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負のエネルギー

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有り難し有り難し 39

おはようございます

お坊さんは負のエネルギーに流されそうになることはございませんか?
どのようにして留まっていらっしゃいますか?

よろしくお願いいたします

2016年10月24日 10:13

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人間は弱い、だからこそすべては仏の御手の中に

おはようございます。

ダウンタウンの松本人志さんが

「自分の中で優しさが沈殿してるって感じる時あるね~ 誰かにかき回して欲しいね~」

とツイートし、話題になっていましたね。TVでも同じように発言していました。相模原の施設における事件に関連してであったと記憶しております。

また、乙武洋匡さんはTVで

「性善説・性悪説って分け方があるけど、どちらもしっくりこない。私は性弱説だと思っている。人間は弱い。常に正しくありたいとは思っていて、普段はそうやって生きているんだけど、時にはダークサイドに落ちてしまう弱いところがあるっていうのがしっくりくる。」

と発言していました。

私も両発言ともその通りだなと感じます。

人間は弱い、あまりにも弱いです。だから迷うし流されるし、虚しくもなるし、凶暴にもなったりする。

だから仏様の明るく正しい智慧に照らされなければならないんだと思います。
これは、勉強して正しい知識をみにつけようということではありません。弱いからこそ、自分を強く見せるために手にしたもの振りかざしてしまう。過った使い方で誰かを傷つけてしまう、そういう愚かさをもっているのだと教えてもらうということです。手にしたものを一枚一枚はがしてもらう必要があるのかもしれませんね。

仏様はそんな私たちを見ても裁きません。どんな私でも「そのままでよい」と包んでくださいますが、そこに「それでいいのか?」という促しもはたらくのだと感じています。

絶対的な肯定に自らをゆだねるからこそ自分を否定できる。負のエネルギーをも包んでくださるから、それに気づかせていただける。

「仏様は許してくださるけど、悲しむだろうなあ」ということはしたくありませんし、「仏様が喜ぶだろうなあ」ということをしたいと思います。

まあ、ご縁がもよおせばどんなふるまいもしてしまう弱い私なんですけどね。だからこそ仏様は放っておかないのでしょうね。

2016年10月25日 9:31
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

追記10月26日 流されまくりですが、煩悩に気付くように。

負のエネルギーに流されまくりの毎日です。
ここではとても書けないような非道い負のエネルギーです。
そんなときは、私は、「欲・怒り・怠け・プライドは煩悩だ、煩悩は悩み苦しみの原因だ」ということを思い出すようにしています。
「欲・怒り・怠け・プライド」
と念じて、心の中の煩悩を毎日スキャンしてみてください。
煩悩という悪魔は、色んな感情に化けて現れます。
悪魔が一番嫌がることは、正体を見破られることです。
私達が「この感情、正体は煩悩だな」と気づいたなら、
悪魔は、「この人は私の正体を知っておられる」と恐れおののき、逃げてゆくのです。

追記10月26日
欲も煩悩なんですが、欲を完全になくすには悟る必要がありますので、私達には難しいですね。
欲が働いているときは快楽が発生しています。楽しいからもっとしたい、もっと欲しい、という場合など。
私達は、とりあえず、欲のせいで間違った行いをしないように気をつければよいと思います。
たとえば、自分の欲のために犯罪に走る人や、自分勝手な行動を止められない人もいます。しかし、欲を制御して犯罪をやらないようにした方が善いのです。
欲は、野放しにしたら危険ということです。

2016年10月25日 19:22
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

ありがとうございます

松本人志さんの発言は理解しかねますが、乙武さんの発言はわかりますね
性弱説、言い得て妙です

仏様は慈悲深いですね
何をしても裁きませんか

仏様が悲しむだろうなぁ、という感情は個人的には亡くなった母に通ずるものがあります
なるべく仏様(母)の喜ぶ事をしたいですね

文法様(お坊さん)は御自身を弱いと認めていらっしゃるのですね
自己を理解することから、始まるようですね

私は弱さとは戦わなければならないものと思っておりましたが、あるがままの自分を受け入れる事が強さなんでしょうね

ありがとうございました

初めまして
ありがとうございます

浄史様は沢山葛藤されていらっしゃるのですね
怒り、怠け、プライドが煩悩というのは理解出来ましたが、欲については疑問が残ります
恋心は欲で、煩悩に入るでしょうか?

