犬の躾
旦那と犬の躾について価値観の違いが生じています。
犬が悪さをすると、毛をつかみキャンと言わせました(2回)
やめて欲しいと言うと
躾 と言われました。
そういう暴力を躾と言うのはおかしいと言いましたが、
加減をしているし骨が折れるわけじゃない
などと言われ反省もしていないそうです。
どう言ったらおかしい考え方だと分かって貰えるでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
躾も“愛情”がなければ。
拝読させて頂きました。
躾の仕方も人それぞれですよね。人の価値観、感じ方もそれぞれ違うわけで、本人が躾だと言っても、周りの人が同じように感じるとは限りませんよね。
大事なのは愛情を元にして行っているかどうかだと思うんですが、旦那さんはいかかですか?
動物も、人がどうゆう事を思いながら接してるのか分かるようです。現に、動物が寄り付く人、寄り付かない人があるように、動物も人を見ていますよね。うちもペットがいるので、すごくそれを感じます。
小雪さんがどうして嫌なのであれば、
「あなたの躾の仕方は、見ている私の心が痛むからやめてちょうだい」
と言ってほしいですね。
家族が納得出来る形で大切なペットとお過ごし願いたいです。共に過ごす同じ“命”ですからね。
ワンちゃんからしてみれば、小雪さんの愛情はちゃんと伝わっていると思いますよ!
怒りを捨てて。ペットを飼うことは人間のエゴ
野生動物の親が子供を躾るときは、かなり粗っぽい攻撃をするかもしれません。
野生動物の仲間同士のケンカでは、怪我どころか命を落とす場合もあります。
そう考えると、「キャン」と言わせる程度は、動物にとっては普通なのかもしれません。
また、動物は、言葉で「さっきの悪戯は悪いことだからやめてね」と言っても、通じないでしょうから、悪いことをしたときは、その場でわからせないといけないのも事実でしょう。
ただ問題は強さとタイミングです。
怪我をさせない程度、犬が必要以上に恐怖心を抱かない程度で、悪いことをしたことを犬にわからせる適切なタイミングでない場合、躾とは言えないかもしれません。
なぜ私が、上記のようにご主人をかばうような意見を書くかというと、怒りは悩み苦しみ・ストレスの原因だからです。
つまり、あなたがご主人の立場に寄り添い、ご主人への怒りを手放さないかぎり、あなた自身のストレスは消えないのです。
あなたが平穏に暮らすために闘うべき敵は、ご主人ではなくあなた自身の怒りの煩悩なのです。
また、ご主人が平穏に暮らすためには、ご主人は犬に対する怒りを捨てた方が良いのです。
あと、犬も虫も生きものです。
犬の虐待に怒るなら、蚊やノミやゴキブリを殺すことにも怒ったらどうでしょうか。
ペットだけを特別扱いするのは、人間のエゴではないでしょうか?
蚊を叩く人には怒らないのに、犬を攻撃する人に怒るのは、あなたの差別と怒りの煩悩ではないでしょうか?そう思って、ご主人への怒りを手放すことを目指してください。
躾と虐待は❝紙一重❞
子供虐待と同じで、虐待している人(親)に「虐待」というと、ほとんどの場合「躾だ」と言います。
躾と虐待は❝紙一重❞です。どこが違うかというと、直ぐに怒らず間を置いて冷静に一段上から叱るのが「躾」です。逆に、カッとなって同じレベルで直ぐ叱るのが「虐待」。
つまり、御主人は「犬」と【同じレベル】で暴力を振るっているのです・・・(笑)。そう言われて腹を立てるようでしたら、正真正銘「犬畜生」です。