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娘の死

回答数回答 4
有り難し有り難し 48

先日娘の死に質問させていただいたものです。
御返答に涙が止まりません。
まだ気になる事があります。娘も訳もわからないまま逝ってしまったのだと思います。未練もあったりするのだと思うと苦しくなります。
どう思ってあげたらいいのですか?
それから娘もたくさん友達はおり、たくさん泣いてくれました。4月から高校生の皆は楽しそうで新たな友達もでき、楽しそうです。
周りは当たり前ですが普通に過ぎていき、皆から娘が薄らいでいかないかきになって辛いんです。
ずっと一緒、そばにいるといってくれたり、来てくれたりしていてもちろんありがたいです。
親とはもちろん感情は違うと思います。
娘を忘れないでと思いすぎるというか。
いろんな気持ちが葛藤します。
頑張ろうとか嬉しいとか感謝もたくさんします。でもどうしようもなく寂しくて会いたくて苦しくなったり。
その繰り返しが当たり前なのでしょうが、会いたいと思いすぎるのも娘には良くないことなのかな。とか。

2013年5月9日 6:37

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あえてその執着を“ハナス” 「話す、放す、離す」

会いたいお気持ちは、ある時から故人様と対話する力へと変わります。
お嬢様のお友達に何かを願うのは、お嬢様の友達を通して、お嬢さんが今もなお生きてくれているようなお気持ちにさせてくれるからなのでありましょう。

「話し、放ち、離つ」の3つの修行
ずっとそばにいて欲しいと思われるかもしれませんが、
①お仏壇に向かってお声かけをしっかりなさることもご供養であり、
②いつかは手放して自由にさせてさしあげること、
③距離は離れても、この世界という大海原でそれぞれに生きることも供養です。
話す、放す、離すことはハナスという言霊的にも同義です。
離すといってもこの世界という仏の海の中でご一緒なのです。
いつの日か、あなたが、この不運を乗り越えて「大丈夫よ。」と強い生き方をすることが仏道なのですから。

あなたがお嬢さんにしっかり伝えるべきことを伝え続けて、哭くのを卒業するべき忌日である“卒哭忌”に「お母さん、しっかりやっているわよ、見守っていてね」と、お嬢さん方も、ご主人も、安心できるようなご報告ができるように、毎日を疎かにしないように生活なさることです。もちろんご家族とのお話し合い、時には相手のお話を受け止めてあげることも大切です。互いの心の辛さ、寂しさの“お放し合い”でもあるのですから。
そうしてゆく中で、必ず関わり合いは明るいものに変わっていきます。

まず、冷静になられてからご自身に目を向けて以下のような正しい認識をお持ちになられてください。
「今苦しいのはこの私。娘はもう今は安らかな境に導かれたのだ。悲しいのはこの私である」と。
今苦しんでおられるのは、“あなた自身” であって、もうお嬢様はあらゆる痛みや苦しみから解き放たれて安楽の世界に入られたのだ、と。
「娘がこの世に未練があるんじゃないか」と思われるかもしれませんが、生きている我々が故人に気持ちを重ねた時、そのように思われることがあるだけです。
今はあなた自身の苦しみの縄を緩めることが第一です。

その為に以下の内容を熟読玩味いただければ幸いです。
①亡くなられた故人様のご関係者は、それぞれの立場で皆、誰もが悲しいのであって、誰が一番悲しい、とは定められない。
→お父様だって、お嬢様だって、ご友人だって皆、悲しい。

②亡き後もご自身の生活が続いてゆく以上、故人様との関わり合いはちゃんと残されている。
お墓参りやお仏壇にお手合わせをするなどお嬢様との“関わり方”こそ変わるものの、それは“関わり方”が変わっただけで、「関わること」自体に終わりは無い。→あなたに素晴らしい出会い、幸せある生活を与えてくれたお嬢様への報恩謝徳、報恩感謝の供養を通して「関わること」を続けてゆくべきである。

