友達を引き合わせたくない
私が仲の良かった人たちを引き合わせると、大体が仲良くなり私はどこかに置いて行かれたような気分になり、最終的には私はこの二人から離れたい衝動に駆られてしまいます。
過去に複数回同じようなことがあって友人関係を続けるのが嫌になって離れたこともありました。
また、友人を引き合わせるのが辛くなってしまいました。
自分が縁を繋いだと言えば気持ちがいいですが、仲良くなりすぎて私が話しかけてもそっけない返事をされてしまうともやもやとした気持ちになります。
先に仲が良かったのは私なのになあと嫉妬をしてしまいます。
幸せそうに話す友人達を見て、嬉しくもあり、辛くもあり……。
初めは仲良く話していたはずなのに気がついたら私は蚊帳の外のような気分になります。
このせいもあって仲がいいと思う友人は一時的か、とても長期的かの二択です。
長期的に付き合いのある友人はとても大事な存在ですが、誰かに紹介したいという気持ちも沸きません。
離れて行かれるのがとても怖いです。
自分の独占欲が強いのでしょうか。
仲良くなった人とはずっと仲良くしていたいと思いますが、無理なことなのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
今の友人を大切になさって下さい。
「離れていかれるのがとても怖いです」…とおっしゃっていますね。これがあなたの正直な御心でしょう。
皆がそうです。仲の良い人とはもっと仲良くしたいし、嫌いな人とは会いたくもないものです。
仏教に「愛別離苦」(愛し合う者同士が離れていかねばならない苦しみ)、「怨憎会苦」(怨み憎んでいる者に会わねばならない苦しみ)が説かれています。この二つの苦しみは納得されると思います。
実は、一番恐ろしいのは「愛別離苦」が「怨憎会苦」に変わることが少なくないということです。
愛し合っていた者同士、友人同士が何らかの事情で仲違いをし、恨むようになる…しかし、元々近くに存在していたため、その後も様々な場面で顔を合わせる、合わせざるを得ない状況に置かれる。この苦しみは耐え難いものでしょう。
あなたの恐れていることは、既に仏教に明かされていて逃れようのないことなのです。これは人間皆が持つ「煩悩」のためです。
この苦しみが避けられないのは辛いことではありますが、逆に避けられないのであれば、避けようとして心配したり、努力を重ねる必要がないということにもなります。
避けられないことはあきらめて、あなたが今できること、つまり長期的に付き合っておられる友人(人生の宝物ですよ…そんな友人に恵まれたあなたが羨ましいです。本当に…)を大切に、大切になさって下さいませ。
質問者からのお礼
ありがとうございます。
「愛別離苦」が「怨憎会苦」に変化する……心当たりが過去にあります。
避けられないことに無駄に心配したり努力する必要がない、諦めるという発想はなかったので驚きました。離れていく友人はそれまでであった、と思うようにします。努力しても離れていく人はそれまでですし……。
長期的に仲良くしてくれている友人たちには沢山の感謝があるので、私は大事にしていきたいと思っています。