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夫婦不仲が原因で、うつ病。離婚以外の解決策を教えてください。

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夫との価値観の不一致から、毎日の生活が苦しくて、うつ病を発症しました。
経済的なことが主な原因です。
夫は楽天的、私はどちらかというと心配性。

最近では会話もなく仮面夫婦です。

お互い、この生活がストレスで、夫は自己免疫系の難病を発症。私は、まだ確定ではありませんが、ガン疑いありです。

まだ、中学生の息子がおりますが、国際結婚ということもあり、離婚すれば、国際引越しが伴い、教育もままならない、また、両親ともに健康に問題ありで、、不仲ではありますが、片親が育てるため離婚するという選択肢がありません。息子にはこんな状況になってしまい、本当に申し訳なく。一番の犠牲者は息子です。

離婚や別居が選択肢にない場合の、
夫婦関係を再構築するための、
考え方や過ごし方、教えてください。

私自身、うつに加え、ガン疑い。怖くてずっと涙がとまりません。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

まず自分の我を引っ込める

価値観・性格の不一致と言っても、人間所詮、我の張合い。
どちらも自分独自ルールを優先しているだけ。
どっちも引っ込みがつかんのなら、子供のためにまず自分から折れましょう。
これは洋の東西を問わず、共通です。
我を引っ込めたものが一人いれば、その人の功徳によって家庭が救われるのです。
家庭・夫婦円満にしたいなら夫婦どちらかが我の濃度を下げて、バランスをとればいいのです。
ところがダメ夫婦は「相手こそ、そうするべきだ」と、自分を顧みない。だから向上がない。
その結果、親の都合で子供が泣く。
こちら日本では2分に一件離婚です。
子供よりも、自分主張りがやめられないとすれば、それこそ我なのです。
結論:今すぐ、自分を苦しめる「自分可愛い意識」を卒業する。捨てるべき時が来たのです。
私は夫婦喧嘩の場合は99%私が悪くなくても私から折れます。
ケンカは長引かせないことが一番だからです。
アメリカは自己主張の国、英語も自己主張がハッキリとした言語。
中国に至っては謝る事は負け。譲ることを良しとしない。
日本にとっては謙譲は美徳。
文化の違いも超越した、最上の精神が謙譲なのです。
旦那さんは折れることはないと思った方がよいでしょう。
ならばこそ日本の美徳を思い出してください。
ジャパニーズ謙譲・謙遜フィーリングを生活の中に盛り込むことです。
日本の繊細なニュアンスを、日常言語アレンジして取り込んでみてはいかがでしょう。
そもそも海外の日本女性と結婚したい男性の多くは自国の国の女性に比べて、日本人は我が無い、エゴが無いから好かれていると聞いたことがあります。
おのれの自我を無くして、相手にそれを空気で伝えていくこと。
言葉・文化・価値観を超えて通じる精神が謙虚、謙譲です。ちゃんと敏感に伝わるものです。
相手を尊重し、謙虚に、献身的につとめること。
それが一家の母の理想的な在り方なのです。
あなたの縛りや要求が無くなれば、笑えます。夫も子供も安心するのです。
謙遜、慎みを第一に生活してみてください。
本当の謙遜には、かけひきはない。勝ち負けもない。損得もない。
それが作り事無き謙譲、謙遜です。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

軸を持ってください

あん子さん、はじめまして。
徳島県の法話と天井絵の寺 觀音寺 中村太釈です。

夫婦の不仲からうつ病や自己免疫系の疾患を発病。仮面夫婦の間に生まれた長男に申し訳ないと感じる日々なのですね。経済的事情が、さらに拍車をかけているように拝見いたしました。

あん子さんにとって、今一番解決したいことは何ですか?
息子さんの不憫さでしょうか。
自分の病気が治ることでしょうか。
夫婦が円満になることでしょうか。
経済的に裕福になることでしょうか。
他人様と同じように幸せになることでしょうか。

弘法大師空海は「自分が見ているもの、心が映し出すものだけが現実の世界だと思っているが、そうではない。自分の見たいもの、欲しいものだけを見ているに過ぎないのだ」と言います。

まず、他人と比較することはやめましょう。そして、息子さんが不憫だと思うなら、息子さんがどうしたいのかを観察しましょう。あん子さんがしたいことは後回しです。

本当に大切にしたいことは何ですか?

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徳島県の高野山真言宗寺院で住職をしています。 本山布教師心得として自坊の月例法話の他に、地域の出張法話の依頼もあります。 出張法話で寺のある地域の特産品「梨」を紹介するので、「梨のおじゅっさん」として有名になりました。 ホームページ http://houwa-kanonji.com/

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