③人は何歳まで生きれば“これで良い”ということはない。
生ある中で、良い関わりがあったように、死しても良い関わりを続けてゆく。
これから先も家族と、故人様とで良い関わりを。
→辛い、苦しい、悲しい心を、お嬢さんが大好きだったお父さんであるご主人や、面倒を見たかったであろう妹さんである次女の為にも、母親としても妻としても、亡きお嬢さんの為にも少しずつでも闇から光へと転じてゆく必要と責任がある。

2013年5月10日 3:20
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

生きる者が亡き方を「仏さま」にする

じゅんちさま

もう20年も前になりますが、私が大学生の時にクラスメイトが手術から目覚めることなく亡くなりました。本来は生命に関わるような手術ではなかったのに、です。

私と彼は特別親しく付き合ってはいませんでしたが、それでも時々思い出します。それは私が僧侶だからという事もあるかもしれませんが、彼の存在が私にとって大切な「いのちについて考えるきっかけ」だからです。
また彼の無念や未練を考えると、自分はもっともっと頑張らなくてはいけないな、と励まされる思いがします。

長女さんの友人たちは、残念ながら四六時中、長女さんのことを思っていてはくれないでしょう。時が経つにつれ、思い出す頻度も減っていくかもしれません。でも、ふとした時、大切な時に思い出すことがあるのでは、と思います。

亡くなった方を「仏さま」と言うことがありますが、亡くなった=仏さま、ではないと私は考えています。
故人を思い出したことが、その方にとって大切な気づきや励みになった瞬間=亡くなった方が仏さまとして活躍をしている、と言えるのではないでしょうか。

長女さんの友人たちにとって、長女さんが大切な仏さまに成られるよう念じています。
またご家族、そしてじゅんちさんにとっても、時間がかかるかもしれませんが、いつかそんな日が来る事を心より念じています。

2013年5月9日 18:18
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

共に生きる大切さ。

じゅんちさま
質問に私なりにお答えできればと思います。私もお坊さんになるきっかけ、ご縁は、弟の死というものでした。4人兄弟のうち2人が亡くなり今、私ともう一人弟がいます。両親は、もう30年くらいたちますが、まだまだ「あのとき~しておけば・・・」という思いは決して消えません。煩悩ですから生きている間は決して消えません。ただ、その思いを弟の分まで生きなければ・・と私自身も思って生きようとしたこともありましたが自分自身もつぶれそうになってしまいました。その“命の分”ではなく私は、亡くなった弟と「共に生きる」ことが大切なんだと感じました。私にとっていつでも共にいてくれる存在が亡くなった弟です。いつでも何か、みてくれていると思っています。何か良い回答をくれるわけではないですが、いつでもみていると思うと人生に“ハリ”が出たような気がします。ただその思いになるまでは、時間がかかりました。なのでじゅんちさまもゆっくりとその死というものを受け入れるまで時間をかけて下さい。決して納得はいかないでしょうが・・・ゆっくりとその思いと向きあえるときがくると思います。

2013年5月9日 10:03
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有り難し
おきもち

じゅんち様。

以前のご質問にもお応え致しました、沙門の密富です。

その折もお返事致しました如く、今は貴女自身のお気持ちが揺らいでいるときですから、
娘さんの事の色々なお考えが出て来て当たり前です。
其れは其れで排除する事無く、受け入れておいて下さい。
排除してしまう事で、其れは後々気持ちの整理が着きにくく成りますから…

また、貴女様の仰る「気になる事があります。娘も訳もわからないまま逝ってしまったのだと思います。未練もあったりするのだと思うと苦しくなります。 どう思ってあげたらいいのですか? 」との事ですが、今は、其れも其の侭の思いで結構ですよ。

それと、こうして此処に書き込み為さる事も良いのですが、
ご葬儀の折にお世話になった菩提寺のお寺様が居られたならば、一度お話を伺われたらと存じます。または、当方(http://www1.odn.ne.jp/seiriyuji/)
へのお電話でも宜しいですよ。
書き言葉だけでは、細かなニュアンスが伝わって来ない場合も有りますので…
どうぞ、ご遠慮なくお話を為さいませ。

