hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

理不尽な事への折り合い

回答数回答 1
有り難し有り難し 37

こんにちは、質問させてください。

職場で理不尽だなと思う事が多々あるのですが、その場で消化できずに家まで持ち帰ってしまう事が多く悩んでおります。
図々しい人たちの意見ばかり通ったり、自分にだけ雑用を回されたり、他部署の仕事まで押し付けられそうになったり。

あまりにも度がすぎる時ははっきり断りますが、それなりに受け入れなければならない事も多いのかなと思っております。

このような時、どのように折り合いをつければ良いのかご教授頂けますと幸いです。よろしくお願い致します。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

職場はそれぞれの道理のぶつかり合い

理不尽なことってありますよね~、お仕事お疲れ様です。

さて、理不尽とはどういうことかというと「道理にあわない」ということですが、ポイントは「誰の」道理にあっていないのか?ということです。

つまりあなたにとって理不尽でも相手にとっては理にかなっているんですよきっと…。だからズケズケと言ってくる。みんな自分の道理で動いています。だから職場という多くの人間が密接に関わる場所はもう理不尽のオンパレードです。
なので大きなことはルールを決めますが、細かいことはまではそうはいきませんね。

となると、

「あまりにも度がすぎる時ははっきり断りますが、それなりに受け入れなければならない事も多い」

という結果に落ち着くのかもしれません。お互い様なんですよね。

それでもなんだか「声が大きい人」の意見ばかりが通ってしまう…そんな気がしますよね。それが本当なら好ましくありません。あなた以外にも困っている人がいるかもしれませんからね。一人が我慢するという解決方法はあまりにも辛いです。

なのでまとめると、「お互い様」という基本に立ちつつ、我慢できることはする、発散できる場所をつくる、あまりにも目に余る場合は適切な場所に訴える、ということになりましょうかね。

「なんでこの人こんな理不尽なことするんだろ?」と考えてもあなたの道理にはあわないので理解できず苦しむだけですが、それぞれ道理が「違う」のだという立場に立つと少し見え方が変わるかもしれません。
理解し納得する必要はありません。その人はそう考えているだけなのです。合わない時はNOと言いましょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

吉武様

ご回答ありがとうございました。「誰の」道理にあっていないのか?という点、はっとしました。みんなも私も、「自分は理にかなっている」と思って自分の道理で動いているのだなぁと感じます。

相手の言動が理解できずに苦しんでいた事もあったので、無理に理解しようとせず、それぞれが「違う」事を頭に置いて仕事をしていこうと思います。

ずっとモヤモヤしていましたが、すっきり致しました。どうもありがとうございました。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