hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

仏教では詭弁は

回答数回答 2
有り難し有り難し 15

仏教では詭弁にひっかからないためにどういう方法を教えていますか?

昔から詭弁を使って間違ったことを真実だと思わせようとしている人はいたと思うので、お釈迦さんは詭弁を見抜く方法を弟子に教えていたと思うのですが


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

そこに救いがあるかどうか

言葉たくみに立派な事を言っても、救われる中身が無ければ死に禅、死に仏教です。
詭弁や、たくみな論、深遠な教理と称する立派な言葉を並び立ってたとしても、実質的にそこに救いが無ければ役に立たない教えと言えます。
明治の禅僧栴崖奕堂禅師は「仏魔同相の時、如何が真偽を見極めん」という公案を弟子たちに与えています。
仏と悪魔が同じ姿でやってきた。僧侶の姿をしているからといってもあてにはならぬ。
さてどうやって、その真偽を見極めるべきか。
先日たまたま、キリスト教系の信仰宗教が押しかけ布教にやって来られました。
口では立派な事を言われるのです。
毎月布教の冊子を置いていかれるので、当方のも目を通して頂きたいとお渡ししようとしたのですが、
彼らは聖書以外を読んではいけないという制約があるというのです。
本当にそれが神ならばそんな料簡の狭い制約、縛りが必要でしょうか。
洗脳を深めるための都合の良い教義と言えます。
もっと緩やかなキリスト教の宗派もあります。
それを見抜けなければ、神仏の格好をした魔であるかどうかが見抜けないのです。
健康食品と称する、有害物質もあれば、今やしょう油風調味料、みりん風調味料、酢もほとんどが醗酵していない、酢❝風味❞の調味料です。
世にはびこる教えも仏教テイスト(風味)、仏教フレーバー(香料)だけで、上記の❝風味❞だけで中身が無いものも存在します。
ラベルはラベル。
中身にきちんとした薬効成分があるかどうか。救いがあるかどうか。
詭弁はあくまで詭弁。救いのための方便として、用いられることはあるでしょうが、仏教のメインはあくまで本人が救われることですので、論や詭弁にはたして、救いとしての薬効成分のある仏の教えが内在しているか、どうかです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


丹下覚元(たんげかくげん)
かくげん和尚の電話おなやみ相談  📞08020659278 そのモ...

仏教以外の教えを「外道」と言います。

外道とは仏道の外ということです。
仏教から見れば、世の中に溢れるさまざま教えや格言は外道となります。
例えば「夢は必ず叶う」というような言葉。
確かにそのように背中を押されることは大切です。
しかし言っていることは真実ではありません。
老いたくないと願っても人は老いますし、死にたくないと願っても必ず死なねばなりません。

仏教はお釈迦様(仏様)がおっしゃる真実まことの教え。
外道は人が作った詭弁・嘘が多い教えです。
つまるところ、人が言うことは信用できないのです。
お釈迦様がどうおっしゃったかを聞くことが一番安心できます。

追記:おっしゃる通りですね。お釈迦様はもうおられませんし、現代は末法の時代なので悟られた仏様もおられません。ですので今は過去の仏様が説かれたお経に依るしかありません。そのお経の中には『真実経』『方便経』『偽経』があります。『偽経』は仏様のお経ではなく人が作った詭弁と言えるでしょう。どのお経がどれにあたるか、それが宗派の違いになります。何が真実で何が方便かは、教学的な見地による裏付けと信仰の上における理解が必要です。そして最終的には信仰の問題になってきます。やはり『私にとって○○は正しい』ということになってくるのが『見分ける』ということになるのかもしれません。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1600件を超えました


始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

質問者からのお礼

釈心誓さん、いつも回答ありがとうございます。
しかし御釈迦さんが死んで直接聞くことができない今、どうやってそれが正しい御釈迦さんの教えを見分けるのでしょう?

丹下 覚元さん、いつも回答ありがとうございます。

なるほど、正しいかどうかではなくて役にたつかどうかを見るんですね。これなら自分にもできそうです。ありがとうございました。

「仏教全般」問答一覧

仏教とは?