2013年5月9日 10:32
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有り難し
おきもち

色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

病気の治療を拒み亡くなった元夫の気持ち

元夫はアルコール依存症、うつ病で、最後は肝臓が機能しなくなり亡くなりました。私が関わったのは亡くなる2ヶ月前からでしたが、もうすでに身体は弱っていました。何年も肝臓を患っていたようですが、うつ病もあり治療はしなかったようです。 亡くなる2ヶ月ほど前にはなんとか病院まで連れて行きましたが、絶対に病院には行きたくないという本人の強い拒否があり受診にはいたりませんでした。 うつ病なので、死にたいと言うこともありましたが、やはり子供もいることですからきちんと治療をしてほしかったです。 元夫ですが、やはりまだ何かしてあげられたのではないかと思ったり、どうして命をもっと大事にできないかという怒りがこみ上げたり、また、これから子供に関する相談はできる人が居なくなってしまったという喪失感があったりで、私自身とても混乱しています。 せめてもの救いは亡くなった後の柔らかい表情でした。全てから解放された安堵の表情をしていました。 元夫なのにこれほど喪失感が強くなるとは自分自身も思っていませんでした。 本人が希望しなかったとはいえもう少し体を大事にして子供のためにも長生きしてほしかったです。 私が少しでも楽になるにはどういう風に思考を変えれば良いか。これからどんなふうに元夫が亡くなったことを自分で納得していけばいいのか。 助言していただきたく相談しました。 また、亡くなった元夫の気持ちというか、今どんなふうに残された私たちに言いたいのか、教えていただきたいです

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

父に話しかけて受け入れてくれるかな

いつも回答ありがとうございます。大変参考になります。 以前にも申しましたが、今年1月に父が亡くなりました。 私は父の事があまり好きでなく、自ら進んで会話しませんでした。話し掛けられても「うん?」とか「ハイハイ」と言った程度の返事しかせず、ろくに目も合わせませんでした。挨拶もろくにせず、一言二言でした。 去年末母が「お父さん、長生きようせんかもしれん。優しくせんと、後悔するよ」と言い、その約3時間後に父の容態が悪くなり、緊急入院となり、その40日後に帰らぬ人になりました。 今私は、父に毎日線香をあげ、「お早う」や「行ってきます」「お休みなさい」と言った挨拶をしています。 そして「今日こんな事があったよ」とか、「ほら、今日のご飯持って来たよ」等々話し掛けています。 然し私は父の生きている間、殆ど言葉を交わさなかった親不孝者。こんな私が写真に向かって色々話し掛けて、父は受け入れてくれるか不安です。 私の話を「そうか、そうか」と聞いてくれたら良いんですが、もしかしたら「何を今さら」と怒っているのでは無いかと感じてしまいます。「こっちが話しても、ろくに返事もせんかったやないか」と思われているのではと思います。 私としては、父を大事に出来なかった分、母と仲良くして、その姿を父に見て貰い、今の日常の色々な事を報告したいと、色々話し掛けていますが、父には不快感を与えているのでは?と思います。 実際の所、どうなのか判りませんが、父が私の話を怒らずに聞いてくれたら嬉しいなと思います。 「今更話しても遅い」と、思われている場合、私は父に色々話しかけるのをやめるべきでしょうか?

