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これからの生き方

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有り難し有り難し 13

現在勤めている職場では 道端で倒れ脳障害を患い健在の頃の一切を忘れ、名前さえも行政がつけた仮の名前。家族から見放され亡くなった後もお迎えもない方、まだ50、60代と若い年齢にもかかわらず回復が見込めず寝たきりでただ死を待つ方など そういった境遇の方々を日々お世話させて頂いています。
私は無宗教で霊感やスピリチュアル的な事には無頓着ですが 10年程前から夢枕?で不思議な事が度々あり(例えば仏壇の前に4人のお婆さんがいて物凄く怒られて゛妙゛の文字を見せてくる。横綱がつける化粧回しをした寿老人みたいな方が私の手に石を積むなど)最近では 「洞穴光明」といった言葉が眼前をチラチラ。後で調べると何かと仏教へと繋がっていきます。

今まで挫折の連続の人生でしたので自分自身に叱咤激励されてる感覚で捉えていました。しかしながら、今後 中長期的な目標や計画がなく 職業柄 将来の自分の姿が目に浮かび早めに゛他界゛したいと考えいて自制する日々です。

家庭を持てば 心境の変化があるかもしれませんが、悲観した未来を持ったまま 恋愛、婚活などをしようともおもいません。
ただ、まだやり残してる事があるような感覚、それがあるのは事実。
生き続ける上で普段からの心構え、意識の持ちようなどアドバイス頂けたら幸いです。よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

三つの 火 を 転じてください

以前私自信がマイナス思考、ネガティブ思考でそこから立ち直ったことからプラス思考、ポジティブ思考、前向き、陽転思考講座をひらいていました。
そこで常々申し上げていたのは、心の悪玉菌を減らすことで、人生は楽しいことしかなくなる、というものでした。
簡単に申し上げれば、心にとって悪い事を考えなくなりさえすれば、無理してプラス思考などしなくても、満たされた生活になるということです。
マイナス人間の反応は以下の三つが主です。
三つの火 と 名づけました。 
悲観的反応
批判的反応
否定的反応
だから 嫌なことがあった時など
・悲観しないほうがいい  そのままの状況で善し悪しつけずに そのままでいい
・批判しないほうがいい  ケチをつけず、イイトコ探しをして相手を認めよう
・否定しないほうがいい  確かに なるほど そうだね 受け止め 肯定しよう

丼ぶりな感じでイイです。丼ぶりな感じがイイです。これを覚えてください。
・悲観するな
・批判するな
・否定するな ではダメです。 語尾が打ち消しだからです。(笑)
「ダメよ~♡ダメダメ」のように、ポジティブにダメ出しするのはOKですが。」
マイナス思考の方は、24時間の中で❝NOT❞❝ダメ❞❝~ない❞❝しかし(反論)❞的な脳内エネルギーを大量生産しています。
物事のありのままの状況に対して、あらがうようなことばかりしている傾向があり、自分にも厳しいのです。
まさか自分が物事に対して否定的、悲観的であるとは思っていないかもしれませんが、今現在心が暗いということ自体、自分自身に対して❝打消し❞を行為している部分があるのです。
・ダメでイイじゃん。(笑)
・50点取れりゃ上等
・結果オーライ
・そういうもんだ
・わたくし(干渉)しない
・自分を責めない
こういう姿勢が心の善玉菌を増やしてくれます。
まずは、心の悪玉菌の生産をストップするだけでいいのです。
これは最終的には坐禅に導入して、プラスマイナスも無いすがすがしい心になっていけるのですが、まずは否定的、打消しのエネルギーになる情報を脳内で働かせない様に注意して生活しましょう。
かならず、変化があります。
現に、私が地獄のどん底から這い上がってこんなにピンピンしてるのですから。('ω')

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おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

未来はteichiさんの手の中

teichiさま

こんにちは。真宗大谷派の釋理薫と申します。
たいへん尊いお仕事をなさっているようですね。

夢に叱咤激励されているとのこと。
たいへんありがたいことかと思います。
ユング心理学でも夢は現実を無意識から補完すると言われているそうです。
また仏教では夢告(むこく)といい、親鸞聖人も夢告をうけてはじめてその後の人生の師となる法然上人のもとに向かわれたと伝えられています。
現実が大なり小なり危機に直面したときに、助けてくれるのかもしれません。

しかし、今後 中長期的な目標や計画がなく今後を悲観されているとのこと。
たしかに毎日をただ同じように過ごし変化がなく、なんとなく将来が見とおせる気になってくると辛いかもしれません。

