お叱りください

こんなことを質問させていただいて良いのかわからないのですが…

すべてもう遅いとりかえしがつかない、人生立て直すにももう無理だと思い、前まで一生懸命に頑張っていたことも頑張る気力がなくなってしまっています。

自分の今までの行いがただ悪かったから自業自得なのですが、悪に悪を塗り重ねもう自分が嫌になってしまいます。

そうすることでしか自分を守ることができず悪の環境から結局抜け出せれず、変わることが出来なかった、自分が弱く誘惑に打ち勝つことができなかった。
自分が情けないしもう何もかも嫌になってしまいます。

中絶の経験もあり、うつ病になり、気がつけば人生に相当の遅れをとってしまい、悪を重ねてしか生きれない、うそをついて進もうとする自分に本当に悲しいです。もう戻れません。
「人の道」をしっかりと歩みたかった。本当に悲しい人生です。上辺で偽りではなく心から人生を大切に生きたかったです。
中絶のこともあり明るく過ごすものの、すぐに心に重くのしかかりため息ばかりでます。

生きていても、何があるのか、悪に悪を塗り重ねることしかできない未来に希望がない、こんな人間生きていて良いのでしょうか。

お忙しい中このような投稿をし申し訳わけございません。

後悔・自己嫌悪
有り難し 46
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

自分を慈しんでください

さつきさん

中絶を経験され
罪の意識に苛まされて
自分を責め続けてきた

なんとか罪を償おうと
一生懸命頑張ってきた

そして未だ
こんな人間が生きていていいのだろうか
自分を肯定できずにいる

本当にお辛かったと思います。

罪を償おうと
一生懸命頑張って
人のために何かをしても
罪から逃れようとしている限り
逃れることは出来ないでしょう

頑張れば頑張るほど
自分を疲弊させ、出口の見えない
苦しみを味わい続けるのではないでしょうか

罪は引き受けるしかありません
何をしても許されることはない

本当に許されないことをしてしまった
本当に申し訳なかったと
罪を引き受けて生きる覚悟が出来れば
罪は罪でなくなります。

以前のお悩みも拝見させていただきましたが
宗派等にこだわらずに
さつきさんが手を合わさる場所で
頭を下げていきましょう。

また
人間は縁がハタラケば
いかなる振る舞いもしてしまう弱い存在です。
罪を犯すこともあれば
徳を積むこともある

頑張らなくていい
変わらなくていい
弱い自分に勝たなくていい
叱られて自分を鼓舞しなくていい

自分を慈しんでください

「人の道」を歩みたかったという心が起きた時
あなたはもう「人の道」を歩んでいます。

2年9ヶ月前

叱りません 叱れません

さつき様
人生はそれぞれ。罪の無い人間などいません。誰が貴方を叱れますか?

私の知人にも同様の悩みをかかえている方が何人かおられます。 その方達も心の中でどこかわだかまりがありながらも、各々人生を歩まれています。

ご自身が、悪の道と言われるなら・・・まずは1日1つ善の道を行われてみてはどうでしょうか? ご両親に感謝の言葉を伝える。 食事をしたた栄養になった食べ物に感謝し頂く。
どのような事でも構いません。

まず1日1つご自身が善だと思う事を行ってみてください。

人生は人の出会い、ご自身の行動、出会いのご縁によりどんどん変化していきます。

所縁吉祥。さつき様の人生を明るく照らすご縁に恵まれますように 。

2年9ヶ月前

業(カルマ)は、ある種のポイント制度

さつき様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず最初に、今しばらくはまだ無理かもしれませんが、いくらでもそのお心次第においては挽回可能ではないだろうかと存じます。

仏教では、懺悔文という偈がございますが、とにかくこれまでに積んだ悪い行いについて、心から慚愧して、懺悔し、二度と同じような過ちをしないように誓い、努力することと併せて、できれば悪業を浄化させていくための善き行いに励みて、善業を積むことが望まれることになります。

少しわかりやすい例えとしましては、業(カルマ)は、ある種のポイント制度であると思ってみて下さい。

悪いことをすれば、負のポイントが貯まる。逆に、善いことをすれば、正のポイントが貯まる。そのように考えてみて下さい。

もしかしますと、今のさつき様は、負のポイントがやや貯まりすぎてしまっているのかもしれません。

それはこのままではいずれ返さないといけない借金のようなもので、いずれそのマイナス分、必ずどこかで苦しむことになってしまいます。

もちろん、生きていく中で完全に悪いことをせずに過ごせるという者などほとんどいませんので、何も対策を立てなければ、当然に、知らず知らずの内にでも無明(根本的な無知)や煩悩の働きにより、マイナスポイントが貯まっていってしまうものでございます。

問題は、そのことにまずは気づけているかどうかであります。でも、さつき様はご自身の行いについてよく理解されておられ、慚愧の思いをもっておられますので、十分に気づかれているのではないかと存じます。

ならば、そのマイナスポイントを今度はプラスのポイントで消して(浄化して)いってあげるようにできれば良いのであります。

もちろん、その間にもマイナスポイントもやむを得ずに貯めていってしまうでしょう。それでも、それを上回るようにプラスポイントを稼いであげていけば良いのであります。

そして、何とかプラスマイナスゼロか、できればプラスへともっていって頂ければ、その果報は、決して最終的には悪いものにならないかと存じます。

また、そのプラスポイントを稼ぐための方法が仏教の教えの中には実はたくさんございます。

是非、これを機会に仏教にもっと興味を持って頂いて、学びと修習に取り組んで頂けましたら有り難くに存じます。善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

2年9ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

遠浦山 松岩寺 小黒澤 和常様
優しいお言葉をありがとうございます。
みなさん進んでいらっしゃるのに、立ち止まってしまい甘えが生じているのだと思います。
悔い改めることなく、忘れてそのまま忘れ…
本当にどうしようもない逃げてばかりですが、せめて一日一善言い聞かせてどうにか進んで行けるようにがんばります。
ありがとうございました。

明福寺 中根信雄様
前回の投稿まで目を通していただきありがとうございます。ほんとうにおっしゃる通りで、罪を引き受けずに逃げ回ってるのだと思いました。罪や悪を引き受けるのにはを遅すぎ人生の立て直しができるのか、わからず覚悟が決まらないのですが、罪を罪と認めることはほうりなげず行わないといけないと思いました。
ありがとうございました。

岩瀧山 往生院六萬寺 川口 英俊様
もし挽回可能であるなら本当に頑張りたいと嬉しく思いました。
プラスマイナスの業のポイント制度と聞くと頑張って生きてきたつもりではいましたが気がつけばいつの間にか悪をなしつづけマイナスのポイントだらけで恐ろしくなりました。
焦りから正しい判断ができず良いことをなすことよりどう生きていくかばかりを考えてしまっていましたが少しずつプラスを貯める意識をしていこうと思います。まだまだこの先怖いですががんばります。
ありがとうございました。

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