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父親の死について

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初めまして。
父親が亡くなってから、3ヶ月経ちました。

仕事中に亡くなりました。原因は、会社側にあるとのことです。

家族みんな、突然の出来事すぎて、悲しいしさみしいけれど、まだ生きているようにも思います。

父親は"これから"がある年齢で亡くなりました。

孫がたくさんいます。私は、父親に孫との思い出を沢山作らせてあげたいと考えていました。

それなのに、失礼にはあたると思いますが、病死ではなく、仕事中のしかも原因は会社側にある死に方。

受け入れたくても、受け入れきれません。

相談したくて書き込んでいるのか、ただ聞いてほしくて書きこんでいるのかもよく分かりません。

気になることはあります。

・こういう突然の死は、父親の運命?だったのか。
・父は、あの世という世界へいけているのか。

この2点が気になります。

お坊さんの経験談?でもいいので答えていただきたいです。

あと、夢に父親が出てきます。亡くなったばかりの頃は、父親から大丈夫と聞かれました。

最近は、夢の中で私は生き返ったと思っているのですが、身内ではなく他人、医療系?の人に死んでるんだからかわいそうだよと言われました。

何か意味はあるのでしょうか。私が考えすぎなのでしょうか。

乱文になってしまいましたが、なにか一言でもいいので、いただけたらと思います。よろしくお願いいたします。

2015年3月21日 5:40

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お浄土は「自他を越えて一つに溶け合う世界」

まずは、お父様がお亡くなりになりましたことに、衷心よりお悔やみ申し上げます。仏教は私たちに起る様々な出来事を運命論で説くことはありません。仏教は縁起によって物事をとらえます。ですので、どんなにふびんな死に方、または納得がいかない死に方であっても、それは様々な因縁によって引き起こされたもの(因縁生起)として受けとめます。また、生と死の関係を言えば、私たちの生(いのち)は、未来に訪れる「死」に向かって進んでいるのではなく、私たちの生(いのち)は、いつも「死」と共にある、と言うべきだと私は思っております。
さて、私が信仰している浄土真宗では、阿弥陀如来のお力(「本願力」と言います。)で、亡き人は悉く極楽浄土(仏の国、悟りの世界)に生まれると説きます。そこは、「一切のものが等しく、自他を越えて一つに解け合う世界」で、何の障りもなく、「青い花は青い光を、黄色の花は黄色の光りを、赤い花は赤い光を、白い花は白い光を放っている」と『阿弥陀経』には説かれています。また、お浄土は「倶会一処(くえいっしょ)」の場、つまり、ともに一処に会う場とも説かれています。死後私たちは、一切消えて無くなるのではなく、先程述べましたように、一切のものが等しく、自他を越えて一つに解け合う世界に生まれるのです。
ところで、阿弥陀如来は私たちを極楽浄土という世界に導いてくれるだけではなく、そのお浄土からこの世に残された私たちを救うために、再び還らせてくれる働き(「還相(げんそう)」と言います。)を亡き人にお与え下さる、ということです。親鸞聖人は「一人いて喜べば二人とおもえ、二人いて喜べば三人とおもえ、その一人は親鸞である」と言い残して世を去られたといいます。またある人は「人生のきびしい日暮らし、いとなみの中にあって、先だっていった肉親を慕い、お念仏申すところ、そこにわが親は、わが夫は、わが子は還相したもうているのである。」と申されました。今生での別れは再び相まみえることのない決別ではないのです。人の死は避けることの出来ない人生の悲しみではありますが、その死が私たちに教えてくれる人生のあり方を顧み、再び故人と出会うことができる身になりたいものです。

2015年3月21日 11:16
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おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...

それをそう想うのは誰か

Qこういう突然の死は、父親の運命?だったのか。
A運命ではありません。
いろいろな状況や出来事や体調の変化などが重なってそうなってしまったのでしょう。
運命という根拠の無い都合のいい言葉で片付けてしまうことは無明を増長させるだけですのでおやめになった方がよろしいと思います。

Q父は、あの世という世界へいけているのか。
A
人が亡くなる事をあの世にいった、という表現をすることがありますが、ちゃんと亡くなられました。
だから、あの世に行ったという事は言う事ができます。
大切な事は、故人様が亡くなられた後の私たちの生き方が問われます。
「あの世に行ったのだろうか」という疑問がある、不安定な日が続くという事は、あなた自身に心残りがある、成仏していないという思いがあるという事でしょうから、本当に、あなた自身も安心するまで、仏の道を求めて頂きたいと思います。
「何を以て成仏したという事が言えるのだろうか」
「仏になるという事は本当はどういう事を言うのか」
私はこういう疑問があり、理解するまで求めました。
こういう疑問を明確に解決されると、自分自身がはっきりしてきます。
仏教に「こういう思想があるらしいから、どうやらそういうことらしい」というような曖昧な解決ではなく、我が事として真剣に考えてみて頂きたいと思います。
こじつけないこと。
こじつけは、純粋無垢なまっさらな出来事にあなたが色を付けて観ている世界です。
こじつけは物事を枉げて観る事です。
お父さんのご生涯に恥じない生き方、報恩の気持ちを持ってお父様が生きておられたらきっとお喜びになるであろう生き方をなさってください。

