hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

近しい人ほど大事にできない回答受付中

回答数回答 2
有り難し有り難し 0

こんばんは。
結婚して3年目になる夫への関わり方について相談です。
 
私は自宅と職場で言動がとても変わってしまいます。
基本的に家族以外で関わる人は尊敬の目で見ていることが多く言動に気をつけているのと自分の感情を出すことが苦手なため、特に反抗心や文句が出てくることはないのです。
 
しかし、夫になるとかなり態度が変わってしまいます。1歳の子供についての育児・家事、世間より協力的にやってくれていると思っています。
 
それなのに口からは「感謝」よりも「文句」が多く出てきます。
子供との関わり方、家事の非効率的な部分など生活する中で嫌な部分しか見えてこないのです。
私自身の父親は育児家事をほとんどしない人だったため、実の母親からは「これもこれもやってくれてるんだから感謝しなきゃダメよ。」といわれ冷静に感謝を伝えられる時もあります。
 
私は自分の家庭、家族こそ大切にしなければいけないと思っているのに
私の気持ちを吐き出せる唯一の相手のため、当たり散らかしてヒステリックを見せてしまい悩んでいます。
 
「失ってから大切さに気づく」みたいな歌や言葉がありますが、なぜ今、この瞬間に大切にしたい人にこそ酷い自分になってしまうのでしょう。
 
帰ってくる家があり協力的な旦那と健康に笑ってくれる子供とペットもいる充分な暮らしなのに。感謝を忘れてしまいます。
 
心構えとして持っておくといいこと、教えてほしいです。よろしくお願いします。

2025年5月17日 18:45

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

幸せに慣れないこと

まず、きいさんはご自身でご主人に文句を言ったり、ひどい態度をとっていることが自覚できているのですね。
これは素晴らしいことです。
多くの人は自分の振る舞いが相手を傷つけていることに気づくことすらできず、大切なものを失ってしまうのです。
きいさんはそのことを自覚されている時点で問題は半分以上解決したようなものです。

ではどうすればご主人に優しくなれるのでしょうか。
私自身のやっていることは、相手がいなくなることをリアルに想像することです。
ご主人が帰ってくるのが遅くて腹が立つ時、もし事故に遭って一生帰ってこなかったと想像したらどう思いますか?
ご主人に文句を言われて腹が立つ時、もしご主人が病気になって、一生何も話せなくなったと想像したらどう思いますか?
真剣に考えれば考える程、元気でいてくれるだけで幸せだな、と思えてきませんかね。

きいさんだけではなく、人は誰もが幸せに【慣れる】生き物です。
最初は何より大切に思えたものも、慣れればその大切さを忘れるものなのです。

人は過去世からの縁で繋がっています。
ご主人ときいさんも、生まれる前からその縁は繋がった、特別な存在です。
どうかその大切な人と一緒にいられる時間の貴重さを忘れないでいただければと願っております。

最後に日蓮聖人のお言葉を送らせていただきます。
【矢の走るは弓の力、雲の行く事は竜の力、男の仕業は女の力なり】
自分が生きて成したことは、妻(夫)の力があってこそのこと。

私も回答させていただく中で、妻への感謝を思い出させていただきました。
お互い、笑って感謝し合える夫婦関係を作っていきたいですね。
ありがとうございました。

合掌

2025年5月18日 0:44
{{count}}
有り難し
おきもち

皆様こんにちは。 矢掛教会副住職の谷口竜生と申します。 ​私は仏教大学ではない一般の大学で心理学を学んだ後、政府系金融機関において、中小企業様に向けた事業資金融資や経営コンサルティングに取り組みました。 その後、実家がお寺であったこと、また、経済面でなく、人の心を救う仕事をしたいと志を立てたことから仏道に入り、修行して参りました。 様々な業界の方々とのご縁をいただく中で、仏教の魅力をあらためて感じると同時に、お寺業界における課題も実感いたしました。 ​それは、檀家制度やお布施など、古くからの慣習や暗黙の了解が多く、それにより今お寺とお付き合いのない人が相談しにくくなっているということです。 この点を解決すべく、矢掛教会では「みんなのお寺」事業を立ち上げ、新しい形の寺院経営を開始しました。 葬儀や供養、祈願のことをお寺に相談してみたいけど、何となく不安だし聞きづらい…という皆様が安心して仏様の教えや故人様の魂と向き合える。それがみんなのお寺です。 どうぞ、安心してご相談ください。

あなただって、精一杯なんでしょう。

 お若くして、家庭もお仕事もあり、お子さんも育てている。1人二役以上の生活をなさっているのではないでしょうか。お子さんが何歳か分かりませんが、あんな弱々しく感じる、それでいて命の重さを持つ、大切な存在はありませんよね。
 むかーしの言葉でも「母は強し」とありました。あなたから周りに向ける目線が厳しくなっても、それは当然であると思います。私にも経験があります。
 ですから、今は「冷静に感謝を伝えられる時もある」で十分だと思います。

 けど、この特別な地位は、魔力もあると思っています。
子どもを守る第一位にいるのですから、周りはそこへ手助けして当然。あなたの思うように動いてもらって当然。なのですが。
 その地位は、お子さんが大きくなるに従って、下がっていきます。
 何より「少しの不注意で命が失われる」可能性は、子供が大きくなることで(一般的には)低下しますから。
 すると当然、「子どもに手がかからなくなって来たのだから、改めて役割や関係を見直そう」となります。これ実質的には「家事分担が増える」ことです。ここで「子供が手離れして来たから、我慢して来た趣味に没頭」とかしようとすると、周りはきっと面白くありません。「子育てのためと思って協力して来たのにな」というわけです。
 しかも、子育ての初期では、子どもは親の言いなりにならざるを得ませ(言い方は悪いですが)ん。故に母親は最強なのです。
 役割分担を見直すとは、この「最強の座」を降りること。これ結構大変です。そのためにも!今のうちから、「小さなありがとう」をやり取りしておくのは大切だと思いますよ。

2025年5月17日 21:20
{{count}}
有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