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

死にたいと思い続けています。

こんばんは。 私は19年前に、長女を不慮の事故で亡くしました。主人とお風呂に入っていて、目を離したのか、その一瞬で溺れてしまったのです。1歳になったばかりのとても可愛い時期でした。 私は娘の死を受け止められずらにいました。お葬式の日に泣いてばかりいました。そんな私に主人の親戚達が言いました。 泣いていたら、主人を責めてるみたい。 誰も悪くない、事故なんだ。運命なんだ。 泣くのはやめなさいと。 運命?こんな可愛い小さなこの子が死んでしまうのが運命?私は泣き喚いて叫びたかったのですが、できませんでした。 暗く閉ざした部屋で、泣きながら死にたいと思っていましたが、私には4歳の長男も亡くした長女と双子の次男もいて、この子達の為にも頑張る、頑張らなきゃと前を向いたつもりでした。 次男の1歳半検診の日に話しをした、保健婦さんに「ちょっと心が疲れているようだし、頑張り過ぎてるみたい。気持ちを押し込めてるでしょ?」と言われ、専門医に主人と行くといいとアドバイスをして頂きました。 私は、勇気を出して長女を亡くした日から自分の心が辛いって叫んでいる。無理して頑張っている。本当は、あなたのせいで、あなたが目を離したからって責めている。何であの子が死んで私が生きているのかわかない。私も本当は死にたいの。 今後の為にも一緒に受診して欲しいって話しました。答えは無理でした。そんな時間はないと言われました。行きたいなら1人で行ってと。それから、19年間私は心の奥底で主人を責めているのです。そんな自分が嫌で嫌で、その更に上から自分を責めて貶しているのです。死にたい気持ちで心が溢れているのです。時々、そんな自分が崩れて、過呼吸を起こしたり、死にたいと口にしたりするのです。そんな私を主人や子供達は面倒くさそうに、遠くからみているのです。 生きるってなんだろう?19年も経つのに、心が前に向かない私は家族が思うように面倒な人間なんでしょうか?死にたい気持ちが消える日は来るのでしょうか?

有り難し有り難し 16
回答数回答 1

悲しみから抜け出せない

20日の日にとても大好きな父が亡くなりました。 自分は母を4年前に病気で亡くしてます。 その病気の介護のときからの15年間父親と生活していました。 母の死後、父と2人で田んぼをやってコレからはもっと2人で田んぼ大きくして行こうとしていました。ところが去年の4月頃に父に前立腺癌が見つかり、父は入退院を繰り返す様になりました。 それまでは父と2人で楽しく作業していた事が自分1人になり苦痛の作業になり、自分でもどんどん自分がすさんんで行くのがわかりました。 そして12月になり病院から「これ以上治療は出来ないので、緩和治療になります」と言われました。頭が真っ白になりました。そして泣いて泣いて泣きました。 家に戻る事も無く年を越し、1月10日に転院しました。そして改めて父を見て見るとがっしりとしていた身体はヒョロヒョロで、色は白く、お腹の両脇からは尿を出すための管が出ている、そんな身体になりながらも自分が行くと「ちゃんとご飯食べてるか?」「無理はするなよ」と私の事を気遣ってくれます、私は家に帰ると毎日泣きました。1月19日、父は大分弱って起き上がる事はなく、だか問いかけると目を開け「うん」「ちがう」などの返答をしていました、そして夕方に父に「どうする?今日俺、病院に泊まる?」と聞くと、とても嬉しそうに「うん、うん、」と答えてくれました。次の日の朝、「おはよう」と問いかけると目を閉じたまま、何の反応もありませんでした、先生が来て「今日は危ないかもしれないです」と言われました、それからは、父の耳元で「俺は親父が大好きだよ」「親父俺を1人にしないでくれよ」「反応してくれないとわかんないよ」「ほら一緒に田んぼいくべ」など色々言ってました、そしてお昼になり、父の呼吸は止まりました…67歳でした。 それから私は喪主として御葬式を務めあげました。 そして今は大きな家に自分1人となってしまい、家の中、納屋の中、田んぼ、すべてにおいて私が大好きだった、元気だった頃の父の姿が重なって見え、涙が止まらなくなってしまいます。本当に大好きなのです。 また一緒田んぼをやりたい、会いたい、他愛無いことで喧嘩したい、会いたい、話したいです。 ツライ、ツライ、ツライです