2015年3月29日 9:02
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖父の死を受け入れる覚悟ができません

初めて質問させていただきます。 拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。 現在唯一存命の祖父が長くないと言われました。 最初にその話を聞いたのは3年前のちょうど今頃の時期でした。 当時、祖母が亡くなって2年。一人暮らしを始め、なかなかうまくいって楽しい生活を送っていると聞いていました。 そんな祖父も寄る年波には勝てずそれほど難しくなかったのですが心臓の手術をすることとなり。そしてわずかな確率で併発すると言われていた脳梗塞を発症しました。 あれから3年。 病状も徐々に回復し、リハビリを頑張りそれでも麻痺は残ったため 1人で生活はできなくなってしまいましたが、施設に入り それなりに楽しく生活していました。 しかし先月再度脳梗塞を発症し、今度こそ寝たきりになってしまいました。 そして2週間前。 母からもう余命3ヶ月と伝えられました。 でももしもう一度脳梗塞を発症したらそれより短くなってしまうこともあると言われました。 私は頭が真っ白になり久しぶりに大声で泣きました。 そして私は今祖父母の家にいます。 両親に生後半年の息子を預かってもらって1人で来ました。 幼い頃から休みになるとよく来て遊んだ思い出がたくさんあるこの家に。 寂しくて、悲しくて着いてからずっと涙が止まりません。 祖母の仏壇の前で連れて行かないでくれと泣き、ふとした瞬間に様々な思い出が蘇ってはまた涙しの繰り返しです。 まだ祖父には会えていません。 明日病院にお見舞いに行く予定ですが感情を抑えられる自信がありません。 でも今回の面会が最後になるのは確実です。 後悔がないように、そして最後は笑顔で。 そう考える度に終わりが近いんだと思い知らされまた涙が止まりません。 幼い頃から私達姉弟を文字通り溺愛して1番可愛がってくれた祖父。 大人になってからも会いに行けば昔と変わらず可愛がってくれる祖父でした。 私の結婚も心の底から喜んでくれ、息子の写真も施設の部屋に飾ってくれて。 お盆になったら息子を連れて会いに行こうと話していた矢先の余命宣告でした。 人はいつか亡くなるって分かっていても。 でもその覚悟と気持ちの整理ができません。 どうしたら良いのでしょうか。

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仕事と父の死について

いつもお世話になっております。 突然ですが、先月の20日に医療過誤で父が他界しました。 それから1週間仕事をお休みを頂いて、今月から復帰しました。 新人という事もあり、仕事も覚えられていない中で1週間のブランクは大きく、失敗ばかりで先輩に呆れられてしまいました。 父の死に目にも立ち会えなかった事、生前父に恩返しの1つも出来なかった事、それら全てを見たくないと逃げるように仕事に行きましたが、仕事は失敗ばかり。家に帰れば父の姿はなく、現実が襲ってきて、帰って来るなり泣きながらシャワーを浴びて寝るという日々を過ごしてます。 会社の先輩には、もう少しお休み頂いても良かったんじゃない?と温かいお言葉を頂きましたが、社会人なのにいつまでも悲しみに暮れて仕事が出来ません。なんて言い訳が通用する訳もなく、殆ど気力で仕事をしてました。 けど気力でなんとかなるほど仕事は甘くなく、失敗ばかりして先輩には迷惑ばかり掛けてしまってます。 失敗すると自己嫌悪で半日は引きずるタイプで、泣き虫なのに泣いたら先輩に迷惑だと涙を堪えて、家に帰れば現実を受け入れられず泣いて。 会社の先輩方はいい人達ばかりで、父の死の事には触れず、仕事だけをきちんと向き合ってくれます。 それなのに私は、仕事は身が入ってない、覚えは悪い、失敗すると自己嫌悪オーラを放つ、キツく言うと泣く…… こんな自分が心底嫌で仕方ないです。 まだ四十九も新盆もあるのに、こんな 調子で母を支えられるのか不安です。 母は自分の心配だけしてればいいから!と言われましたが、頼りない姉のせいで私がしっかりしないといけないので、仕事中もこれからの事を考えて不安になってしまいます。 こんな負のループで何事も上手く行きません。 どうかこれからの事ご教示いただけないでしょうか。

