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私は死後地獄行でしょうか?

回答数回答 4
有り難し有り難し 81

極楽浄土へ行くためには
戒律を守らなければならないと聞いたことがあります。
では戒律と私がしたことについて
殺生をしない
まずこれはどんな生き物とて殺してはいけないのですよね?
蚊やゴキブリなど殺していますし
肉や魚も食べています。

盗みをしない
盗みは少年時代よくやりました。
しかもつい数年前万引きをして
警察に捕まりました。
このことについては
反省しています。

酒を飲まない
ビールを飲んでます。

悪口を言わない 
極力言わないようにしていますが
嫌なことされたり頭にくることされると
時に反論や悪口を言ってしまう時があります。

嘘を言わない
嘘はついたことはよくあります。
大人になってからは正直に生きたいと
思ってましたが会社などで働いていると
普通に本音を言うと怒られたり
敵対されいじめの標的にされた事がよくあります
そういう経験をして以来
時に思ってもいない嘘を言って
ごまかしその場を乗り切ることがあります。

ふしだらなことをしない
これはあまりしませんがエロ動画や画像などは
鑑賞します。こういってことでも
ふしだらなことになるのでしょうか?

心から懺悔をし善行を積み
南無阿弥陀仏など毎日唱え修行をすれば
罪罰から遠ざかるとありますが本当ですか?

そもそも地獄は実在するのですか?

2016年11月22日 22:07

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

戒律を守れないからこその念仏

仏教徒の最終目標は全ての苦しみ迷いから解き放たれた覚り(悟り)に至ることですが、そこに至る為の心身と環境を整えるために戒律を守る必要があるのです。
しかし、現世において戒律を守ることは、私達凡夫にとっては大変難しいことですね。
そこで私のような浄土信仰の宗派の人は極楽浄土へ行くことを願うのです。
極楽浄土とは阿弥陀仏が造った国であり、覚りに至る為の修行の場所なのです。
戒律を守りやすい場所であり、阿弥陀仏の元で先祖と共に修行できる場所なのです。
そして、その極楽浄土へ行く方法が、例えば浄土宗であれば、阿弥陀仏の名を唱えること、つまり南無阿弥陀仏と唱えることなのです。
つまり、戒律を守れないからこそ、阿弥陀仏を信じ、極楽浄土を願い、南無阿弥陀仏と唱えるのです。

また、悪いことをしても、心から懺悔して念仏を唱えると、その罪は溶けて無くなります。
ただ、仏教的には無くなりますが、民法や刑法上での罪はやはり相応の罰を受けなくてはなりません。

また、地獄が実在するのかどうか、その解釈は様々です。私としては、人でも動物でも他の生き物でも、生きている限り地獄のような苦しい時というのはあるのだろうと思います。
しかし、お釈迦様のように覚りに至ればそこから脱することができるといわれています。なので、覚りに至る為にも先ずは極楽浄土へ行くことを願い、日々念仏を唱えるのであります。

南無阿弥陀仏

2016年11月23日 1:49
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

お念仏は免罪符ではない

死後に地獄行きならまだよいかもしれません。今、地獄にいないかどうかです。

お念仏は免罪符でしょうか?罪を消し去るものでしょうか?

観無量寿経というお経には

「仏名を称するがゆゑに、念々のなかにおいて八十億劫の生死の罪を除く。」

とありますが、これは何を意味するのか?念仏が免罪符として罪を消すものであって「八十億劫」の罪を消したとしても、すぐに「八十億劫+1」の罪を作るのが私たちです。

つまり、ここが意味するのはたとえいくつ罪を作ろうが往生浄土の障りとはならないということです。罪が消えて浄土に行くのではありません。浄土に行くのに罪は問題とならないという事です。
親鸞聖人は「自然の浄土」とおっしゃります。往生浄土は自然なことなのです。

では、死後の浄土行きが確定したとして、今のあなたは救われますか?目の前の苦しみはなくなりますか?目の前の罪を恐れなくなりますか?

そうではないでしょう。

それは死後に理想世界の極楽浄土に行くのだから今の苦しみなどなんともない、というような「今と死後との比較論」になります。

「世界には貧困や飢えで苦しんでいる人もいるんだからそれに比べたら私はマシ」論です。

そうではありませんね。往生浄土がたとえ死後だとしても、今、浄土のはたらきを受け、救われなければならないのです。

一般の仏教が、戒律を守り心身を清くして禅定を行い仏の智慧という山の頂上へ私が昇りつめていく仏道ならば、浄土真宗は山の頂上から仏が私のところまで下りてきてくださる仏道です。
戒からはじまる私の仏道ではなく、智慧からはじまる仏の仏道なのです。智慧のはたらきである阿弥陀の慈悲にふれるからこそ、感謝の気持ちと懺悔の気持ちがおこるものです。

