならず、変化があります。
現に、私が地獄のどん底から這い上がってこんなにピンピンしてるのですから。('ω')

2014年11月26日 23:49
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

未来はteichiさんの手の中

teichiさま

こんにちは。真宗大谷派の釋理薫と申します。
たいへん尊いお仕事をなさっているようですね。

夢に叱咤激励されているとのこと。
たいへんありがたいことかと思います。
ユング心理学でも夢は現実を無意識から補完すると言われているそうです。
また仏教では夢告(むこく)といい、親鸞聖人も夢告をうけてはじめてその後の人生の師となる法然上人のもとに向かわれたと伝えられています。
現実が大なり小なり危機に直面したときに、助けてくれるのかもしれません。

しかし、今後 中長期的な目標や計画がなく今後を悲観されているとのこと。
たしかに毎日をただ同じように過ごし変化がなく、なんとなく将来が見とおせる気になってくると辛いかもしれません。

けれども安心してください。
仏教では、過去はふりかえれても未来は自分の選択とまわりの条件しだいでいくらでも変わると考えています。
将来はもうすでに決まったように思ってしまう煩悩を「辺執見(へんじっけん)」といい、お釈迦さまも戒めておいでです。

命のあるかぎり「まだやり残してる事があるような感覚」は続いていきます。
そして、まさしくその通りなのです。
teichiさんの行動いかんで、世界は変わり、他人も影響をうけ、そしてteichiさん自身も変わっていかれるのだと思います。
ましてや現在とてもたいへんな境遇の方たちのお世話をするという尊いお仕事につかれ、その方たちのこの後の生涯を支えていらっしゃるのです。
そのことにより何人もの人たちがteichiさんの行動により救われているのでしょう。
素晴らしいことだと思います。

北海道を中心に活躍なさっているヒップホップグループ「THA BLUE HERB」の「未来は俺らの手の中」という曲にもありますように、teichiさんの未来はまさにいまteichiさんの手の中にあります。(参考: https://www.youtube.com/watch?v=mNQgrD8PGFI )
どうぞいままでなさってきたように、これからも素晴らしい人生を送っていただけたら幸いです。

teichiさまのこれからのご多幸を願っております。
南無阿弥陀仏

2014年11月24日 15:30
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有り難し
おきもち

平松理薫(釈理薫)
真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動...

必ずしも目標は必要ないのでは?

尊いお仕事をされておられますね。

そういった辛い状況の方々をお世話をされておられるのは
あなたの人生にとって学ばれている事が多いのではと思います。

どんな人であれ、お世話されているその方々と同じ状況になる可能性があるわけです。
それに人間はどんな人であれ必ず死にます。
自分の命の長さだって解りません。

人は皆、限られた時間と空間の中で自分の人生を生きていると言えるのかもしれません。

これから先どんな事が自分の人生で起こるのかだって解らないですよね。

だからこそ、今生きていることが貴重な事になって来ると思うのです。

その貴重な「今」を充実させて生きるのも、不安や失望で生きるのも本人の自由選択なのだと思うのです。

過去を思い悩んでも今が苦しくなるだけだと思うのです。だったら過去からは学ぶだけで良いのではないでしょうか?
未来を不安に思っても、どんな事が起こるかわかりません。だったら起こる事を怖がらずに全てを受け入れる覚悟をするの方が心が楽に成るように思えます。

そして、自分が生きている「今」がどんな状況であれ、それをどう受けとめて行くかは本人の自由です。だったら少しでも幸せに楽しく受けとめられる方がいいのではと思うのです。

しかし、人間そうは簡単に思いを切り換える事ができないものだとも思います。

仏教を信じている私はこうしています。
心がすりつぶされそうな辛いことが起こったら…仏さまに祈ります。
仏さまに祈るとそれを どう受けとって生きて行ったら良いのかが じわっと心に響いて来ます。

そんな風に日々生きていると、
少しずつ世界の見え方が自分に取って変わって来るように思います。
そして 今、自分がこの世界に在る事の幸福を感謝を持って感じる事ができるのではないでしょうか?

2014年11月27日 15:58
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有り難し
おきもち

仏道に入門して30年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さん...

