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信じる

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「人を信じる」事は生きていく中で必要だとは思います。だけど、いろいろな経験を重ねるうちに気がつけば、自分さえも信じられなくなっていました。
情けないことです。
「信じる心」の取り戻し方が分からないんです。
どうしたら良いのでしょうか?わたし。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

絶対の仏さまを信じる。

迷える子羊さんへ、こんちには。

何かのことで、誰も信じられなくなり、また自分さえも信じられなくなっているのですね。
人を信じることは時と場合によります。人は良い人もいれば悪い人もいる。特に騙そうと寄ってくる人は、素晴らしいことを言いますので疑う人でも信じさせてしまいます。
だから人を信じるとは非常に難しいです。

信じるのは仏さまと仏さまの教えです。仏さまは絶対に慈悲を注いでくれています。たとえ不幸なことがあっても信じられるかどうかが、信心の大切さです。そして苦しくとも仏さまの教えを実践することが大切です。そして自分を導いてくれる仏さまの教えを実践している人を選んだら、まずは3年その人の指導を信じて実践することが大切です。

信じるところは人ではなくて、仏さまを信じる心なのです。その仏さまを信じるこころをどう作るか。それは地道な毎日の読経を通しての仏さまの教えの学習と実践でしかありません。迷える子羊さんであれば、まずは元気な挨拶だと思います。好きな人でも嫌いな人でも誰でも挨拶ができること。これが人を通して仏さまを信じることへの実践です。

一緒にがんばりましょう!合掌

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★僧伽(お友達)になりましょう。一緒に仏教を楽しみましょう★ Email;kongozaji@renge.net(気軽にメールしてね!)  直通電話:090-6041-0193(最初はショートメールで) ※※※※※※※※※※※※ 山寺の小さな金剛座寺は10月23日に襲った台風21号で、大変な被害を被りました。大規模な斜面の崩落で客殿が倒壊の危機に陥っています。人生は何が起こるかわかりません。復興に向けて20年努力してきましたが、またリセットになるとは思いませんでした。でもあきらめません。仏さまの教えは「一切皆苦」苦難をなくすことではありません。苦難は必ずきます。それを乗り越える心を作ることが、御仏さまの教えなのです。  ハスノハに訪れる皆さん。私と一緒に人生の苦難に正面から立ち向かい、乗り越えていきましょう。仏さまと共にならば、必ずできます。合掌 ※※※※※※※※※※※※ Email;kongozaji@renge.net 在家から天台宗僧侶になりました。田舎のお寺だからできる新しいお寺ライフを試みて活動しています。特技は手話で現在某大学の非常勤講師で初歩の手話講義をしています。NPO手話技能検定協会理事の役職を頂いて手話学習の普及に努めております。社会貢献として保護司のお役を通して社会更生のお手伝いをしております。 どうぞ伊勢にお越しの際は遊びにお立ち寄りください。また活動は三重だけでなく、埼玉・東京・神奈川などの首都圏、または車でいけるところはどこでも出張で活動しています。仏事のことなら気軽にご連絡ご相談ください。お寺には宿坊もありますので、心のリフレッシュをされたいのであれば、いつでもお泊りくださいね。 私と一緒に、お寺の復興を手伝ってくれる方を募集しています。私とお友達になってください。そして伊勢の山寺をあなたの第二のふるさとにしてください。 ●お葬式や法要、納骨をお受けしております。 エリアは三重・中部・近畿から東京・埼玉・神奈川まで、車でいけるところはどこでも走り回っております。どうぞご相談ください。  (メールが有難いですが、直通電話 090-6041-0193 でもお受けします。なかなか出られないので着信を残してください。またはSNSでご連絡くだされば折り返し電話します。なお電話での悩み相談は10分と決めておりますのでご了承願います) ※もし少しでも回答がお力になれましたら、その感謝のお気持ちを、ご本尊如意輪観世音菩薩さまへのご志納(布施行)でお願いします。ハスノハ活動ができるお寺の維持活動に使わせて頂きます。 ゆうちょ銀行100010-67608891 名義コンゴウザジ 百五銀行多気支店(普)221446 名義シュウ.コンゴウザジ 檀信徒・弟子になって一緒に仏教ライフを楽しみませんか?(檀信徒費志納年1万円) 仏教を人生に活かして楽しみましょう。合掌 

人と言うが並ぶと「信」ですよね。

 遙か昔、お坊さんの資格をいただくための授業で聞いた言葉です。幸か不幸か、これだけは明確に覚えているのです(ごめんなさい)。
 言った(言われた)言葉とその人がくっつく。それが「信」という状態なのです。「あの人は信じられる」というのは「あの人は、自身が言ったことを、実行してくれるだろう」という意味なのですね。
 そういう意味からも、仏様というのは信じられます。「悟りを開こう」をいう誓いをされ、そうなったのですから。
 翻って私たちの住む娑婆世界は、「言ったようになる」かはグレーです。ときどき、そういう事もある。出来ないこともある。その中でせめて「あの人は言ったようにすることが多い」というのを指して、「あの人は信じられる」というのです。
 ですから、私も含めて娑婆の人は「できることもある・できないこともある」のが実態です。あなたがどんな体験から「信じられない」と学んだのかは知りませんが、100%を言うならば、そりゃ無理なこと。「明日の朝起きたら、私は歯を磨くよ!」と宣言したってできないこともあるのですから。それを指して「私は自分を信じられない」というのも、まあ構いませんよ。けれどね。
 せめて、「なるたけ、できることはやろう」、その指向を持っていることで勘弁してあげませんかね。電源のオンオフのように「信じられる・信じられない」を色分けしたら、殆どの(全員の)人は「信じられない」ですよ。何となれば、「この世界は、苦しいことが多いよ(言ったようにならないことが多いよ)」というのが仏教の基本ですから。その前提のもとで、せめて。

 長くなってしまいましたが「信じる心を取り戻したい」のであれば、
1)100%を求めない。
2)言行一致(信)を見たら喜ぶ。お礼をいう。心理学で言う強化子を振りまく。
あたりでしょうか(強化子、についてはご自分でお調べ下さい。すぐ出てきます)。

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一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

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