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恩師の死から現実が混乱する

こちらで恩師の死について何度も質問させて頂きましたが、相変わらず受け入れられない日々が続き一年以上たちました。でも一瞬、失った悲しみを感じることがあり急に号泣したり名前を呼んだりしてしまいます。でもまたすぐに理解できず、何事もなく普通に戻ります。自分では意識していないのにとうとう体の不調も出てきました。離人感に襲われたり、急に不安になったり、自分がもう一人いるような感覚になり、おかしくなりそうな自分を必死に閉じ込めるような感覚です。きっと内科的には異常はなさそうで、心療内科へ行くべきですが、行きたくありません。薬漬けにされたくもないです。 私は病んだり恩師の死にストレスを感じている意識はありません。でも、受け入れられず、理解もできず。。なのに恩師に会えない。一年も会ってないなんて不思議なあり得ない感覚です。 私自身とても戸惑っています。恩師と一緒に仕事していた頃の元気でパワフルな姿と、病気で痩せ細り変わりゆく姿も、同一人物とは思えず今も元気でいるような感覚もするし、でも病気になって亡くなった現実もたまに感じるし、自分でも混乱中です。あまりにも衝撃的な出来事だったのだと感じます。ゆっくり何年もかけて咀嚼しながら受け入れていくつもりでしたが、時間が経てば経つほど、自分の中で分離していくというか。元気な恩師がいる世界と、亡くなってこの世にいない世界を私が行き来しているような感じです。そのため、今が何曜日なのか今の季節が夏なのか冬なのかも分からなくなってしまうことがあります。恩師の死だけでなく、現実そのものが狂っていくような、ずれていくような。。 今いるこの世界も現実も、夢のような気がします。かといって、毎日泣いたり病んだりしていません。普通に過ごしています。体の不調や離人感を除けばいたって普通です。たまに混乱することがありますが、気持ちは消して病んではいません。専門家にかかるのが1番なのはわかっています。きっとそれが1番だと思います。でもその前に、ここで聞いてもらいたくて。私の心や体の不調はお医者様に任せようと思います。でも、また違った目線で私と恩師のことを見てくださいませんか、、

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心が苦しくて苦しくて

長分ですが、経緯をお話します 先月前夫が突然亡くなりました。 大動脈解離でした。 私と子供達が骨を拾いました。 昔から嘘ばかりをついて、お金でも、ものすごく苦労させられました。が、楽しい事もあったりで憎みきれず、生活を立て直す為5年間別々に暮らしましたが、孫の世話の為、近々また家族一緒に暮らすよう家の購入準備していました。 今だに嘘ばかりで亡くなってからわかりましたが、今年に入ってから仕事を辞め、働いているふりをしていました。さみしかったのか半同棲の女もいました。その女が倒れていたのに救急車を直ぐに呼ばなかった為手遅れで、私達は最期に間に合いませんでした。 私には「家族と一緒に暮らしたい」と言って家族で住む家を一緒に見に行ったりしていたのに、裏切られたようで。 私も強がって「一緒に暮らすまでは」と思い優しくしなかったし、頻繁に会わなかったし。 私がもっと早く家を決めて一緒に暮らしていたら、例え倒れても直ぐに病院に運んで半身マヒでも生きていただろうと自分を責める事しか出来なくて。 何が本当で何が嘘なのか、もう本心を聞く事も出来なくて、心にポッカリ穴が空いたようで、ただただ、さみしくて会いたくて、会って本心を聞きたくて。 四十九日までは愛する人の傍にいると聞きましたが、どっちにいるのかわからないし。さみしくて悲しくて。そんな事ばかり考えてて心が悲鳴をあげて心います。 助けて下さい。

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初めて質問させていただきます。 よろしくお願い致します。 五日前に父が他界しました。 元々肺気腫で通院していたのですが、日常生活に問題なく、いつも愉快で楽しくて明るい父でした。家族みんな本当に仲良しでした。 それが、私が引いた風邪を拾ってしまい、高熱を発し……救急車を呼んで即入院。 たった4日で眠るように逝ってしまいました。 指定難病を持っている母には父の死が耐えきれず体調をガタガタと崩したため、親戚の助けを借りながら通夜や葬儀は私が全て取り仕切り、骨上げまで必死に頑張りました。 父は母を本当に大事にしていて、母を守るのを生きがいにしていた人です。 そんな人がいなくなり、母は日に日に気持ちが弱っていっています。 私も最愛の父の死を受け止められず、弱っている母の前で号泣してしまったり、母を守りきることが出来ません。 もし風邪を移さなかったら? 父が風邪を引いた時すぐに病院に連れて行っていたら? 24時間父に寄り添っていたら? 後悔と罪悪感で押し潰されそうです。 母の前でも、街の中でも、気がつけば父を呼び、涙が溢れてしまいます。 ふとした拍子に胸から痛みが駆け抜けます。 このままでは母にさらに負担をかけてしまいます。 でも父に会いたい・父の死が辛いんです。どうしても表に出てしまう。 私は父の死を乗り越え、母を守りきることができるでしょうか? すごく辛くて、苦しくて寂しいです。 どうすれば母を元気づけてあげられるでしょうか? 父に会いたい。 風邪を移してしまったのを謝りたい。 最愛で最強のお父ちゃんだったと伝えたい。 苦しくて苦しくて……。

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