「これからの人生どうしたらいいか」問答一覧

置かれた場所で咲きなさい

昨日退職して後悔していますとご相談し、「置かれた場所で咲きなさい」とお坊さまからお言葉を頂き大変救われた気持ちになりました。 私は面接に漕ぎ着けたものの今までずっと働いて来たからか空白の時間、1人の時間をどうやって過ごしたら良いのかが分かりません。 50歳を超えて主人も娘もいるのにいつまでたっても寂しがり屋のところがあります。 一日でも早く次の居場所…が欲しいのだと思うがゆえ面接に漕ぎ着けたもののたった三週間ほどの空白がしんどくなってきます。 勿論ゆっくりしたら良いとか周りの言葉にも甘えての退職でした。 空白の時間にはスポーツジムとかに行って時間を潰しても良いのでは?とかも考えました。 でもまたフラフラしてる自分が居て三週間待たずに違う所を探して早く社会復帰した方がいいのではとか でもやっぱり三週間後の面接まで待ってから決断すべきかとか せっかく気持ちが固まってたのにまたこれで良かったのかとか悩んだり… 明日からまた一週間何しようか…とか こんな事を色々考えてると食欲も出なくなっています。 前向きな姿勢の日とそうでない日が交互に来ます。 三週間後の面接日まで私の気持ちが耐えられるのか凄い不安で仕方ないです。 せっかく有難いお言葉をお坊さまから頂いたのにまたフラフラしてすみません。

有り難し有り難し 8
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私の「道」とは

初めまして、芹香と申します。 私は幼い頃から宗教学、宗教史に興味があり、父方の親戚に住職さんがいることから、特に仏教学に強い興味を惹かれていました。 ですが、私は、父が熱望していた看護師になるため、看護大学に入学しました。 しかし2年前、「これは私の道じゃない」という思いから、うつ病を発症しました。 そして父の期待を裏切ってしまったこと、そして自分の「道」が見えなかったことから、絶望し自殺未遂を繰り返しました。 ある日私はネットの友達に相談をしました。その友達はお寺出身で、大学で仏教学を学んでいました。 その人に、「自分の「道」が見えない、こんなんなら死んでしまいたい」と言うと、その人は間髪入れずに、「君は何度自殺しても死なんかった、つまり君は生かされたんやから、その命を人に使えばいい。それが君の「道」やと俺は思う」と言われました。 それから私は、これまでの私を受け入れ、自ら命を絶つということをやめました。現在はアルバイトをしながら生活しています。 ところが今年、父が肺病で緊急入院になりました。そして、担当医から言われた言葉は「夏は越せない」というものでした。 母も私も途方に暮れ、残りの命が少ない父に何が出来るだろうと、必死になって考えました。しかし、なかなか現実を受け入れることができず、日々は過ぎていきました。 そんなある日、母がぽつりと「家に帰れないんやったら、せめて、私たちだけでも普段通り接してあげようよ」と言いました。私は「分かった」と返事し、早速その日のお見舞いから、父と何事もないように接することになりました。 父は自分が余命宣告を受けていることを知りません。私達も口外にはしません。病室で、私と母と父は雑談をしては笑い合います。もうすぐ夏になりますが、そんなことを忘れて、私達はいつもの家族として笑い合います。 そんな中、私はふと、自分の「道」を見つめてみました。 すると今まで真っ暗だった道が開けて見えました。そこでは、父や母、そして私の友人達が笑顔でいました。 そう私の「道」は「人を笑顔にさせ、苦しんでいる人を助けること」でした。 私は将来僧侶になりたいと考えています。しかし本で得た知識しか私にはありません。なので、ぜひ私に色々とご教示下さると嬉しいです。 長々と自分語りが長く申し訳ありませんがよろしくお願い致します。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