けれども安心してください。
仏教では、過去はふりかえれても未来は自分の選択とまわりの条件しだいでいくらでも変わると考えています。
将来はもうすでに決まったように思ってしまう煩悩を「辺執見(へんじっけん)」といい、お釈迦さまも戒めておいでです。

命のあるかぎり「まだやり残してる事があるような感覚」は続いていきます。
そして、まさしくその通りなのです。
teichiさんの行動いかんで、世界は変わり、他人も影響をうけ、そしてteichiさん自身も変わっていかれるのだと思います。
ましてや現在とてもたいへんな境遇の方たちのお世話をするという尊いお仕事につかれ、その方たちのこの後の生涯を支えていらっしゃるのです。
そのことにより何人もの人たちがteichiさんの行動により救われているのでしょう。
素晴らしいことだと思います。

北海道を中心に活躍なさっているヒップホップグループ「THA BLUE HERB」の「未来は俺らの手の中」という曲にもありますように、teichiさんの未来はまさにいまteichiさんの手の中にあります。(参考: https://www.youtube.com/watch?v=mNQgrD8PGFI )
どうぞいままでなさってきたように、これからも素晴らしい人生を送っていただけたら幸いです。

teichiさまのこれからのご多幸を願っております。
南無阿弥陀仏

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おきもち

真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動 ・正徳寺声明会(しょうみょうかい:お経の練習と法話)月一回開催 ・こども囲碁道場 月一回開催 講師:日本棋院 王唯任五段 ・こども すみえ おえかき道場 隔月開催 講師:墨絵画家 本多豊國 ・「対話する夜」 月一回 都内のいろいろなお寺で平日夜にお坊さんを交えて対話する会 この他に、寺社フェス「向源」のお手伝いなど

必ずしも目標は必要ないのでは?

尊いお仕事をされておられますね。

そういった辛い状況の方々をお世話をされておられるのは
あなたの人生にとって学ばれている事が多いのではと思います。

どんな人であれ、お世話されているその方々と同じ状況になる可能性があるわけです。
それに人間はどんな人であれ必ず死にます。
自分の命の長さだって解りません。

人は皆、限られた時間と空間の中で自分の人生を生きていると言えるのかもしれません。

これから先どんな事が自分の人生で起こるのかだって解らないですよね。

だからこそ、今生きていることが貴重な事になって来ると思うのです。

その貴重な「今」を充実させて生きるのも、不安や失望で生きるのも本人の自由選択なのだと思うのです。

過去を思い悩んでも今が苦しくなるだけだと思うのです。だったら過去からは学ぶだけで良いのではないでしょうか?
未来を不安に思っても、どんな事が起こるかわかりません。だったら起こる事を怖がらずに全てを受け入れる覚悟をするの方が心が楽に成るように思えます。

そして、自分が生きている「今」がどんな状況であれ、それをどう受けとめて行くかは本人の自由です。だったら少しでも幸せに楽しく受けとめられる方がいいのではと思うのです。

しかし、人間そうは簡単に思いを切り換える事ができないものだとも思います。

仏教を信じている私はこうしています。
心がすりつぶされそうな辛いことが起こったら…仏さまに祈ります。
仏さまに祈るとそれを どう受けとって生きて行ったら良いのかが じわっと心に響いて来ます。

そんな風に日々生きていると、
少しずつ世界の見え方が自分に取って変わって来るように思います。
そして 今、自分がこの世界に在る事の幸福を感謝を持って感じる事ができるのではないでしょうか?

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おきもち

個別相談可能
仏道に入門して40年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さんだと思っております。 法昌という法名で、和歌山県の高野山の西禅院が所属寺院ですが、 普段は東京都町田市のマンションで手作りの密壇でひたすら修行を続けている  はぐれ行者です。 伝法灌頂も中院流の一流伝授も授了させていただいております。 娘を持つ母であり、一家の主婦でもあり、親の介護もあったりします。 エッセイや文章、そして漫画家として漫画も描いております。 イーハトーブクリニック萩原医師の指導をいただきヒプノセラピスト(催眠療法士)でもあります。 基本的に隣のおばちゃん的な、でも変わった尼僧です。
ご相談可能な時間はその日ごとに違うので、いくつかご都合を書いてくださいね。 人生で悩んだ時に、最善の答えを与えてくださるご神仏と、あなたは心の奥で必ず繋がっています。ご自身の心の中からご神仏のお答えが受けられるようにアドバイスをさせて頂きます。 ◆著書:「神さま仏さまがこっそり教えてくれたこと」「迷いをすっきり消す方法」「幸せを呼ぶ仏像巡り」

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