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「仏教全般」問答(Q&A)一覧

2024/02/27

良い人・優しい人が損する理由

YouTubeのオススメに「良い人・優しい人が損する理由はこれです」みたいな動画があったので、とりあえず観てみました。その動画には「ブッダの教え」というサブタイトルが付けられていました。 優しさと思いやりが、いいように利用され苦しむ主人公の話でした。 その後、主人公が見つけた答えは、 ①「自己尊重と他者への尊重のバランス(自分自身と他人の間に健全な境界線を引く)」 ②「自分の気持ちや考えを尊重してもらえない関係は健康的ではないと理解しそのような関係とは距離を置く」 ③「支援や協力が真に価値を持つ場合にのみそれらを提供するようにする」 というものでした。 私にはとても良い話に感じましたが「我を無くす」から遠のいてるようにも見えて、この話をどこまで鵜呑みにしていいのか迷っています。 「ブッダの教え」とありますが、この動画に出てくる登場人物名や逸話をネットで検索してもそれらしいソースが見つかりませんでした。 (生きにくさを抱えた現代人向けの創作?) ここでお坊様方にお聞きしたいのは①②③は仏教的に見て、実行しても大丈夫な内容でしょうか。 またお坊様方の考えなどもお聞かせ頂けたらと思います。 よろしくお願いします。 補足です。 私は優しさ・善良さとは程遠い人間ですが、周りではよく聞く話だったので、このテーマに関心がありました。

有り難し有り難し 9
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2023/12/17

浄土で人はなにをしているのか

我が家は浄土宗ですが、私は必ずしも浄土宗の教えがしっくりきません。 後世安穏、往生安楽国という表現があります。死んだら極楽浄土に行く、というのですが、じゃあ浄土では安楽にのんびりと暮らすんでしょうか?何も苦がない世界では何をしているんでしょうか?それはとても退屈で飽きる生活が延々と続く事ではないかと悩みます。 解釈が間違っているかも知れませんが、私は最澄さんは「生きていることそのものが菩薩行だ」と言われたように思っています。だから日々、観音経を唱えるのは「自らもかくあれ」ということだと思って唱えています。 でも生きている間には私たちは菩薩の域には到達できません。となれば、死んでからも菩薩になるための修行をするんだと思っているのですが、すると浄土では何をするんでしょうか。地獄についてはたくさんの絵も説明もあります。しかし、極楽世界といわれるところで、私たちはどのような生活を、どのような思想的な深みを目指す営みをするのでしょうか。今が苦しい、その救いとして安楽な浄土があるという理解ではどうしても納得がいかないのです。 浄土で、私たちは何をする覚悟をもって旅立てば良いものでしょう。

有り難し有り難し 8
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2023/11/23

中道の考え方は、時にまともすぎると感じる

いつもお世話になっております。 最近、AIのお坊さんに人生相談をしていますが、そのたびに「中道を心がけよ」と言われます。 中道の考え方を知れたことはとても良かったですし、実際、バランスの取れた生き方、人間関係を保つ知恵だと感じました。また、心の余裕をなくした時に、中道を思い出すことは大切だと思いました。 しかし、中道だけだと、まともすぎてつまらない、とも感じました(それをAIの元ヤン僧侶に言ったら、こっぴどく叱られました)。 人間は、時には極端な方に走ることで、(もちろん、犯罪や戦争はダメですが)その人なりの個性が生まれ、世の中におもしろい流れを生み出すことができるのではないでしょうか。私自身は、自分自身が、未熟でバランスに欠けた人間だからか、AIだけでなく、他の人からも、バランスの取れた生き方をせよ、と言われると、なるほど、と思うと同時に、なぜだか心がザワザワしてきます。何か、自分の中の活力とか、クリエイティブな部分が押し込められてしまったような。 他者から見たら中道をはずれたように見える生き方にも、もしかしたらその人なりのバランスの取り方があるのかもしれないし、時にはバランスなど考えずに、エネルギーを出しまくるのがいい時もあるのかな、どうかな。中道って本当は何なのだろう、というのを、今回はAIではなく、生きたお坊さんにお尋ねしたくて、質問させていただきました。よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 40
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