地獄を作っていたのは私でした、極楽浄土に行く条件を作って自ら苦しんでいたのは私でしたと、「私」が「今」あきらかにならなければなりません。

「今」「私」があきらかになるならば、こんな私を必ず救うと誓う弥陀に頭が下がります。罪に怯える私ではなく、罪に懺悔する私の誕生です。

「くすりあればとて毒をこのむべからず」です。

滅罪は往生浄土の条件ではありませんが、罪はこのむべきものではなく、懺悔するものでしょう。
もともと「地獄こそ私のすみか」と言わざるを得ないような私たちです。阿弥陀の救いには感謝のお念仏を申すほかありません。

2016年11月23日 12:56
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

大切なのは諦めないことです。

花月園様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

無始以来、無知無明、煩悩による悪い行いによって、迷い苦しみの世界に幾度ともなく輪廻する中において、今世に至っており、その間、一体、何度、数えきれないぐらいに地獄にも落ちてきてしまっていたことでしょう・・

今さら地獄(のような苦を受ける心境涯)に陥ることを、さほど気にすることでもありませんが、しかし、だからといって、どうせ地獄行きだろうしと、諦めてしまっては、また同じ繰り返しになってしまいます。

何とか仏様とのご縁、菩提心をしっかりと大事に大切に育み、とにかく今世においても、できる限りに行いをより善くに努めていくことが大切となります。

拙生も毎日のお勤めにて、三宝帰依や菩提心生起、懺悔、各戒保持誓願を繰り返し行いつつ、日々の行いを反省し、一進一退の中ですが、ほんの数ミリでも悟りへと近づけるようにと思っております。

諦めずに取り組んでいければ、きっと何生か後には、やがてその菩提心が花開き、悟りの実を結ぶことへと繋がっていくことになると存じております。

共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

2016年11月23日 12:24
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

戒律は野球憲章とルールブックのようなもの

戒律は極楽とも地獄とも直結しているわけではありません。

戒律は仏弟子となって仏の教えを自分の生活の中で実践していくためのいましめとルールです。
プロ野球でたとえるなら、戒律は野球憲章とルールブックのようなものです。

プロ野球選手がプロ野球選手として認められるには野球憲章とルールブックにしたがうのは当たり前です。
しかし、それだけでは優勝チームの一員になれるか、はたまた戦力外通告で引退かは決まりません。実際にプレーして自分の成績を積み上げて行かなければなりません。

仏弟子も同じことです。どれだけ仏の教えを実践できるかによって、次の生が決まるのです。

逆に、野球と違うのは仏弟子には敗者復活戦が無限に認められているところです(出家した僧侶の場合は少し事情が異なりますが)。
「すみません。間違いを犯しました。もう一度チャンスを下さい」と懺悔すれば、仏は「いいでしょう。やってみなさい」と励まして下さいます。
お釈迦さまを暗殺しようとしたダイバダッタですら、死の直前に「南無」と唱えた懺悔の功徳で、遠い転生の先にお釈迦さまと同じ仏陀になると説かれています。

地獄というのは、仏の教えに出会わず、その実践に手を付けることもなく、あるいは背を向けて、迷いと苦しみの中に留まり続ける人の辛さを劇画チックに表現したものです。そこから抜け出すための指針が戒律だと言って良いのではないでしょうか。

2016年11月24日 0:46
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有り難し
おきもち

新潟県上越市、龍興山宗恩寺住職。

質問者からのお礼

聖章 様 戒律を守れないからこその念仏なんですね?
仏教上の罪が消えればそれだけで十分です。
刑法上などは現世でのルールだから
現世にいる限りは従わなくてはいけませんよね。
極楽浄土目指して南無阿弥陀仏を唱える習慣をつけようと思います。

吉武文法 様 罪を消しても人はまた罪を犯してしまう
愚かな生き物ですね
たとえ死後極楽浄土でも今とて良くないと決して納得できないのは
確かにおっしゃる通りです。
死後だけでなく現世の極楽浄土もあきらめずに探そうと思います。
川口 英俊 様 幾度の輪廻のなかで今の現世に至っているんですね?
確かに前世では悪いことしたから現世で私が不遇な環境に生まれ落ちたのかもしれません。
変なたとえですがまんがにっぽん昔ばなしでも和尚さんが
似たようなセリフを言ってました
極楽浄土目指して永遠の輪廻の苦から脱出できればと思います。

百目鬼洋一様過ちを犯しても再度チャンスをくれるとは
仏とは寛大なお方なんですね?
情け容赦ない日本の企業とは器が違います。
仏の教えをありがたく実践し極楽浄土を目指そうと思います。

