身内をなくし、毎日生きるのが辛い。
こんにちは。
わたしは23歳の独身女性です。
人間関係や身体の具合が悪くうつ病になり、最近仕事をやめてしまいました。
そんな中、うつ病だった弟が自死してしまいました。悲しみのどん底でとても辛いのです。家族や他人の前では明るく振舞っていますが、それにもとても疲れてしまいます。
どうして助けてあげられなかったのだろうと自分を責めたり、弟のことを思い出しては泣きたくなります。
この先どうしたらいいのかわかりません。うつ病が治って前の明るかった自分に戻りたいと思う一方、弟が苦しんで死んだのにこの先私は幸せになっていいのかとも思います。
自死した人が天国に行けるために、残された人はどのように供養すればいいのでしょうか。
少しでも前に進めるためにはまず何をするべきなのでしょうか。
質問の意図がわかりにくくてすみませんが、少しでもお言葉をもらえると救われます。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
まずは疲れた心と身体が休まる方法を。
夜分すいません。
例えですが、車のドライブもガソリンなければ動かないです。
前に進むためには、エネルギーを溜められる何かがあるといいです。
弟さんの悲しみはお察しします。
残された人ができることは、弟さんの尊さを忘れないでいる。
死に方だけでなく、弟さんの良かったところを身内であるニーナ様だけは忘れないでいてあげる。
そしてしあわせになることではないでしょうか。
苦しさを乗り越える手段として弟さんは死を選んだのかもしれませんが、結果としてニーナ様が辛い状態でいらっしゃる。
死をもって苦しさを乗り越えるのではなくて、生きてるうちに苦しさを乗り越える手段を見つけることが何よりの供養になると思います。
そのためにも、医療的な助言を参考に心身の充電が図られることを念じます。
念仏
南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と口で称(とな)えてください。
連続で称えるときは、「なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ…」と繰返します。
南無は、「おまかせします、委ねます、帰依します」という意味です。
阿弥陀仏とは、極楽浄土に人々を迎えてくれる仏様の名前です。
亡くなった弟さんが来世で幸せになれるように願って、念仏を口で声にだしてとなえてください。
それさえしてればオッケーです。
というか、それ以上にできることはないのです。
できないことをやろうとして悩むくらいなら、最低限できることをやればよいのです。
どうせ人間は、できることしかできないのだから、できることをやっていればオッケーです。
なむあみだぶ なむあみだぶ なむあみだぶ なむあみだぶ
なむあみだぶ なむあみだぶ なむあみだぶ なむあみだぶ
なむあみだぶつ なむあみだぶ。
このように、10回となえるとなえかたを十念といいます。
最も基本的な唱え方です。
これさえやっていれば、あなたは来世は極楽浄土に生まれることができるのです。
これで、人生のハッピーエンドは確定しました。
あとの人生は、やれることをやって過ごしてください。
質問者からのお礼
回答ありがとうございます。
まずは心と身体を休めて前に進めるようになれたら良いと思います。弟のことを忘れずに生きていきます。
本当にありがとうございました。