有り難し有り難し 28
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父親の死と子供の心のケア

初めまして。つい一週間ほど前に父親の葬儀を終えました。私は遠方に嫁いだため、最期会うことができませんでしたが一ヶ月ほど前に入院していた父の所へ会いに行っており、その時最後かもしれないと意識はしていたつもりです。が、生前とても可愛がってもらい気にかけてもらっていたし私も父が色々あっても大好きだったので最期会えなかったのを申し訳ないと思ってしまいます。頭の中では、受け入れなくてはならないと分かっているのにもう自分が死ぬまで父に会えないという事実がなかなか受け入れられません。また、今まではあまり深く考えなかった自分の死というのも強く意識してしまい怖さを感じます。時間が流れれば、全て受け入れられる事だとは思いますが、頭の中が色んな感情でゴチャゴチャしてしまい混乱しています。こんな事では優しくて時には厳しかった父に怒られてしまいそうです。 ただ、こんな感情の今の私を支えてくれる家族は勿論います。主人と子供たちは優しく、理解してくれて助けてくれ支えとなってくれています。その中で中学生の長女が初めての身近な死を経験し私以上に悲しみを感じていたようで、体調を崩したり精神的にもやや不安定になっています。私は自分の感情を優先していた事に気付きハッとしました。娘へのケアも考えなくてはいけないと、今になって感じています。娘は祖父の死によって、いつかは親の死が訪れる恐怖もやはり感じているようです。どのように話をしてあげればいいでしょうか? 私自身も、今はまだ辛いし娘と同じように先の事に恐怖も感じています。私も娘も今を乗り越えるために是非ともアドバイスをお願いします。

有り難し有り難し 15
回答数回答 1

おじいちゃんの死

4日前に大好きなおじいちゃんが亡くなりました。91才でした。 いつも笑顔で本当に優しかったおじいちゃん。 もう会えないことが寂しくて仕方ありません。 亡くなる前日病院に会いに行ったときはまだしっかり意識はあり、最後に見たのは私が病院から帰る時 「またの またこいのう」という優しい言葉と笑顔でした。その時直感で、これが最期かなという気がしたした。 悲しくて寂しくてふいに涙が溢れます。 そこで、いくつか教えて頂きたいことがあり、お応え頂けたら幸いです。 おじいちゃんの息子(私の伯父)は28才という若さで自死をしてしまいました。 優しい伯父でしたが、きっと色々なことがあり鬱から抜け出すことができなかったのだと思います。 母の弟なのですが詳しいことは聞けませんが、幼い子を残し旅立ちました。 私の伯父も天国にいるのでしょうか? そしておじいちゃんは伯父に会えますか? 私もこれから生き抜き、生涯を終えた時、またおじいちゃんに会えますか? 会えるのは一瞬ですか?一緒に過ごせたりしますか? 残された高齢のおばあちゃん一人の為に私が出来ることは何でしょうか? おじいちゃんが私へ伝えたいメッセージがあれば知りたいです。 沢山質問してごめんなさい。ひとつでも知りたくて、おじいちゃんとの繋がりを確信したいのです。 よろしくお願いします

有り難し有り難し 22
回答数回答 2

母の突然死 後悔ばかり

母が突然死しました。起こしに行くとすでに冷たく死後5〜6時間が経過している状態でした。 元から精神的な病気がちで寝ている事が多く同居している家族も気づかなかったそうです。その顔は本当に眠っているようにいつもの寝ている姿勢のまま綺麗でした。 近所に嫁ぎ妊娠中に急遽体調不良になり入院し出産してからはたまに顔を見せに行っていました。 その度に喜びいつもなら自分の体調の事ばかり話す母が私や子供の事ばかり気遣ってくれ喧嘩もする事なく平和に過ごしていました。 最後に、孫の体調の心配やまた遊びに来てねと電話で話し3日後亡くなり全く気持ちが整理できません。まだ孫は3か月。 第一発見者は私でした。いつもならわざわざ寝室に入り身体をゆすったりしないのですが何故かその日は体が動き母を発見しました。色んな偶然が重なりの発見でした。 母はあの世で幸せに暮らせますか? 中々子育てや家事や自分の体調に追われて会いに行けなかったから寂しい中で死なせてしまい悲しんでいないでしょうか? また私は母に呼ばれて 遺体を発見したのでしょうか? 母にまた会えますか? 夢に母がよく出てきてくれますが未練があるのでしょうか? 質問ばかりで申し訳ありません。

有り難し有り難し 40
回答数回答 1

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