こんにちは。私はとある信仰宗教の元信者です。その宗教ではその宗教のお経を毎日よんで、法名といわれるものをおさめ、つどいと称される会合に参加し、弥勒山という山に登ります。勧誘してきた人は私の20年来の付き合いのある方で、その信仰宗教をとても心から信じていました。しかし、私はこの信仰宗教に違和感を感じていました。職場の方に話してもら辞めた方が良いという回答でした。また、旦那が私には居ましたがその宗教を毛嫌いされ、彼の親族にも激怒され縁をきられてしまいました。私は今実家で幸せに暮らしています。仕事も頑張って居ます。勧誘された方は癌で若くして亡くなりました。彼女は最後までその宗教を信じていましたが、私も彼女もそのお経を毎日読みましたが、私は離婚し、彼女は命を失いました。これのなにが幸せなんでしょうか。私には弟が居ます。まだ若くこれからどうなるか分からないですがきっと結婚するだろうと思います。義理の妹は果たして私の事を理解してくれるかと不安になり、檀家になってるお寺のお坊さんに相談しました。その方は瞑想会をしていて、瞑想すると涅槃の境地に近づけるとの事で、私は毎日するようになり、瞑想会にも参加するようになり、元の信仰宗教は辞めたい。と彼女の旦那さんや支部長に言って辞めさせていただきました。しかし、彼女には本当にお世話になったし、お経を読まないと瞑想出来ない脳になってしまったので、辞めてもお経は読んでいるし、彼女のお墓にお墓参りに行こうと思っています。信仰宗教で出会った方々とはまだLINEで繋がっています。このままいくとまた、戻ってしまうかどうか心配です。私は幸せになりたいからやってるんではありません。ただ、お墓参りして、お経読んで、瞑想して、線香あげて。私は仏教なんて全然知りません。お経の意味も分かりません。でも、これから勉強したいと思います。信仰宗教であげてるのは簡易なもので独自の解釈がされていて本質ではないと思います。瞑想の檀家のお寺のお坊さんも良い方ですが、わたしが涅槃までいけるかどうかは分かりません。こんな私は社会から見ておかしな人間なのでしょうか?仏教ってなんなんでしょうか?お経読む事でしょうか?墓参りする事でしょうか?瞑想する事でしょうか?私は宗教を理由に仕事休んだ事はありません。信仰宗教勧誘は一度しかやった事がなく、家族からも止められてるので今はやってないです。

有り難し有り難し 36
回答数回答 4

最後の言葉「ありがとう、また会おう」

長文で失礼致します。 急ぎの相談ではありませんので、お時間のある際にお話いただければ幸いです。 もう1点、伺いたいことがあるのですが、お坊さま方もお忙しいと思い、別の機会にさせていただきます。 父親のいなかった私たちを、親代わりになって育ててくれた祖父が先日他界しました。 母や叔父と叔母にとっては、優しくも厳しい一面もある父親だったそうですが、孫全員には優しく頼もしく接してくれて、「いい思い出」しか残っていません。 ここ数年は持病が悪化し、コロナ禍ということもあり、楽しみにしていた大勢で食事を楽しむ機会を設けれなかったことだけは心残りです。 入院先の配慮で、最後にお話をする機会があり、駆けつけた祖母・母と叔父・叔母、孫全員と話をすることができたのが幸いです。 「遅くまでいると迷惑がかかる」と祖父に促され、亡くなる前日の別れの際にかけられた言葉が印象的でした。 「じーちゃんが死んだ後、コロナが収まったらな、ばーちゃんに会いに行ってやってくれ」 最後まで祖母を思う優しさ、そして。 「ありがとう……また、会おう」 この言葉は、もしかすると生きて会えるのは最後とわかっていて、「来世」でまた会おうという意味だと私は受け取りました。 葬儀をお願いした元々ご縁のあるお寺のご住職も、「今の別れは、ゆくゆくは浄土で再会するまでの一時的なもの」とお説法をされていたので、受け取り方は違ってなかったのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

初めて知った事に対して、怖いです

三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。 日本では平安時代に貴族の間で始まり[1]、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。 道教では人間に欲望を起こさせたり寿命を縮めさせるところから、仙人となる上で体内から排除すべき存在としてこれを挙げている ウィキペディアからコピーさせていただきました。 こちらの文章を読んだ上でご質問させていただきます。 質問ですが・・、本当に3匹の虫が体の中に入っているのでしょうか? とある小説でこのような事を知りました。 正直、今までこんな事知らなかったので、怖いです。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられと wikiに書かれていますが・・・、 寝ないで1日越した方がよいでしょうか?あまりいい気分がしないので教えていただけると嬉しいです・・。 お坊さんの方々もこの日は何か特別な事はやってらっしゃるのでしょうか?

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る