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お経を唱えて心の静かに過ごしたい

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日々忙しく過ごしており、そんな中でも、静かに、心穏やかに、過ごす時間を作りたいと思っております。
実家は無宗教で、もちろん仏壇などありません。
今は独身で、独り暮らしではありますが、小さな小さな仏壇でよいので準備をして、お経を唱える環境を整えて、静かな時間をつくりたいと考えております。
身内に亡くなった人もおらず、先祖からの決まった宗派はわかりません。
私自身は真言宗への傾倒があり、自分なりに学びを深めてきました。

このような状況で、お経を唱えるというのは、不謹慎なことなのでしょうか。
アドバイスいただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

どうぞ実行なさってください。

こころさん、ご質問ありがとうございます。

質問を読ませていただくと、家は無宗教・あなたご自身は真言宗の学びを深めていらっしゃる

ということと受け止めております。

私自身は浄土真宗僧侶ですので、あるいは見当外れになるかもしれませんが・・・

お経そのものは、基本的にお釈迦様の説法です。

お釈迦様は、生きている人々に教えを説かれました。

その意味では、身内になくなった方がいるかいないかにかかわらず、

お釈迦様は生きているあなたに教えを届けようとしておられるのだと思います。

あなたの状況でお経を読むことは、別に「不謹慎」なことだということではなく、むしろすばらしいことだと私は思います。

宗派によって違いはあると思いますが、たとえお仏壇はなくとも、お経を唱えられてもよろしいかと、

私は考えます。

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真宗山元派上西山正善寺住職

質問者からのお礼

正善寺 藤堂尚夫様早々のご回答ありがとうございました。心より感謝申し上げます。 まだまだ不勉強ではありますが、お経の一文字一文字を大切に心に刻み、日々を過ごしていけたらと思います。心穏やかに過ごし、日々このように元気で仕事ができ、生活できることに感謝することができる自分でいたいと思います。本当にありがとうございました。

「お経・経典」問答一覧

お経について(大きな勘違い)

またよろしくお願い致します。 私は今まで、告別式等で、御坊様があげる「お経」とは 亡くなった人が迷うことなく浄土に辿り着くようにと、 お祈りをしている感じに捉えていました。 しかし、本日、NHKのテレビを見ていたら、 「お経」とは亡くなった人のためではなく、 残された人のために、あげていると聞いて びっくりしました。 これは本当でしょうか? 私は既に終活を始めていますが、 後継者等がいない夫婦なため、最終的に一人になって 自分にとって残された人という存在が無い場合は、 「お経」は必要無いということでしょうか? もう一つ、疑問があります。 よく「亡くなった人の魂を慰める」という言い方を聞きますが、 亡くなった人の魂は、今、生きている人が慰めてあげなくては いけないほど、悲しんでいるということでしょうか? この「慰める」という言い方が気になります。 以前、テレビで見たのですが 夫が病気で激しく苦しみながら息を引きとった時、 奥様が泣きながら「あなた、やっと楽になれて良かったね」と 声をかけたそうです。この気持ち、よく分かります。 たとえ病気で亡くなった人も、痛み・苦しみを持った肉体から 解放され、浄土で安らかにニコニコしていてほしいです。 だから「慰める」という言い方は、浄土でも苦しんでいるみたいで、 違和感があります。

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読経が何故供養になるのか教えてください。

お経を読むことがなぜ先祖や自分に関わりのある仏様の供養につながるのか? 大変罰当たりながら、そのような疑問を抱いてしまいました。 仮に例をあげますと、日蓮宗では法華経を読んで先祖供養などをされると思います。 法華経は釈迦が悟りを開いて亡くなられる前に最後の教えを説いたもので、 数ある経典の中でも最上の教えとされていると聞いたことがあります。 その素晴らしい教えを守り、帰依しますと宣言する=「南無妙法蓮華経」と題目を唱える。という事になるのでしょうが、なぜそれが供養につながるのか疑問です。 自分は先祖や仏様との何らかのつながりがあるから、その自分が題目を唱えることで先祖や仏様の過去の罪が軽くなり救われる。=先祖や仏様も成仏できるという考え方も確かに一理あると思います。 しかし、お経というのはただ聞いたり意味を知らずに読んだりすれば、まるで呪文のようでいかにも効果がありそうに思いますが・・・。 現代語に訳して意味を分かるようにしてみると、一つの物語をただ読んでいるにすぎないように思えてしまいます。 とてもありがたい教えが書かれていることは理解していますが、客観的に考えれば子供に絵本を読み聞かせているようなものではないかと思ってしまうのです。 子供ではなく対象が先祖や仏様へ、絵本がお経という物語へ変わっただけではないでしょうか・・・。 物語を読み聞かせる行為がなぜ供養につながるのか? 先祖供養のためによくお経を読む者として、大変疑問に思っています。 どうか教えてください。

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経典に記載された悪趣を回避する具体的方法

前回質問への回答追加で、新規で問答立てを、、とのことでしたので質問送らせて頂きます。(別のお坊様がたも、ご意見やコメントなどありましたら、是非お待ちしております) 経典に書かれているからという根拠で、 「確かなる仏縁や功徳が、過去世、現世のどこかにおいてあったのであれば、その後の輪廻転生の中において、多少の紆余曲折があっても、必ずやその仏縁、功徳による果報により、仏の道を外れずに、善き流れを進められる場合があり得る」ということを信じておられるならば、 同じように、経典に書かれているという理由で、世尊が説示なさったという、その具体的方法も信じて実行なさったら良いのでは?と思ってしまいました。 私はその一切悪趣清浄タントラという経典を読んだことがないので、その具体的方法というのが、どんな内容なのか、実行可能か不可能かも分かりませんが、 たとえば他にも、経典に載っていて実行可能なものでいうと、十一面観音や文殊菩薩など、ご真言を○遍唱えれば悪趣へは行かない、などとされる存在があったり、陀羅尼でも、悪趣を回避できる陀羅尼が載っていたりしますよね。 地獄に落ちてでも他を救ったり慈悲や布施で功徳を積めるかも!というお考えには反対しませんし、凄いなぁ、どうかご武運を・・・!という気持ちで拝見しておりますが。 単純に、回避方法もご存知ならば、回避なさったら良いのでは?と思ってしまいました。  経典Aに載ってある内容aを信じるならば、同じ経典A内の内容bも信じるのが筋通っているのでは?と。

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