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私が間違っているのでしょうか

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有り難し有り難し 24

付き合っている、と断言できない人と半同居しています。
なぜ付き合っていると断言出来ないかというと、相手が同じ会社の同じプロジェクトの上司であり、2人が同じ会社にいるうちはちゃんとした意味では付き合えないと彼が言ったからです。(こうなる前にそんな話をし、一応私もそれで納得したつもりです。)

そんな彼と半同居生活をして半年ほど経ちました。初めは喧嘩こそなかったものの、最近ではデブだの豚だの、もっと女の子らしくなれだの毎日のように言われます。彼からしてみれば冗談のつもりでしょうが正直私はそれにとてもストレスが溜まります。
ただ私も短気なところがあると自覚してます。なるべく流すように心掛けてはいるのです。しかしそれも毎日となると…。

また彼は私が友達とLINE等でやりとりをしていると「誰?」とか「なんて言ってるの?」とかを具体的に答えないとしつこく聞いてきます。しかし私が同じようなことを聞くと「別になんでも」などと言って具体的には答えてくれません。
こんなことが続きつい私は怒ってしまい、彼の携帯を叩き落としてしまいました。つい勢い余ってやってしまい、反省していますが流れが流れなので謝れてはいません。
そして今までの罵声や、LINEのやりとり等の問い詰めに関して彼にぶちまけてしまいました。
しかし向こうは「だから何?」状態。喧嘩する気はない、聞いたって意味ない、そもそも付き合ってないのにどうして直さなきゃいけないの?と、ばかり。
彼の言うとおり(自分も直したほうが良いと思ったことは)なるべく怒らず、言葉遣いに気をつけ、他も努力出来るものはしてきたつもりです。なのに彼は私の話は一切聞いてくれない。自分が全て正しいと思っているようにさえ感じます。そもそもなぜ怒っているのかも分からず、という感じも。
喧嘩(と言って良いのかわかりませんが)しているとき以外は、先に書いたものはあるものの、割と仲良くやれているとは思います。しかしこういった状況なったときにはいつも私が怒ってばかり、彼は話を聞かず、聞く気もなく、なんならもう終わりにすればいいじゃないかと、そればかり。話し合うことが出来ないのです。
私が細かいことを気にしすぎなのでしょうか。
もうお別れしたほうがよいのでしょうか。
どうすることが正しいのか分かりません。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

別れちゃいましょう

かぼすさん

お話を伺っていて、なぜお付き合いしていないということになるのかよくわかりません。そもそも交際とは契約ではなく、惹かれあった二人が共に時を過ごすことでしょう。あなた方はすでにお付き合いしています。公表しないだけの話でしょ。

そんな中、都合が悪くなると付き合ってないしというのは彼の身勝手なように感じます。
冗談でもデブだの豚だのいうような人とは早いとこお別れしましょう。
あなたをいいように利用し独占したいだけでしょう。

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有り難し
おきもち

個別相談可能
禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す事で、ちょっと楽になれます。悩みの根本に気づき、明るく爽やかに生きていきたいですよね。 私自身、禅との出会いにより救われた一人です。皆様に少しでもお伝え出来たらと思います。 人は自分の都合を立てて物事に向き合うところがあります。私の回答も期待していたものと違うことがあるかもしれません。その時に素直に聞けるか、回答の内容を否定的に聞くかで救われるかどうかが変わります。疑問は出てくると思います。その時はご相談ください。
ご相談時間は不定期なので、いくつかご都合を教えてください。 ◆小学校教員もしています。子供、家族、ご自身のことお話をお聞きします。 ◆禅のおかげで私も救われました。禅の教えを基に「思い通りにしたい」という自分の都合や価値観から生まれた思い込みをほぐしていくお手伝いをします。 ◆仏教は人生を豊かにしてくれることを感じてくだされば嬉しく思います。

男の都合のいい女に身を落さない

つきあえないとか言っていながら同居なんて矛盾してるんじゃないでしょうか。
単なるオイシイ関係、遊びですよ。
上司という立場を利用していいように使われているだけでしょう。
いざという時は会社のさらに上の上司に言いつければいいんですから、さっさと別れることです。
変に反発されてもめんどくさいですから、実家から兄弟、親が来るから◉◌日までに荷物をまとめて出て行ってもらうことです。
こういう事を言っても人間の心理として、
「騙されていたことを認めたくない心理」「とても騙されていたとは感じられないためにそう思いたくない心理」が働いてしまい、我々の善意の言葉も聞き入れられないものです。
半年も同棲していて、そういう関係であるという事は「あなた」より「会社」「自分」の方が大事な男だということに気づけませんでしょうか?
今日中に別れを切り出しましょう。
あなたをウマい言葉で丸め込んで半年「つき合わずに同棲」に持ち込んだ口のウマいスケコマシ(死語)です。別れを切り出した時の、その後相手の反応に騙されませんように。
◉出ていかないと言い張ったら親を通して会社の上司に言い、守ってもらう。(会社行くふりして、即日引っ越し)
◉「オレが悪かったつきあおう」と言って来たら、それはウソだと思え。(携帯のラインのやり取りを見ればわかる)
◉あっさり出ていく→その後の行動次第で会社に報告。嫌がらせをされる可能性もあるため、証拠写真を今日中に沢山取っておく。
後日会社で嫌がらせを受けたら
「上司の立場を利用して、同棲、肉体関係を強要されました」とシャチョーさんに。
純粋無垢と無知は隣り合わせ、要注意です。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

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