自身の迷い

アドバイスを頂きたく投稿します。 また、自分の心を整理するためにも余計なことを記載するかもしれませんがご了承頂ければと思います。そのため文章が所々変かもしれません。 最近よく思うことがあります。 今勤めている会社を辞めて実家に帰ろうかどうかです。 会社自体に不満はたぶんありません。 心の中で嫌だなと思うことはありますが。 なぜ、実家に帰ろうかと思っているかというと、ひとえに「寂しい」からです。 30過ぎて寂しいというのは変かもしれませんが、寂しいのです。 仲間はいますが、友達はいません。 家で一人でいるとよくわかりませんが、不安になります。 すごく遅いですがホームシックなのかも知れません。 昔感じたことがあり、自分が一番辛い時に頼りになるのは親です。 今まさに辛いのかもしれません。 また、親と一緒にいることで、自分が親孝行をしていると錯覚したいのかもしれません。 要は自分が可愛いだけなのでは、と思われても仕方がないです。 どんなアドバイスが欲しいのか具体的に書けなくてごめんなさい。 自分がどのようなアドバイスを頂きたいのかも分からないのです。 会社を辞めて実家に帰れと言われたいのか、会社を辞めるなんてもったいない、安定して給料をもらう方がいいに決まってると言われたいのか、私自身わからない状態です。 帰って何をするかと言われたら、自営業の実家を手伝いたいと思っています。 実家は父が経営しており、小さな事業所です。社員は数名です。 お店は需要があり、人手が足りないらしく父と弟はろくに休みを取ってい状態です。 そういう状態を聞くとなんだか手伝いたいと思う部分もあります。 私が仕事で培った技術をどうにかして役に立てれるのではないかと考えてしまいます。 私自身、工場勤務で夜勤もしたことあるし、保全の仕事もしました。今は工場の技術的に改善を検討してる立場です。

有り難し有り難し 1
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地元に戻ってよかったのだろうか・・・

東京で一週間くらいしか続かなかったバイトを何度かした後、とある企業に面接に伺った際に この経歴じゃ内では採用出来ないと言われました。新卒で働いていない事も指摘され 優秀な人ならいいとこに入れるけどもそうでない人はどんどんレベルの低い企業に行くんだよな と、話しはじめた社長 遠回しに私のことを言っていることがわかりました。 社長はさいごに頭の病気直してからじゃないときびいしと落としましたが、本当は能力がないから落としたんです その場で落とされた時に何かが切れて地元に戻ろうと思いました。 寂れた田舎ではなく都会に行けば何か変わるんじゃないかと思っていましたが、都会でもやっていけませんでした。 家賃を払ってくれた親が限界だと言っていたこともあり 帰ろうと決めました。 自分の能力の無さを実感し絶望しております。 地元に戻ったら戻ったで本当にこれでよかったのか悩みはじめました、いつもこうです私は。 時給低いし仕事も無いし出会いも無い しかし出て行く力も無い もう23になりました、またお金貯めて都会に仕事しに行くといっても年齢の壁があります、 人生詰んだかもしれません。 帰ろうと思った理由に結局自分は努力出来ない事を知ったからです、親の援助に甘えたゴミです。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

限られた人生の中で何をするのが1番良いのか

こんにちは。高校2年生です。 私の質問は、タイトルの通りです。ひねくれた質問なので、後まわしでもかまいません。 以下は補足の文章です。長文です。 私はいま高校2年生です。私の所属するクラスは「選抜クラス」というクラスで、高校1年生のとき、つまり去年 成績やリーダーシップに秀でていた生徒が選ばれて作られる特別クラスです。 だから、周りの子は皆真面目な努力家で、毎日勉強ばかりしています。それを追うように私も勉強ばかりしています。正確に言えば「していた」なんですけど。 毎日まいにちまいにち、学校で死ぬ気で授業受けて、電車に揺られて家に着いて、予習復習して、気絶同然の眠りに落ちて、朝疲れきったまま起きて学校、の繰り返しの生活でした。今はこの生活に疲れきってだらけきっています。でも勉強しなきゃという圧に神経がすり減らされる一方です。本当に勉強ばっかり。 趣味や遊びとは切り離された生活です。 こんな勉強ばっかのくそ真面目な人生でいいんか?と、いつも悩んでいます。 勉強して人生良くなるとは限らないし、 絵を描いたりアニメを見たり、自分の好きなことに時間を使った方がより豊かな人生になるんじゃないか?っていつも考えてます。 勉強と趣味と、バランスよく両立していけば良いって話ですよね。私もそう思ったんですけど、進学校の選抜クラスでは勉強についていくだけで精一杯です。成績をとるか趣味をとるか、どちらかしかとれそうにありません。 私は1度しかない人生を後悔したくないんです。有意義に使いたいんです。でも何をすれば1番豊かな人生になるのか分かりません。 人について、人生について、お坊さんの考えをうかがいたいです。 限りある高校生活、そして人生を、どう使うことが正解だと思いますか? よろしくお願いします。

