父親の自殺
温厚な父親がある日突然に失踪し、半年後山奥で自死の姿で見つかりました。ずっとずっと父親に対して後悔の気持ちでいっぱいです。もう十数年間経ちますが、まだ写真を見れません。私は末っ子で、よく父親に心配かけてばかりでしたから。後悔し出すと眠れなくなります。自殺するとなかなか成仏出来ないと聞きます。余計に父親が心配になります。父親は何処かで彷徨っているのでしょうか??私がもっといい子なら父親は自殺せずにいたと思うと本当に日々自分を責めてしまいます。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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必ず仏様のもとにてご成仏頂けます
拝読させて頂きました。
お父様がお亡くなりになられたことが心の底にずっとお残りになっておられるのですね。そして悲しみや苦しみが残り今でも素直にお向き合いなされないのかと読ませて頂きました。
お父様がお亡くなりになられたこと本当に残念なことです。
何故死に至ったのかそれは誰にもわからないことです。
ただただお父様が仏様に正しく導かれて仏様のもとにて心から安心なさって頂きご成仏頂きます様にと心を込めてお祈りさせて頂きます。
なむあみだぶつ。なむあみだぶつ。
どうかあなたからもお父様のご成仏を心を込めて仏様に願い、お祈り頂きます様にお願い申し上げます。
必ずや仏様はお父様を正しくお導きなさってくれてそして安らかな清らかな心でご成仏なさいます。
そしてこれからもかたときもあなたやご家族の皆様をお忘れなさることなくお見守りなさって頂けます。
また合間あいまにはお父様を思い返しご供養なさってくださいね。またどうかご自分を責めないでくださいね。お父様はあなたを責めるようなことやお気持ちはありませんので。
もうすぐお盆です。きっと皆さんのもとへとお父様はお帰りになってくれます。どうぞお盆もお父様と心穏やかにお過ごしなさってくださいね。
成仏できないことはありません
浄土真宗(真宗大谷派)の僧侶です。
実は、私も、先月、父を自殺でなくしました。
こういう場合、家族は、自分自身を責めてしまいます。
家族それぞれが「おれが殺したんだ」と、つい思ってしまいます。
しかし、私の師僧は、そういう見方はしません。
・・・自死は、「事故」です。
もっと言えば、すべての自死は、ご本人の意思を超えた因、縁によってなくなってしまうのだから、「すべての自死は実は他殺なのです」といいます。
「他殺」といっても、誰か、特定の人が悪いのではありません。
人間の視点から、強いていえば、関係する人すべてが加害者ということになります。
しかし、これを逆に、仏の側からみたら、自死した当人も、関係者全員も、「他殺による被害者」といえるのです。
私は、父の法名をつけるときに、師僧と相談しながらつけました。
浄土真宗では、浄土往生、成仏の因(原因)を、「信心」とします。
しかし、この信心も、自分の力で起こせるものではないのです。
自分の中には、仏を信じるなんて、殊勝な気持ちは全然ないのです。
私自身もそうだし、師僧もそうです。
では、なぜ、私に信心があって、仏の教えを喜ぶことができるのか?
それは、仏の側から、回向された(プレゼントされた)信心だからです。
具体的には、私の師匠たち、友達たちから、プレゼントされた信心だからです。
ですから、あなたのお父様も、私の父も、「プレゼントされた信心」は必ず持っています。
このような信心のありかたを、浄土真宗では「無根の信」と呼んでいます。
そのため、父の法名は悠信とつけさせていただきました。
あなたのお父様も、他者からプレゼントされた信心は必ず持っています。
成仏する因はちゃんとあるのです。
ですから、お父様は、必ず浄土に往生しています。
あなたも、いつか、お父様と浄土でお会いする日が来ます。
このことを、真宗では「倶会一処」と呼びます。
「ともに、いっしょに、浄土でまたお会いしましょう」という意味の言葉です。
必ず、浄土でお父さまに会えますよ。
質問者からのお礼
お忙しい中ご返答いただきありがとうございました。
心より御礼申し上げます。
父親に申し訳ない気持ち、色々な後悔の念からなかなか抜けられませんが、少しでも前に進めるよう頑張って生き抜いていかないといけませんね。
ありがとうございました。
おはようございます。ご返答いただきまして本当に感謝しております。あの日からずっとずっと自分を責める日々です。それからはなかなか抜け出せそうにないのですが、父が成仏され、今は全てから解放され、ゆっくり過ごしていると思いたいです、ありがとうございます。いつか会えたら、あの日からさみしかったけど、頑張って生き抜いたよと伝えたいです。