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コンプレックス

回答数回答 2
有り難し有り難し 6

見た目コンプレックスです

パートさんや年上から
可愛い 可愛らしい 美人
綺麗など言われますが
お世辞ですよね?

自分では容姿に関しては
良いとこ一つないです
コンプレックスだらけ。
目つき悪くて 怖い
眉毛も。。 サル顔でブサイク

仕事で三角巾にマスク姿
三角巾が大きい 顔より大きいからか?ぶかぶかです
お客様さんには、目を合わさないようにされたり 止まられたりしています
話しかけられ返事すると嫌な顔されたり
話す時も目を合わさなかったりしています。合わしてくれる方もいますが。

これから、外出中する時
サングラスしたい位です

どうしたら良いと思いますか?


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

それでも イイトコロ、マルを探しましょう

気づいてないかもしれませんが、顔を見る時にあなたはイメージを一緒に連れ込んで、持ち込んできているんでちゅよ。
鏡は何の罪も責任もありません。アリのままのあなたのビューティーfaceを映し出すだけです。
そこには何の評価も、美しい、醜いの判断もついていません。
私が顔を見る時は(そりゃ学生時代はもっといい男で生まれたかったとかありましたが)、ただ映っている様を必要に応じて観るだけです。
そのとき心の中には美の審査員はいません。
誰とも比較しません。比較しようにも出来っこありません。私の顔しか映らない鏡ですから。
コンプレックスとは、自分を好きになれないということでしょうね。
顔で勝負しなくてイイです。女性は笑顔美人であることが一番の美人です。
どんなに美人さんでも心が病んでいたり、優劣を争っていたり、人間性が腐っていれば人としてアウトです。ドラマのファーストクラスなどはまさにそれを物語っているのではないでしょうか。
自分のウィークポイントを突かれても、平気でいるようになる為には、自分の顔をよく見る事です。
どうしたって私の眼や鼻の形はそれがそれで真実なのです。
顔で愛されても仕方ありません。見た目だけで味がイケてないショコラでは結局ペケです。
自分にペケをつけてばかりいる心こそペケです。
マルをつけましょう。〇
よっしゃ、私の顔はこれ以上でもこれ以下でもないから〇。
褒められた。いちおう嘘でもオッケ。マル。
カワイイ?言われないよりかウレシイ。マル。
自分に素直になれた。マル。
そういわれてみると少し心の角度が変わってきた。マル
よっしゃ、明るくなってきた。マル。
自分を好きになる努力、このままやってみよう。さっきよりは自分を嫌いじゃないかも。マル
マルが増えれば、笑顔が増えます。角張らず、まぁるく生きてください。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

もしかして病気かもしれませんよ。

まわりから綺麗、可愛いと言われながらも、自分の容姿に過度に自信がなく欠点と思ってしまうとしたら、もしかして「身体醜形障害」といわれる心の病の可能性もあるのではと思います。

「身体醜形障害」に関してはこのサイトに説明がありました。
http://merckmanuals.jp/home/%E5%BF%83%E3%81%AE%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%95%8F%E9%A1%8C/%E8%BA%AB%E4%BD%93%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3/%E8%BA%AB%E4%BD%93%E9%86%9C%E5%BD%A2%E9%9A%9C%E5%AE%B3%EF%BC%88%E3%81%97%E3%82%93%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%97%E3%82%85%E3%81%86%E3%81%91%E3%81%84%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%8C%E3%81%84%EF%BC%89.html

もしも病気であればいくら言葉で説得しようとしても、納得できないかもしれません。
アメリカの俳優ブルースウイルスの娘さんも美人なのに自分を醜いと思って摂食障害になるほど悩んだという話しもあります。
あまりにも容姿が気になるのであれば、心療内科を受診されるのも考えてみてはいかがでしょうか?

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有り難し
おきもち

個別相談可能
仏道に入門して40年が経ちました。 死ぬまで修行を続けるのがお坊さんだと思っております。 法昌という法名で、和歌山県の高野山の西禅院が所属寺院ですが、 普段は東京都町田市のマンションで手作りの密壇でひたすら修行を続けている  はぐれ行者です。 伝法灌頂も中院流の一流伝授も授了させていただいております。 娘を持つ母であり、一家の主婦でもあり、親の介護もあったりします。 エッセイや文章、そして漫画家として漫画も描いております。 イーハトーブクリニック萩原医師の指導をいただきヒプノセラピスト(催眠療法士)でもあります。 基本的に隣のおばちゃん的な、でも変わった尼僧です。
ご相談可能な時間はその日ごとに違うので、いくつかご都合を書いてくださいね。 人生で悩んだ時に、最善の答えを与えてくださるご神仏と、あなたは心の奥で必ず繋がっています。ご自身の心の中からご神仏のお答えが受けられるようにアドバイスをさせて頂きます。 ◆著書:「神さま仏さまがこっそり教えてくれたこと」「迷いをすっきり消す方法」「幸せを呼ぶ仏像巡り」

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