有り難し有り難し 25
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これからの人生について

初めまして 38歳の会社員です。 先日、通勤途中に事故を起こしてしまいました。 自分に過失があり、さらに自動車保険にも入っていませんでした。 被害者は自分と同じ病院に救急搬送されたのですが、怖くて会いに行くことが出来ませんでした。 今回のことで家族からあきられ、2度と信用しないと告げられ、妻にも今後逆らうなと言われました。 もちろん全て私の責任ですので自分自信で償っていこうと思います。 今後は見た目など気にせず自分のことは二の次にし、家族に対して精一杯の贖罪をする心構えなのですが。 不安があります。 今後2度と家族に対して逆らうことなく、一歩引いた立ち位置で自分の趣味も諦め、歩んでいくことにたいして自信がありません。 正直、死のうかとも思いました。 ですが、二人の子供に対して余りにも無責任ですし、妻に対しても申し訳ない思いでいっぱいになり踏み止まりました。 ただ今後の自分に自信がないのです。 今までと同じ生活が出来るとは思っていませんが、自分の人格すら変えて歩んでいけるのか分かりません。 自分の人生ですが、この先不安でしょうがありません。 どうしたら家族に寄り添い自分の心を殺しながら生活していけるのかアドバイスを頂けますでしょうか。 宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 29
回答数回答 1

これからの人生について。

初めまして。 私はアルバイトで働き一人暮らしをする女性です。 三年前、母を亡くしました。 私の家庭は母子家庭であり、私と弟と母の三人家族。 母を亡くし、親戚から見放された私と弟の元にとある人物がやってきました。 その人物とは、十年前に母と離婚した父です。 「まだ我が子への愛情は消えていないんだ」そういった理由で、私と弟の親になる事を申し出ました。 私たち二人の事で困っていた親戚達は、喜んでその申し出を受け入れました。 私は抵抗しました。 父が住むのは、福岡。 私が育った長野からは遠すぎます。 それに、高校三年生だった私は次への進路が決まっていました。 夜な夜な大人達に囲まれ、「福岡へ行け」と説得させられる日々。 頭がおかしくなりかけましたが、通っていた高校の先生の手助けもあり、なんとか長野に残ることが出来ました。 長野に残れた事は嬉しかった。 弟は福岡で過ごすことになりました。 しかし、そんな喜びもつかの間。 私は学校で人間関係に苦しみ、ついには体を壊して、退学します。 新たな実家となった福岡へいくこととなりました。 期待を抱いていました。 また、家族の暖かさに触れられるかもしれない。 「家族」という物を欲しがっていました。 しかし、福岡での生活は私にとって「家族の暖かさ」とはかけ離れていた。 父は、暴力・お酒・悪口の酷い人でした。本人いわく教育のためだとか、伝えたい事があるからとか、そんな理由。 私に向かって、母への悪口も平気でいう男でした。 悩み苦しみ、やがて激しいめまいに襲われるようになった私は、仕事が出来なくなりました。 そんな中で背中を押してくれたアルバイト先の店長。父から逃げ出す方法を教えてくれた精神科の先生。 長野に住む親友は、一人暮らしをしている部屋で一緒に住もうと申し出てくれました。 彼らのおかげで私は、家族を捨てる覚悟を決めました。 荷物を送ったあと、身一つで長野に転がり込みました。 激怒した父は私との縁を切り、私もそれを望んでいたので承諾しました。 親友の部屋を借りながらアルバイトして、やっと始めた一人暮らし。 これからは好きな事をして生きよう! そんな時、とても悩みました。 何を考えても「現実味のあること」 しか浮かびません。 現実の悲惨さしか見えなかったから。 どうすれば、自分のしたい事を楽しめるようになりますか?

有り難し有り難し 21
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