各僧侶の方が回答ありがとうございました。

「地獄」問答一覧

地獄に行きたくない

いま大学1年生なのですが、今までの人生を振り返ると自分は地獄行き確定だと思っています。 小学生の頃に祖父から性的虐待を受けていたのですが、当時は幼かったため祖父の行為が悪いことと知らず、抵抗しませんでした。数年後にその行為の意味を知り愕然としました。家庭が壊れるのが怖くて家族には相談できていません。 世間では血が繋がっている者同士の性的な行為はタブー視されており、知らなかったとはいえ祖父とそういう行為をした自分は地獄行きではないかと怯えています。 また、私は持病があり、治らないことへの苛立ちから悪いことをしてしまいました。 物や人に当たったり、親に対して「なぜこんな欠陥だらけの体に産んだんだ」「流産してくれたらよかったのに」と心の中で何度も暴言を吐きました。 中学時代に持病が原因でいじめを受け、辛さから逃れたくて自殺を試みたことも後悔しています。 地獄が本当にあるのかは知りませんが、最近は死後のことを色々考えてしまって眠れない日が増えました。 要するに何が言いたいのかというと、地獄に行きたくないです。怖いです。 こんなどうしようもない愚か者でも、地獄に行かずに済む方法はあるのでしょうか。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

地獄が怖くて今を生きられない

私は最近突然、死後について考えるようになりました。その時八大地獄について知ってとても怖いものだと知りました。私はご飯を食べるために生き物も頂いているし、虫も殺してしまっています。また、学生の頃にものを借りたまま返さず、そのかたとも連絡がとれず。もう1人借りていたかたのものは喧嘩して私が不登校になったときに売ってしまいました。連絡は取ろうと思えばその人とはとれるのですが今更とるべきか悩んでいます。また、音楽やアニメを勝手に無料で聞いてしまっていました。試食も多めにとりました。謝罪することもできず、私は地獄いき決定でしょうか。謝罪したくてもできないです。後悔ばかりです。今からでも極楽にいけますか。 最近は、何をするにしても地獄の怖い絵が頭に浮かびます。熱い鉄板の上に寝転ばされ長い時間ノコギリでさかれる黒縄地獄の絵が頭から離れません。家族に相談すると、そんなこと、嘘だよと言っていますが、私は昔の偉い人がかいたものなら本当にあるのではないかと思っています。不勉強なのですが八大地獄とはどなたが言い出したものなのでしょうか。八大地獄があるとすればもう、そこにいくことは避けられないのでしょうか。 もちろん、これからも努力すべきであると思い、よいことをしようと心がけています。しかし、例えば誰かとお話しようとすると、私が覚えていないだけでこのことはもしかしたら嘘になるのではと思い話せなくなります。また、ご飯を食べるときもこれは殺生になるのではと思い食べるのが怖いです。何をするにしても地獄が頭を過り、なんの行動をとるのも怖いです。今まではゲーム実況を見たりすることを楽しんだりしてました。でも、ゲーム実況も著作権違法のグレーゾーンかと思い、地獄に落ちるのではと楽しむことも怖くなりました。違法で地獄が怖いです。 八大地獄が本当に怖いです。 地獄にいきたくないです。 死ぬのが怖いです。 家族に相談して、私達もしたことあるよと慰めてもらっても皆が地獄にいったらどうしようと怖くなります。 今も悪いことをしている人も私の頑張りで家族も極楽にいけますか。皆地獄いきですか。 私は生きて楽しんでもいいですか。 どうしたらいいかわからないです。 誰か八大地獄について詳しく教えて下さい。仏様は怖い方なのですか。 知識不足ですみません。乱文ですみません。 本当に怖いです。眠るのも怖いです。極楽にいきたいです。

有り難し有り難し 25
回答数回答 2

現世は地獄なのか

自分は生まれたときから喘息、アレルギー、同性愛と身体的社会的にある種のハンデを抱え生まれてきました。 身体的な問題は部活などで一般人レベルまでには至ることができ、改善出来たと思います。 性的趣向は女性の方と付き合ったりしましたがやはり違和感があり、変られないものですね。 この世の中を生きていくにつれて、何か自分ではどうしようもないことが頻繁におこり自分の人生を歪められているような気がしてなりません。 育った家庭も母と父方の祖母、父と兄が冷戦状態で暖かい家庭ではありませんでしたし、部活でも素人の私が小学のときに全国大会にいった人たちとレギュラー争い。高校受験も三年間頑張って勉強したが定員割れであまり頑張って来なかった人も受かる。大学は父が廃業し、進学を諦めました。 そういったことで高校卒業後直ぐに就職しましたが、一定の成果をあげると次々に増えていきそれが出来ると不得意な分野にまわされ、またそれが出来るとまわされるということが短い期間で起こります。 同期などはのほほんと同じ仕事をしているのに。 職を変えてもまた同じような現象が繰り返されます。 何故か最初から不利なことばかりが繰り返され、乗り越えてもまた不利な位置に戻される。或いは努力しても報われない。 そんなことが頻繁におこるのでもう何もする気にならなくなってしまいました。 世の中を見ても些細な争いや戦争・病気・飢餓 自分やそのごく狭い周囲のことしか考えないような言動 一つの失敗で築き上げてきたものが壊れる なにか蜘蛛の糸を垂らされ必死に登りなりなさいですとか、石を必死に積み上げてる最中に崩されるですとか聞いたことがある話がこの世には溢れているように思えます。 やはりこの世は地獄なのでしょうか? 早くこの世を抜け出したいと思う今日このごろです。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

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