この欲に浸っている時は精神的に安定するのですが、もし煩悩であるなら断ち切らないといけませんね

煩悩は悪魔ですか
残念ながら私には目利きは出来なさそうです
自分で自分がよくわからないからです

しかし、自分を見つめ直す良い機会かもしれません

ありがとうございました

浄史様
追記拝読させて頂きました

欲ですが、やはり快楽ですか
あまりしたいとか、欲しいといった欲求はありませんが、精神的に落ち着くということはどこかに存在するのかもしれませんね

犯罪はしないに越した事はありませんが、欲を完全に制御するのは困難を極めそうです

ありがとうございました

「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

禅の心

以前、代々ご家族の血縁でお寺をされている長男のお坊さんとお付き合いさせて頂いておりました。 私は、小さい頃からずっと日本の文化が 好きです。行動や意味、全てに想いが詰まっていると思うからです。禅もそうだと思います。宗派や教えは違いますが、修行する意味、教えの意味、そこにある想いは一緒だと思うのです。 彼は継ぐ決心が出来ず、実家のお寺を離れて大学生をしている時に出会いました。彼のお父様にお会いした時、すごく違和感を覚えました。言葉では表しにくいのですが、冷たい…ドライな感覚です。彼もお坊さんになる決心をして、修行に行くまでの期間、その違和感に似たものが私の中でどんどん大きくなっていきました。偏見の言葉や、権力には敵わないなどの発言も多くなっていきました。お父様そっくりでした。 お別れした後、周りの方からは「私達には分からない世界だからそれは仕方ない」「私達には分からない重圧があるのだろう」と。 それが私には納得がいきません。生きていくだけで辛い事、苦しい事が沢山あります。それはお坊さん一般人関係なく平等にあるものだと思います。 お寺の世界とは、一般の世界とは違うものなのですか?今まで自分が信じてきたものが分からなくなる時があります。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

坊主と乞食はどう違いますか?

挑発的なタイトルで申し訳ありません。もっとマイルドにしたかったのですが、字数の関係でできませんでした。決してお坊さんを馬鹿にしてやろうとか、悪口を言ってやろうとかいう気持ちはありません。むしろ日々尊敬しております。なのでそこの所をご理解いただけたら幸いです。 本題に入ります。 まことに、大変失礼な質問だとは思いましたが、心の中にふと思い浮かんでしまいました。 仏教書を読んでいたら、「仏教の出家者は一切の生産活動を放棄して修行に専念しなければならないので、一般の人たちからお布施をもらわないと食べていけません。」とありました。 その部分を読んだ時に浮かんだことは、「お布施をすることによって、お布施をした人にはなんのリターンがない。これでは乞食に施しをするのと同じでないか?」ということです。 もちろん、お布施をすることによって功徳が積める、物惜しみに打ち勝つことができるというのは分かっているのですが、現代人にそんなことを言ってもそれが何だよ?と鼻で笑われるでしょう。もし私が誰かに「坊主と乞食って何が違うの?笑」と聞かれたら私はなんと答えればいいのでしょうか? ちなみに身近なお坊様(そこそこ名のある立派な人です)にこの質問をしたら「違わないんじゃね?」とのことでした。ハスノハのお坊様方はどうお答えになりますか? 大変罰当たりな質問だと思います。このことで私の身に不幸が起こったら甘んじて受けるつもりです。しかし、後学のためになんとかお答えしていただければ幸いです。

有り難し有り難し 59
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