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お坊さんたちは

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理不尽なことが起きたとき、腹がたったとき、気持ちのやり場がないとき、落ち込んだとき、、、

どのように気持ちを前向きにしていくのですか?

また、落ち込んでいる人に出会ったときどんな言葉をかけるのですか?
↑その方の話を聞いてによるとは思いますが、、

教えて頂けたら嬉しいです(^^


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

普通に落ち込みます

普通に落ち込みますよ!笑

ただそのあとの回復は早いかもしれません。

落ち込んでどうにかなる問題なのか、怒ってどうにかなるのか

ということでしょう。

瞬間瞬間の感情は普通に起きます。怒らない人も落ち込まない人もいないでしょう。感情は起こるものなのでコントロールできません。
しかし、その感情を抱えていてどうにかなるのか、ならないのかの見極めができると楽になるのかもしれません。どうにもならないことで落ち込んでいてもどうにもなりませんからね。それにとらわれ、停滞していても道は開けてきません。

頭の中の遊びに終わるのか、次に有効な反省になるのか、の違いで一つの物事に割く時間は変わるのだと思います。

ただ、落ち込んでいる人に向かって「落ち込んだってしょうがないよ」とは言いません。
…いや、言っちゃう時もあるかもしれませんが気を付けています。やはり「傾聴」「同意」のスタンスは大事なのでしょうね。

私は浄土真宗ですが、阿弥陀仏の救いは「いつでも・どこでも」はたらく「ありのまま」の救いなので、落ち込む時は落ち込んだままに共に落ち込むのが基本でしょう。その、常に共にいて見放さないというところに、立ち上がる光もまた差し込んでくるのだと思います。

その人はきっと、落ち込みたくて落ち込んでいるわけではないし、自分の力だけで落ち込んでいるわけでもない。落ち込むご縁がととのって落ち込ませていただくのですから、落ち込むこともまた仏様からいただいた喜ばしいご縁なのです。
ならば落ち込んでもいいし、立ち上がってもいい、どんな自分でもありのままでよいのだ!という救いの光に気がつけるような手助けはしたいなと考えています。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
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